第33話 統治
コッポラ辺境伯が率いる兵士と戦って、見事に打ち負かした。
その際に色々と考えた結果、彼の領地を私が代わりに治めることに決める。
今は世界中で魔物の被害が頻発して厳しい状況だ。
なので捕虜と一緒になるべく良い状態に保ち、サンドウ王国との和平が成ったら返還するように取り計らう。
最終目的は人間たちと良好な関係を築くことなので、打算ありきではあるが荒廃した領地を返されても困るだろう。
ゆえにやる価値はあると考えていたが、現実はそう簡単にはいかなかった。
サンドウ王国に和平交渉を打診はしても、今は時期が悪いの一点張りで取り合ってくれないのだ。
それに関しては自分でも同じことをやったので、あまり強くは出られない。
取りあえず言葉通りに受け取って、情勢が変わるのを待つことにした。
不変の肉体と精神を持つ私は焦る必要はなく、仕事が増えてもやることは変わらない。
いつまでも領地が取られたままで良いはずがないので、いつか交渉を受けてくれるはずだ。
幸い領民は統治者が変わっても気にしないが、最初はうちのゴーレムを邪悪な魔物だと勘違いされた。
恐怖震えたり、反発して襲いかかってきたりもした。
しかし慣れているノゾミ女王国民の説得により、敵ではないとわかってくれたようだ。
それだけではなく生活支援をしてくれるとわかると、手のひらを返して歓迎される。
代理の領主になって一ヶ月もすれば、世間話をするほど仲良くなった。
おかげで仕事もやりやすく、比較的早く現実世界に戻ってこられた。
だが、ノゾミ女王国の魔都に帰れるほどの余裕はない。
なので本体はコッポラ辺境伯の屋敷で、毎日真面目に仕事をしている。
おまけに領主代理を始めてから、休みなしだ。
秋から始めたこの仕事も、気づけば冬になっていた。
私が敵ではないとわかってから、捕虜のPTSDも割りと早く治ってくれた。
なので使えそうな人材はすぐに解放して、領地経営に協力してもらっている。
ただしトップが二人もいると指揮系統が混乱するし、自分に従わずに反感を持っている人もいるため、そういう人たちにはコッポラ辺境伯と一緒に国外追放させてもらった。
最初は彼らと交換で、サンドウ王国と和平交渉をする予定だった。
しかし良く考えたら領地を占領しているので、それと交換で良いやと路線変更したのだ。
だがいつまで経っても、今は時期が悪いしか言わないのである。
捕虜の扱いも適当になるというものだ。
そのような事情は置いておいて、本体は領主の館で仕事漬けの毎日だった。
魔石の加工も真下の部屋で行われており、私は席から一歩も動かずに常に術式を書き換え続けている。
ついでに分身体も遠隔操作し、監視もしているので人間には真似できない芸当だ。
心身は変わらなくても処理能力は日々成長しているため、仕事が楽になるのは良いことである。
なので私がせっせと書類仕事を片付けていると、執務室の扉が外からノックされた。
護衛が待機しているので彼らが通したということは信用に値するし、新しい国民にもポケベルを配布して監視も続けているので、何処の誰がやって来たかはわかっている。
私が入室を許可すると、失礼しますと断りを入れてブライアンが入ってきた。
「女王様、今月の納税書でございます」
「確認させていただきます」
彼は真っ直ぐこちらに近づいてきて、執務室の机に広がる書類の山の隙間から私に納税書を渡そうとするが、その前に秘書兼世話係のレベッカが受け取る。
彼女が簡単に目を通したあとに、こちらに渡される。
取りあえず今の仕事を中断して、納税書を人間を遥かに越える速度で情報を読み取っていく。
さらに思考加速により時間を停止してデータベースと照合し、彼に気になるところを指摘する。
「税率は、もっと下げて構いませんよ」
「よろしいのですか?」
私は真面目な顔で頷き、続きを口に出す。
「今年はノゾミ女王国からの援助がありますし、来年は大型農機と新農法で収量が上がるでしょう」
貴族は昔と比べれば生活レベルが落ちたが、それでも問題なく生きていけて余裕がある。
しかし大多数の庶民はとても厳しい状況で、下の方は日々の食い扶持を稼ぐのも大変なのだ。
だが今は、ノゾミ女王国の援助がある。
税率も下げることで生存率を上げて人材を育成し、来年の収量を伸ばす方向に持っていきたい。
「それに来年の税収を予測しましたが、税率を下げても全体の生活レベルは上がります。
問題はありませんよ」
マジックアイテムも貸し出しているので、利益が上がらないと不正を疑うところだ。
なお、こっそり売ったり調べようとしている者もいた。
監視の目は緩めてはいないので即逮捕したが、余計な仕事を増やさないで欲しい。
だがそれはそれとして、ブライアンは嬉しそうに発言する。
「なるほど、誰も損をしないのですね」
「いえ、悪人は損をしますよ」
しかし真面目にコツコツ頑張っている善人は得するので、領地経営に支障はなかった。
取りあえず私は納税書を確認済みの書類の山に積み、ブライアンに声をかける。
「ですが来年には、私たちは魔都に帰っているでしょうけどね」
あくまでサンドウ王国が和平に応じるまでの領主代理だ。
ブライアンが縋るような表情を浮かべているが、駄目なものは駄目である。
それに最近は王都のほうが何やら騒がしいようで、旅の商人などがそんなことを噂していた。
何をするかは不明でも、そろそろ状況が変わって動きがあるはずだ。
「春辺りに、和平交渉ができるといいですね」
寒い冬は活動が鈍るのは異世界も同じだ。
私も五感があるし、肉体は幼女のようにか弱い。気温が低いときは、あまり出歩きたくない。
サンドウ王国も同じで、時期が悪いのは寒い季節に事を進めるのを躊躇ったからだろう。
(本当は良い未来より、悪い未来になる可能性のほうが高いけど。その時はその時だね)
私は基本的に、行き当たりばったりで行動している。
たとえどれだけ正確に未来を予測しても、前世の天気予報のように外れる場合がある以上は、完全に鵜呑みにはできない。
だがからこそ絶望的な状況でも希望を失わないが、逆もまた避けては通れないのだ。
しかし自分は元々深く考えずに勢いに任せて突き進むタイプで、脳筋だが明るく前向きでクヨクヨしない性格と相性が良い。
当たっても外れても、あるがままを受け入れて一喜一憂し、次に備える。
ゴーレムが精神耐性を持っているのもあるが、どれだけ私は同じ失敗を繰り返して人類が愚かだとしても、絶望はしないが希望も抱かない。
元女子中学生として、世の中そんなこともあるよねとさらっと流してしまうのだった。
それはそれとして、まだまだ仕事は山積みだ。
納税書が終わったので私が別の書類に目を通していると、少し困った顔をしたブライアンが次の発言を口に出す。
「女王様には、ぜひともこのままコッポラ領を管理して欲しいのですが」
コッポラ領は元々サンドウ王国のもので、和平交渉が成立すれば返還する予定だ。
全領民にも伝えているし、ブライアンも納得してくれたはずだった。
「女王様の統治で、多くの領民が救われています。
ですがサンドウ王国に返還されれば、また路頭に迷う者も出るでしょう」
確かにノゾミ女王国の援助によって領民の生活レベルは上がり、来年の収量や税収が増えるはほぼ確実になった。
ただし私腹を肥やす悪人や犯罪者からは大不評で、逮捕や国外追放になる者も出ている。
なので私の統治は、決して万人受けするわけではない。
無理やり型にはめることでしか実現しない、自分勝手な理想郷なのだ。
しかしこのやり方を変えるつもりはなく、私は真面目な顔でブライアンに告げる。
「自分の統治は、従来のものとは大きく異なります」
異世界では貴族や平民などの身分があったが、ノゾミ女王国では自分以外は全てが庶民だ。
「女王の前では、全ての者が平等です。
ゆえに、特権階級は私だけになります」
これにより一方的に利益を得ていた特権階級は、全員庶民に落とされる。
なので彼らから奪った収益を、民衆に還元しているのだ。
「善政を敷いていたり真面目に職務に励んでいた者は、民の暮らしや自分たちの生活が良くなるので歓迎するでしょう」
だが光が強ければ、影もまた濃くなるのだ。
私の下につくことに耐えられなかったり、民から必要以上に搾取していた者たちからは、大反発を受ける。
「私は、今の統治を決して変えません。
どれだけ苦しむ人が出ようと、小を捨てて大を拾い続けます」
世界中で魔物が凶暴化し、数も増えているのだ。
人類の生存圏が脅かされて、食料や物資に余裕がないのが現状である。
ノゾミ女王国は余裕があっても、ずっと面倒を見られるわけではない。
悪政が蔓延ることで領民が飢えて死ぬなら、私はそれを情け容赦なく切り捨てる。
「女王様は、お優しいのですね」
ブライアンが微笑みながら声をかけてきた。
だが何やら勘違いをしているようなので、しっかり訂正しておく。
「いいえ、私は厳しいですよ。
悪人には、容赦しません」
多少の軽犯罪は、現行犯や訴えがない限りは見逃している。
だがデータベースには国民全員の犯罪歴が、事細かに記録されていた。
一定のラインを越えれば警官隊を派遣して逮捕し、場合によっては国外追放だ。
ノゾミ女王国産のマジックアイテムを領内にばら撒いた今となっては、たとえ外から侵入した腕利きの密偵であっても、監視の目を逃れることはできない。
そして領民には簡単な日本語教育も進めており、最近はようやく平仮名が読み書きできるようになったところだ。
ポケベルでの電子マネー決済もあっという間に広まって、サンドウ王国の貨幣を持ち歩く人はかなり減った。
「強引に改革を推し進めるところも、私が嫌われる一因でしょうね」
それでも統治方法を変更したり、悪事を見過ごす気はない。
私は書類仕事を中断して、困った顔をして椅子にもたれ、窓の外の景色を見ながら溜息を吐く。
(けど私が統治すると、どうしてもディストピアっぽくなるんだよね)
国内の何処に、反乱を企てている不穏分子が潜んでいるかわからない。
見た目相応の幼女パワーしか出せずに、成長も望めない自身を守るには常に監視を徹底し、厄介事が起きる前に対処するのが一番効率が良かった。
たとえ身を守るために常に護符を持ち歩いたり未来を予測できたとしても、世の中は何が起きるかわからないのだ。
(もう、あんな死に方は嫌だしね)
前世の死因が色々アレだったこともあり、どれだけ備えや警戒をしてもやり過ぎとは思えない。
なので私は今日も不審者を見つけ次第通報して、コッポラ領から強制退去させるのだった。
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