第25話 迷い人

 総合競技大会が終わって少し経ち、第二次移民者も進学か就職かを自らの意思で選択する。

 それぞれの人生を歩み始めたあとでわかったが、エルフ族は古代の魔法を扱えるようだ。


 なので今は魔石を加工したり、ゴーレムを作れるかを試してもらっている。

 研究に協力してくれる魔法使いには護衛が付けられて、重要人物として扱われる。


 ただし機密情報を知るので、特別区画から出て外部と連絡を取るには許可がいるし、あまり自由には動けなくなってしまう。


 それでもぜひお願いしますと、エルフ族のほうから協力を申し出てくれた。

 ノゾミ女王国の魔法技術が気になるようで、種族として負けていられないようだった。


 だが人間と獣人も魔法科コースを選んで、日夜研究開発を行っている人も多くいる。

 それぞれ得意分野が違うが世の中何が役に立つかわからないため、幅広く伸ばしていければそれで良い。


 しかし、ここで一つ疑問が出てきた。

 私が当たり前のように使っている術式の書き換えだが、古代の歴史や魔法に詳しいエルフ族も全然知らないらしいのだ


 おまけに彼らに扱えないようで、唯一それに近いのが神々の力とのことだ。

 特に創造神はこの世の理を自由に書き換えられたと伝えられており、私の場合は魔石や魔法限定だが、言われてみればそれっぽいなと思った。


 だが神様からの贈り物だと判明しても、やることは変わらないのであまり意味はないのだった。







 一見すると順風満帆のノゾミ女王国ではあるが、全てが順調というわけではない。

 今日の私は職業安定所に移動して、監視して状況は把握しているが人の悩みを聞いてアドバイスをしていた。


 何しろ精神耐性のあるゴーレムとは違い、人間の心は弱くて移ろいやすいのだ。

 働く意志をなくしたり、働きたくても働けない状況に陥ることも良くある。


 人口比率を見れば僅かではあるが、病気は感染するものだ。

 精神的なものでも健康な国民に広まれば、ノゾミ女王国自体を腐らせる毒になる。


 なので発見したからには放置はせずに、患者を治療するだけでなく原因究明からの改善の図るのが、この国の女王としての成すべきことだ。


 ちなみに本来なら精神科の医者の出番だが、我が国にはまだそんなものはない。

 そこで個々のメンタルを監視し、危険域に達した人は職業安定所に呼び出して、私が自らが治療を行っていた。


 現在は個室で暗い顔をした中年男性と向かい合って、椅子に座っている。

 秘書として同行してレベッカから、患者に関する書類を受け取って目を通していく。


「あっ、あの、何か問題が?」


 どうやら精神的にかなり参っているようで、彼は不安そうな顔を浮かべて尋ねてきた。

 そして私はデータベースを使って目の前の中年男性の適性を調べ、この場で職業検索を行っていく。


 処理能力が上がっていることもあり、すぐに結論が出た。


「残念ですが、貴方に今の職業の適性はありません」

「そっ、そうですか」


 職業安定所に呼び出された者がどうなるかは、魔都でも噂になっている。

 なので予想はしていただろうが、彼はガックリと肩を落としていた。


「今の仕事を続けていれば、一ヶ月以内に心を病んで倒れてしまうでしょう」


 私は真面目な顔で喋りながら様々な情報を収集し、彼に適した職業を導き出す。

 そして個室のコピー機を遠隔操作で動かして、データベースの資料を印刷する。


 やがてコピーが終わったので秘書のレベッカに命じ、用紙を回収して持ってきてもらった。


「今の職場は、私のほうから退職手続きを進めておきます」


 女王からの解雇宣言を受けた中年男性が、絶望の表情を浮かべている。

 だがこれは彼のためで、国民が傷ついて倒れていくのを黙って見てはいられない


「貴方がノゾミ女王国に留まりたければ、義務を果たしなさい」


 女王とは国民を支配して犠牲を強いるのではない。

 国家を管理運営するために、庇護して育てるものだと考えていた。


 なので私はレベッカから資料を渡されて簡単に目を通して、彼に声をかける。


「次の職業は、この中から選んでください」

「こっ、これは?」


 机の上に並べた紙には様々な職業の説明が書かれており、彼の適正の高いものだけをピックアップしてあった。


「適性を考慮し、心身の負担が軽く、貴方が好む職業を選抜しました」


 数多の情報を集積して様々な角度から思考すれば、擬似的な未来予測も可能になる。

 しかし必ず当たるわけではなく先を見るほど的中率は下がっていくが、それでも職業を選ぶキッカケにはなるだろう。


 私は真剣な表情で目の前の男性をじっと見つめ、続きを話した。


「顔を上げて前を向き、希望を持って歩んで行きなさい。

 ノゾミ女王国民は、幸福に生きる義務があるのです」


 彼は口を開かずに黙り、涙を流している。

 だがその顔には、もう絶望はしていなかった。


 どうやら少しだけでも前向きになってくれたようなので、レベッカに職業について詳しく説明するように指示を出す。


 ちなみに表向きは患者に選ばせが、実際には殆ど私が選んだようなものだ。

 しかし別にロボットアニメのデスティニープランや、幸福は義務のディストピアを目指しているわけではない。


 それでも反乱を起こされたくないので監視は必要で、各々が無理せずマイペースに生きられる国が理想である。


 私も厳しく規制するつもりはないため、大抵のことは現場で働く猫のようにとにかくヨシなのだった。




 ちなみにノゾミ女王国への貢献を満たせない人もいて、何度機会を与えても改善が見込めない場合もある。

 そういうときは、申し訳ないが切り捨てさせてもらった。


 本来なら支配階級で悠々自適な暮らしが約束されている私でさえ、汗水は出してないが一生懸命働いている。

 国民として最低限の基準すら満たせていない人は、国外追放になって今後の入国は全面禁止だ。


 それでも強引に侵入しようとしたり私に逆らったら、情け容赦なく命を奪わせてもらう。

 百害あって一利なしな輩には、もはや手の打ちようがないのだった。




 そんな少しずつディストピアに傾いてきているノゾミ女王国であったが、時は流れて夏も深まってきた頃に、またもや大きな問題が起きた。


 外の人間が、接触してきたのだ

 探索隊のゴーレムの念話を聞く限りでは、コッポラ辺境伯が派遣した外交官がうちに用があるとのことだ。


 しかし詳しい内容は不明で、女王に直接会って伝えるらしい。

 現時点でわかっている情報はあまり多くはないが、それでも予測はできる。


 辺境伯の性格や領地事情から考えると、ノゾミ女王国を取り込みに来る可能性が一番高い。


 だが最近は管理運営が軌道に乗り始めて、ようやく悠々自適な生活が戻ってきたところだ。

 なのに玄関のインターホンを連打され、怪しい訪問販売業者がやって来たのである。


 個人的なイメージではあるが、私にとっては辺境伯の外交官はそんな感じだ。


「ふむ、どうしたものか」


 今の私はワンピーススタイルで平屋住宅の縁側に腰かけて、スイカを齧っていた。

 さらに扇風機型のマジックアイテムから涼しい風を受け、のんびりと空を眺めている。


 取りあえず赤くて甘いスイカから糖分を補給しつつ、思考加速を行う。


 ちなみに自宅は小さくても、私有地はかなり広い。

 警備のゴーレムが定期的に巡回しているし、白銀の守護騎士が二十四時間体制で交代で見張りについている。


 上位者である私の安全確保は重要なのはわかるが、名誉な仕事だと張り切る感覚はちょっと理解できない。

 襲撃者など過去に一度も来てないし、せいぜいこの先に女王様のハウスがあるのねと興味本位で訪れる国民を、敷地内に入らないように警告するぐらいだ。


 そういう輩も滅多に出てくることはないため、うちの警護はぶっちゃけ暇を持て余している。


 だがそれはそれとして、今はコッポラ辺境伯の件だ。


「別に敵対する気はないし、浅い付き合いならいいかな」


 私は喋りながらスイカの種を飲み込むが、この体は取り込んだ物を分解して魔素に変換して吸収する。

 それでも魚の骨は喉に刺さったら痛いので取り除いているけれど、自己修復機能と合わせてとても便利だ。



 何にせよ、辺境伯とは敵対せずに仲良くしたい。

 もし無理でも、距離を取って浅い付き合いができれば良かった。

 私自身が外の世界にあまり興味がなく、ノゾミ女王国が平和で安定していれば良しだ。


「うん、無難にやり過ごすのが吉だね」


 もし対応に困ったら、今は時期が悪いとお断りさせてもらう。

 辺境伯の外交官と接触したあとは、用事を済ませてさっさとお帰り願うのだ。


 向こうがアプローチの仕方を変えてきたら、その時にその時にまた考える。

 別に私には時間制限はないので、のんびり進めていけば良い。


 スイカの皮は流石に食べないのでお皿に戻して、私は念話で指示を出す。


『例の外交官の送迎をお願い』

『了解』


 一応は辺境伯が派遣した偉い人らしいい。

 ならば、こちらもそれなりの対応をすべきだろう。

 新しく研究開発した、送迎や移動用のマジックアイテムを試験運用する良い機会だ。


『それと、例の神社だけど』

『建設途中ですが、一部の施設は使用可能です』

『今後はうちの象徴になるだろうし、会談はそこでやろうか』

『了解しました』


 世界樹の根本には。伊勢神宮っぽい施設を建設中だ。

 外交官には予備の大型旅館に泊まってもらうとして、せっかくなら会談はそちらで行ったほうが良いだろう。

 その後も色々と計画を練り、使者を出迎える準備を整えていくだった。

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