第24話 競技大会

 ノゾミ女王国から外部に持ち出されたマジックアイテムを、一つ残らず破壊すると宣言した。

 そのことを聞いた国民は、当たり前だが大きく動揺していた。


 初めての裏切りと決別に少しだけ悲しくなったが、どんな聖人君子でも全ての人に好かれることはできない。

 それに自分は、全知全能の神でもない。


 やること成すことが百パーセント成功するわけではなく、失敗を予測して事前に軌道修正をし、辛うじて損害を回避するのがせいぜいだ。


 何にせよ、この先も女王としてやっていく以上、ある程度の割り切りは必要になる。

 そしてマジックアイテムを壊すると宣言したが、対象は遥か遠くで私やゴーレムしか確認はできない。


「今、マジックアイテムを破壊しました」


 この場に居る者たちは今の宣言を聞き、半信半疑であっても密偵の存在を把握して罰を与えることを知ったはずだ。


 私はマイクを手に持ち、世界樹の広場に集めた大勢の国民に語りかける。


「ノゾミ女王国で法律を破った者には、相応の罰を受けてもらいます」


 今までは起きても軽犯罪ぐらいだったので、捕まっても説教で済ませていた。

 しかし千人以上も国民が増え、密偵もかなり数が混ざっている。牽制や警告はしたが、良からぬ考えを持つ者もいるだろう。


「私やゴーレムを恐れて魔都から出て行きたいのなら、好きにしなさい。

 開拓村までは、安全に送り届けましょう」


 法律を厳守して、ゴーレムと仲良くやってくれるなら構わない。

 新しい国民として受け入れるが、たとえ出ていっても去る者は追わずだ。


「私が庇護するのは、ノゾミ女王国民だけです」


 ノゾミ女王国だけでも運営管理が大変なのに、それ以上手を広げるなどできるはずがない。

 名ばかりの女王に、何でもかんでも背負わせないで欲しいのだ。


 すると話を聞いていた国民たちが、大いにざわめいた。


「女王様! 私たちを見捨てないでください!」

「他に行くところなどありません! お願いします! ここに居させてください!」

「どうか! 我らに救いの手をぉ!」


 私は別に、国民を見捨てるとは言っていない。

 口にしたのは出ていきたければどうぞと言う、犯罪抑止のための警告だ。


 しかしこの場の皆は、大慌てで泣き叫びながら私に縋り付いてくる。

 あまりの豹変ぶりに、ゴーレムたちは内心でドン引きしているのがオープンチャットでわかった。


 とにかく近寄らせないようにボディガードの女王を守り、接近を感知して仕掛けてあった結界が作動する。


 半透明の青白いドームがお堂を包み込む中で、私はこれは不味いとマイクを片手に大声で叫ぶ。


「ノゾミ女王国民として、法律を守ってくれればいいのです!

 だから! いい加減に! 少し落ち着きなさい!」


 ゴーレムたちが色々アカンことになっている国民を止めてくれているので、結界までは辿り着いた者はいない。

 うちの護衛は優秀だなと思いながら、私は引き続き大声で叫ぶ。


「ただし今後は、法律違反者を厳しく取り締まっていきます!

 忠告はしましたからね!」


 今までは警察官という職業はあっても、基本的には魔都を見回るだけだ。

 たまに軽犯罪者を逮捕するぐらいで、暇を持て余していた。


 しかし今回は人口が千人以上も増えて、色んな人が入ってきた。

 犯罪件数は確実に増加するだろう。

 法整備を行うだけでなく、裁判所や刑務所を用意しておく必要もある。


 取りあえず全国民にそれらのことを説明して落ち着いてもらい、私はようやく結界を解除してお堂の舞台から下り、自宅に戻るのだった。







 千人以上もの移民者は、魔都に到着した初日は宿泊施設で体を休めてもらう。

 今回は人間の旅館の従業員が多数居るので、わざわざ私が出張って指導をする必要はない。


 そして次の日には学校に移動して、例の映画を上映する。

 日本語教師から強い要望があったし、前半部分は資料として使えるので許可を出したのだ。


 しかしデータベースの空中投影は、私が居ないと行えない。

 上映の邪魔にならないように舞台の隅に座り、自分もちゃっかり鑑賞させてもらう。


 後半の怒涛の展開は、アニメ映画の面白さが凝縮されている。

 まるで、これがノゾミ女王国だ文句あるかと、オタク系女王が自己主張しているようだ。




 とにかく上映会が終わったあとは、大勢の国民に向けて理事長からありがたいお言葉があるのだが、特に思い浮かばなかった。

 なので無難に済ませて、あとは各々の教師にお任せするのだった。






 やがて季節は、春から初夏に変わった。

 その頃になると第二次移民の人々は、問題なく日常生活が送れるようになる。

 ポケベルを配布して国民として登録したことで、ようやく認められた喜んでいて何処か誇らしげであった。


 あとは、それぞれの進路を決めるだけだ。

 ちなみに今回は先駆者が居るので、私の出番はない。


 最近は夜間に呼び出されることもなくなり、各々の職員が現場を取り仕切ってくれている。

 管理運営が上手く行っている証拠で、良いことであった。




 だが問題がなかったわけではなく、それを解決するために世界樹前の大広場に向かう。

 本当は十万人を収容できる競技場が良かったが、建設中でまだ完成はしていない。


 何にせよ時刻が午前九時になったので、いよいよ開始である。

 かなり前から告知を出していたため、国民は一人の欠員もなく集合していた。


 私はお堂の舞台の上に堂々と立って、いつものようにマイクを片手に話し出す。


「これより! 総合競技大会を開催します!」

「「「おおー!!!」」」


 国民は競技の開催を喜んでいる。

 私は予行演習通りに、話を先に進めていく。


「競技大会が開かれた経緯を知らない人も居ると思いますので、まずは簡単に説明させてもらいます」


 そう言って私は、データベースを空中に投影する。

 この日のために作成したイラストを切り替えながら、開催の経緯をわかりやすく伝えていく。


 ちなみに一言で済ませるなら、他種族の仲が悪かったからである。

 今のノゾミ女王国には人間と獣人とエルフが集まっていて、事あるごとに喧嘩をしているのだ。


 犯罪行為はすぐに警察が駆けつけて取り締まるので、被害は最小限に抑えてはいる。

 しかし、根本的な解決にはならない。


 ちなみに世界人口の比率は人間が七、獣人が二、エルフが一となっている。

 当然のように数が多い種族ほど声が大きくなるので、人間が獣人やエルフを弾圧するか侵略戦争を仕掛けて奴隷にしているらしい。


 しかしノゾミ女王国では、女王以外の市民は皆平等だ。不当な扱いは認めない。

 異世界の価値観を無視する行いだが、ノゾミ女王国で暮らすには法律を守らなければいけない。

 日本語教育と同じで、他所は他所うちはうちである。


 そんな事情を大雑把だが国民に説明したあとに、私は続きを話していく。


「ノゾミ女王国では差別は禁止です。

 統治者がゴーレムですし、今さらでしょう」


 ゴーレムとは仲良くやっているのに、他種族が駄目なのはちょっと良くわからない。


「仲良くしろとは言いません。ですが、事あるごとに他種族に喧嘩を売るのは止めなさい」


 世の中にはどうしても相性が悪い者が居るので、友情を育めとは言わない。

 しかしわざわざ突っ込んでいって、挑発するのは如何なものだ。


 大きく息を吐いた私は、データベースの表示を切り替える。

 説教はこの辺りにして、総合競技大会の種目説明に移った。


「他種族が気に入らなければ言葉や喧嘩ではなく、競技で正々堂々と打ち負かしなさい」


 競技なら安全性は高いし、医療チームも待機しているので怪我の治療も可能だ。

 それにルールを守る限りは犯罪ではないので、体を動かせばストレス発散にもなる。


 他種族のわだかまりが少しでも解消されれば良いが、私も全てが上手く行くとは思っていない。

 けれど互いの距離感は縮まるし、仲良くなるためのキッカケにはなる。


「では、皆さんの健闘を祈っています」


 そう言って私は競技の審判を務めるため、舞台を下りて仮設テントの下にある特別席に移動する。


 今回は初めての試みだし、ルールは自分とゴーレムが全部決めた。

 異世界の競技の情報も集めたが、王都にあるコロシアムで奴隷や魔物を戦わせるぐらいしか出てこない。

 予想以上に殺伐さに若干引いてしまったが、現在は力こそパワーのご時世なのだろう。


 とにかく前世ならばオリンピック的な立ち位置である総合競技大会が、異世界で初めて開催されたのだった。




 その後について少し話すと、総合競技大会は一週間に渡って開催された。

 各種族が勝ったり負けたりで、誰かが無双することもなかった。

 やはり物語の英雄などは存在しないらしく、なかなか良い勝負である。


 最終的には参加人数がもっとも多い人間が、メダルを一番多く手に入れた。

 獣人は身体能力が高く、エルフは魔法技術が卓越してはいるが、両種族は少数だ。

 なのである意味では、妥当な順位と言える


 特に最後の競技、ミスリルゴーレムの討伐は盛り上がった。

 選手全員が競技用の武器を持って、五メートルの巨人に挑むのだ。

 制限時間がなくなるか、どちらかが全滅するまで続けられ、もしゴーレムを倒せずにタイムオーバーになったら、今まで取得したメダルは全て没収される。


 女王には逆らえないのか、誰もが口を閉ざしてふざけるなという言葉を押し込めているのがわかる。

 国民からは不満の声が出るだろうが、これはどうしても必要な競技だ。


 なので私は真面目な顔で、選手に向けて話しかける。


「もしも強大な敵が現れてノゾミ女王国に侵攻してきたら、貴方たちは協力して戦うことができますか?」


 前世の映画では共通の敵が現れた時には、世界が一つになって戦う展開が良くあった。

 現実にそうなるとは限らないが、やってみる価値はある。


「異なる種族であっても手を取り合い、個人では倒せな強敵を打ち破ることができると、それを証明してください」


 ミスリルゴーレムにはHPが設定されていて、競技用の装備で何度も攻撃しないと倒せない。

 そして棒立ちなわけもなく、選手を倒すために縦横無尽に動き回る。


 なるべく怪我をさせないように手加減はしてくれるが、選手全員が協力しないと倒せないのだ。




 ちなみに最終競技の結果は、ミスリルゴーレムの勝利であった。

 最初はやはり協力できずに各々の種族だけで戦っていたが、すぐに自分たちだけでは勝てないことを本能的に理解させられる。


 しかしなかなか協力関係にはならずに、見ている私たちをやきもきさせた。

 だが最終的には競技の間だけでも互いに手を取り合って、打倒ミスリルゴーレムに一致団結して動き出すが、残念ながら時間が足りなかった。


 HPを半分ぐらい削って息が合ってきたところで、タイムオーバーになる。

 それでも多少は認め合うことができるようになったため、私はメダル没収を保留した。


 ただし次の総合競技大会でミスリルゴーレムに負ければ、前回分と合わせてメダルを取り上げると脅しておく。


 選手たちはその発言に戦意を燃やし、次こそ絶対に勝つとやる気十分だ。

 おかげでノゾミ女王国に限っては、異種族のわだかまりが多少は改善されたのだった。

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