第23話 初めての国外追放
それから少しだけ時は流れて、千人を越える移民が魔都に到着した。
さらに本日は重要な話があることを、事前に告知してある。
全てのノゾミ女王国民が、世界樹の前の広場に集められた。
私もこんなに多くの人間を前にして話すのは初めてなので、流石に緊張する。
ゴーレムのような、気心の知れた身内ではないのだ。
おまけにエルフや獣人も大勢混じっているので、やっぱり異世界であることを実感した。
だがそんなことは顔には出さずに、私はお堂の舞台に上がってマイクを手に持つ。
外部スピーカーもきちんとテストを行ったあとに、コホンと咳払いする。
「今日は皆さんに、重要なお知らせがあります」
想定の範囲内なので大して気にしてはいないが、今後も同じことが起きたら対処が面倒だ。
それに彼らがうちの国民になってくれる可能性もゼロではなかったので、少しだけ残念に思っている。
やがて皆が口を閉ざして静かになったのを見計らい、私は真面目な顔つきで続きを話す。
「実は我が国民の中に、裏切り者が潜んでいたのです」
千人を越える国民が大きくどよめき、そう言えば最近アイツ見てないなとか、まさか奴が裏切ったんじゃなどと、そのような発言も聞こえてくる。
しばらく待ったが、どうにも静かにならない。
仕方ないので、私は静粛にと場を仕切り直してから説明を再開した。
「ノゾミ女王の政府機関は、彼らの情報は事前に掴んでいました」
二十四時間態勢で監視しているので、うちにやって来る初日にはバレていた。
だがそのことは伝えずに、話を先に進める。
「しかし、もしかしたら心を入れ替えて我が国の民になってくれる。
そう信じてはいましたが──」
会場の空気が重くなって、誰もが口閉ざす。
私としては前世のガチャゲーで、ちょっと高いレアリティを引けるかどうかの心境だったので、多分無理だろうなとは予測はしていて悲壮感はそれ程ではない。
しかし沈んでいても始まらないので、気を取り直して口を開く。
「彼らは我が国のマジックアイテムや物品を盗み、行方を眩ませました」
本当は何処に行って何をしているか、逐一把握している。
だがそれを国民に教える必要はないし、もしも監視されているとバレたら暴動が起きてしまう。
現時点では完全監視社会を受け入れてくれる可能性は低く、真実が明るみ出たら人生終了と言っても過言ではない。
なので私は重要な情報を、小出しに伝えていく。
「ですので、彼らに罰を与えます」
この場に集められた人間たちに緊張が広がるが、私は構わずに堂々と口に出す。
「今から彼らが持ち去ったマジックアイテムを全て破壊し、国外追放処分とします」
きっと誰一人として、まともに理解はできていないだろうが、それでも構わない。
ここで重要なのは、ノゾミ女王国のマジックアイテムは遠隔操作で破壊できると知らしめることだ。
たとえ真偽不明であっても、他国に持ち出ちだしても意味がないかも知れない。
そう思わせることで、新たに紛れ込んだ密偵たちを牽制するのだった。
<チャールズ>
コッポラ辺境伯の自領は、ウルズ大森林が含まれている。
多くの開拓村の運営をサンドウ王国から任され、毎年多額の援助金も受け取っていた。
しかし投資するほど赤字が増えて、採算が取れたことは一度もない。
定期的に役人を派遣して様子を見ているが、結局は村長や村民に任せて放置している。
しかし最近になって、ある噂がコッポラの街に流れてきた。
人の言葉を理解するゴーレムが、魔法を使って村人を助けたのだ。
当然、最初は誰も信じずに嘘だと決めつけて鼻で笑っていた。
さらに少し時が流れて、ウルズ大森林の奥地には古代の都市があり、そこの女王が移民を募集しているという噂が流れてくる。
もちろんこれも、誰も信じはしない。
だが教会の大神官でも治療が難しい重病人を完治させたり、見たこともないマジックアイテムを保有していると聞いて、興味を持たない者はいなかった。
おまけに食料には困っていないらしく、俺はこの噂が真実かどうかを確かめるために、領主様に急ぎ派遣されたのだ。
他にも二人の同僚がいるが馬を使い潰して急いで、何とか出発直前に間に合った。
そこからはもう、驚きの連続だ。
幼いエルフの女性が統治者なのもそうだが、マジックアイテムは噂通り見たことも聞いたこともない物ばかりだ。
それに本人は人間ではなくゴーレムと主張しているが、とても人形には見えないので、俺たち移民者はこう考えた。
女王はゴーレムに育てられた、高位の魔法使いだ。
自分のことをゴーレムだと思いこんでいるだけの、エルフの子供である。
実際に今は帝国領で移動しているが、遥か昔にはウルズ大森林にエルフの国があったと伝わっていた。
そう考えると、別におかしなことではない。
ならば何故家族がおらず一人だけなのかという疑問は、世界中で魔物が活性化した大災厄から逃れるために、長らく封印されていたからだろう。
かつて古代魔法王国には邪悪な魔法使いがいて、魔物を操って世界征服しようとした。
勇者とその仲間によって倒されたと伝説に残っているが、まあそれは別に良いのだ。
とにかく俺たちには、領主様から与えられた使命がある。
ノゾミ女王国のことを、怪しまれない範囲で調べていくのが重要だ。
特定の施設には流石に入れないし、ゴーレムたちや他の国民も警戒しなければいけない。
だが、知れば知るほどとんでもない国だ。
使用されているマジックアイテムは、世界各地の遺跡から発掘される物とは明らかに異なっていた。
それよりも高度な魔道具ばかりで、サンドウ王国の技師では再現は不可能だと察してしまった。
しかし何より驚いたのは、ノゾミ女王国で使われている魔石の燃費の良さだ。
どういう理屈かは不明だが、魔力切れが殆ど起きない。
ただし絶対というわけではなく、切らした時は俺たちが見ていないところで補充を行っているようだ。
それでも効率的な魔力運用の術式が刻まれているのは、ほぼ間違いない。
ちなみに食料に関しては、当たり前だが自給自足を行っているようだ。
魔都の外周には見渡す限りの畑や牧草地が広がっており、壁や天井の全てがガラス張りの建物も無数に立ち並んでいた。
農業や畜産などは世界最先端と言っても過言ではなく、詳しく知るには就職するか進学して専門知識を学ぶ必要があるようだ。
きっとコッポラ領だけでなくサンドウ王国の助けになるが、俺たちにはそれよりも重大な使命がある。
なので外の世界と接する機会がある、外交官を選んだのだった。
ちなみに他にも報告したいことは、多々ある。
王様や貴族の食事を摂ったことはないが、多分それに近い物を毎日食べている。
それに綺麗なお湯に体を沈めて疲れを取ったり、エアホッケーや卓球で知り合いと白熱した。
時には漫画の先が気になって興奮して夜眠れなかったりと、ノゾミ女王国で過ごした時間は短いが、本当に色んなことがあったものだ。
多くの友人もできたが、密偵をしている以上は仕方ない。
同僚も同じ気持ちのようで、俺と同じで別れを名残惜しそうにしていた。
けれど外界と接触する機会など、そうあるはずもない。
今を逃したら次がいつになるかわからないし、いつまでも領主様に報告が届かなければ、コッポラの街に居る家族の身も危うくなる。
寝返りや裏切りを防ぐための措置だが、今の御時世に庶民でも裕福な暮らしができるため、命をかける価値はあった。
だがノゾミ女王国を知った今では、できれば家族全員で移民したいと思っている。
しかしやはり領主様を裏切ることはできずに、マジックアイテムや様々な物資を食料が積み込まれている大型トロッコの下に隠す。
そしてゴーレムたちに守られて開拓村に向かい、外交官なので村人たちとの交渉や通訳を行う。
それは怪しまれないためで、頃合いを見計らって領主様が派遣した奴隷商人を装った馬車に乗り込み、護衛と共に夜の闇に紛れて俺たちは逃げ出した。
今回は貴重な物品を持ち運んでいるので、壊さないように気をつけて運転する。
ノゾミ女王国の生活を捨てるのは残念だが、ようやく愛する家族の元に帰れるのだ。
そう思わなければ叫び声をあげてしまいそうで、魔都での生活は快適で心地良かった。
身の安全が保証され、充実感に溢れた毎日を送れていたのだ。
あそこは俺たちにとっての楽園と言っても、過言ではない。
逆に外の世界は、魔物の闊歩する危険な魔界なのだった。
やがて辺境伯様が直々に治めるコッポラの街に辿り着いた。
途中で何度か魔物や野盗に襲撃されるなど危ないことあったが、何とか生き延びることができた。
ゴーレムたちの一糸乱れぬ連携の戦闘と比較すると、領主様の護衛は息があっておらずバラバラに動いている。
外から見ていると危なかっしいが、それでも仕事であっても俺たちを守ってくれた。
そこは感謝しているし、家族がいるコッポラの街に帰ってこれたので安堵する。
近年は世界各地で魔物が活性化していて、多くの町村が壊滅した。
しかしコッポラの街は城壁で囲まれているし、兵士や冒険者も大勢集まっているので大丈夫だろう。
正門を通る際に門番に荷物を調べられるが、見慣れない物ばかりなので不審に思われた。
だが護衛が通行証を見せ、おかげで無事に通ることができた。
領主様が俺たちの報告を心待ちにしていると聞き、家族との再会は後回しだ。
真っ直ぐ辺境伯様の屋敷に向かい、護衛のお陰で殆ど顔パスで通れるのは大きい。
誰にも止められることなく入ることができたが、謁見が許されるのは一人だけのようだ。
残りは待合室で待機を命じられたので話し合い、俺が領主様に直接説明することになる。
出世のチャンスと言えなくもないが、彼は気難しいことで有名で内心複雑だった。
何にせよ決まったからには真面目にやるし、事前に情報交換しておいたので誰になっても問題はない。
領主様は報告を待ちわびていたようで、すぐに呼び出しがかかる。
なので俺は護衛と共に屋敷の謁見の間に通され、ノゾミ女王国から持ち帰っなマジックアイテムや物品を、周囲の人たちに良く見えるように順番に並べていく。
「ほう! どれも見たことない物ばかりだな!」
「一体どのような原理で動いているのか、非常に興味深い!」
「何と質の良い紙だ! それに美しく鮮やかな絵!
文字は読めんが、とにかく素晴らしいぞ!」
領主様を含めて、この場の全員がとても興奮している。
俺もノゾミ女王国に来たときには、驚きの連続だった。
何となく懐かしいモノを見るような気がする。
しかし休んでいる暇はなく矢継ぎ早に質問されるので、マジックアイテムや他の物品について説明をしていく。
それもやがて、一段落したようだ。
領主様が椅子に深くもたれ、嫌らしい笑みを浮かべて顎髭を弄り出す。
「高度な魔道具や見たこともない品々は、大変素晴らしい物だとわかった」
だが領主様は次に、思いもよらない発言を口に出した。
「しかし治めているのはエルフで、魔物を従えているとはな」
彼が何を言うのか予想できてしまい、俺は身を震わせる。
「エルフやゴーレムの奴隷として、不当な扱いを受けている者たちの洗脳を解いてやらねばならんな」
領主様は今は大変機嫌が良いようだが、ノゾミ女王国に攻め込む発言を聞いて俺は顔を青くしてしまう。
確かに一般的に知られているゴーレムは、危険な魔物だ。
しかしあの国の彼らは優しくて力持ちで、困っているときには助けてくれる。
俺も何度も世話になった、良き隣人なのだ。
密偵をしていると、恩を仇で返すことも良くある。
だがそれでも女王様を敵に回すのは、絶対に止めたほうがいい。
俺はどう説得したものかと考えていると、ノゾミ女王国から持ち帰ったマジックアイテムに異変が起きる。
「なっ、何事だ!?」
「これはマジックアイテムが! 土に!?」
持ち帰ったマジックアイテムが、次々と土に変わっていく。
やがて形を保てなくなり、崩れ落ちてしまう。
「ええい! 何とかせんか!」
謁見の間は大混乱だ。
そして自分が首にかけているポケベルも例外ではなく、俺は慌てて手に取った。
『さようなら。チャールズ』
小さな画面には、日本語でそのようなメッセージが表示されている。
やがてポケベルも他のマジックアイテムと同じように、土に変わって崩れ落ちてしまった。
これだけは領主様に渡さずに、同僚も同じで肌見放さずに身につけていたのだ。
ノゾミ女王国民の証を捨てたくなかったし、楽園の住人だった証拠である。
ポケベルを眺めれば、楽しかった思い出が蘇るので辛い日常でも生きていける
そう考えていたのだが、別れの挨拶を最後に崩れて消えてしまった。
豪華なカーペットや机は土で汚れてしまい、謁見の間に集まった者たちは呆然とした表情でそれを見てめている。
だがここで領主様が青筋を立て、大声をあげる。
「ええい! エルフも魔物も! コケにしおって! 絶対に許さぬぞ!」
呆然自失になっている俺だが、周囲の声は聞こえていた。
どうやら領主様はマジックアイテムが崩れたのは、女王様やゴーレムが何かしたせいだと判断したようだ。
「すぐに軍を編成しろ! 魔物共に正義の鉄槌をくらわせねば気がすまん!」
「しっ、しかし! ウルズ大森林への進軍は、過去に一度も成功したことがなく!」
やはり攻め込むつもりだったようだが、家臣が口にしたようにウルズ大森林への侵攻は、過去に一度も成功したことはない。
「魔物が作った道があるのだろう! そこを通れば良いのだ!」
確かに魔都に通じる道は作られている。
しかしそこを通っても、魔物は構わず襲ってくるのだ。
家臣たちもどう説得したものかと、頭を悩ませている。
するとここで、ある家臣が一歩前に進み出て意見を口にした。
「領主様。ここは使者を送るのがよろしいかと」
彼は涼し気な顔で続きを説明していく。
「聞けばエルフの女王はまだ子供。
ゴーレムや移民を統治するのに、苦心しているとのこと」
ノゾミ女王国のことは伝えているので、領主様だけでなく家臣たちも彼の国の現状を知っているようだ。
「ゆえに領主様が協力を申し出れば、涙を流して喜ぶでしょう」
家臣の提案を聞いた領主様は、顎髭を弄りながら少しだけ考える。
そして彼をじっと見つめて、おもむろに口を開いた。
「確かに土人形共は滅ぼすよりも使役したほうが、利益が大きいな。
そなたの進言を、採用しよう」
「勿体なきお言葉でございます」
家臣はそう言って頭を下げる。
領主様は得意気な顔で椅子にもたれて、堂々と発言した。
「国王様へのご報告は、従属させたあとで良い。
せっかくの手柄を取らたくないのでな」
どうやらノゾミ女王国を、従属させるつもりのようだ。
俺や他の密偵から見れば、それは絶対に不可能だと口をそろえて言うだろう。
「ではノゾミ女王国への使者は、ぜひ私にお命じください。
古の都に興味がありますゆえ」
「もちろんだ。頼りにしておるぞ」
俺は領主様と家臣のやり取りを見て、女王様に逆らって無事で済むはずがないと思った
ノゾミ様は神の御使いと名乗っていたが、魔都やマジックアイテムや使役しているゴーレムを見れば、それが事実なのが良くわかるからだ。
領主様は、そんな彼女を従属させようとしている。
まるで燃え盛る火の中に飛び込んでいく、哀れな虫を見ている気分だ。
そして唯一の名残として肌見放さず持ち歩いていたポケベルは、目の前で土に変わってしまった。
最後にお別れを言ってくれたのは、女王様からの慈悲だろう。
(これ以上は、女王様や友人たちを裏切れない!)
だが別に高潔な精神を持っているわけではなく、ノゾミ女王国に逆らってタダで済むはずがないと知っているからだ。
自分から出ていった手前、今さら戻って服従を誓っても許してはくれないだろうし、ポケベルを失った時点で諦めてはいる。
(しかしコッポラ辺境伯様は、一度決めたらなかなか方針を変えない御方だ。どうしたものか)
それに家臣ではない密偵の自分が進言すると、怒りを買って家族や仲間共々首を斬られてしまう可能性がある。
だが迷っている時間はない。
俺は恐怖で足を震わせながらも、意見具申するのだった。
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