第22話 面倒事の予感
時は流れて四月の下旬になると、ようやく仕事に余裕がでてきた。
なので、久しぶりに魔石工場で術式の書き換え処理を行っていると、探索に出ているゴーレムから連絡が入った。
『女王様、良い報告と悪い報告があります』
ゴーレムからの念話は大抵が仕事に関することなので、別にそこまで珍しくはない。
だがどちらから聞きたいかと尋ねられたので私は少しだけ考え、良い報告から聞くことにする。
『東に向かう道路が、海に到達しました』
『これで海産物が食べられる! やった!』
川魚だけでなく海産物が食べられると大喜びしながらも、片手間で術式の書き換えを行っていく。
『ですがまだ工事中の区間も多いので、安定供給にはもうしばらくお待ち下さい』
『それは仕方ないし、無理のないペースで進めればいいよ』
開通しただけでまだ道幅は狭く、これから拡張していくのだ。
安定供給にはもうしばらく時間が必要だが、それでも輸送がしやすくなった。
『それで、悪い報告は?』
良い報告は聞かせてもらったので、次は悪い報告が気になる。
ゴーレムたちと作業を続けながら、続きを尋ねた。
『人間たちが、我々を探しているようです』
『えっ? 何で?』
何でわざわざ私たちを探すのかがわからず、思わず首を傾げる。
ウルズ大森林で稼働しているゴーレムは、ノゾミ女王国民だけだ。
そして今の人間たちとの関係は、敵でも味方でもない中立である。
移民者を回収したので開拓村を守る必要もなくなり、冬越しできるだけの食料を渡した。
なので全面的に手を引いて、こちらから接触することはない。
しかしゴーレムの報告を聞く限り、ウルズ大森林で私たちを熱心に探しているようだ。
見つけたら攻撃せずに近づいてきて、声をかけられたらしい。
私はその内容について、詳しく聞いていく。
『移民希望者を集めたので、また食料と交換して欲しいそうです』
『確かに、一度は募集したけどさぁ』
二回目をやるとは一言も口にしていないし、現時点では募集する気はない。
そして話しかけられた探索隊だけでは判断できずに、私に報告するために何も言わずにその場を立ち去ったとのことだ。
取りあえず私は、報告してくれてありがとうとお礼を言う。
続けて念話を切って、現実で大きな溜息を吐く。
「どうしたもんかなぁ」
術式の書き換えは全く揺らぐことはないが、気分はかなり重い。
「無視は不味いし、何かしらの対応はしなきゃ」
独り言を呟きながらでも、片手間で仕事を行う。
このまま無反応だと、人間との関係は確実に拗れる。
なので、たとえ断るとしてもちゃんと答えるべきだろう。
そしてゴーレムたちに意見を聞いた場合、重大な決断をする時にはイエスマンになる。
彼らは高度な人工知能を持っているが、基本的に上位者の命令には絶対服従だ。術式の書き換えと主従契約は切っても切れないため、この仕様は強制である。
命令すれば忌憚のない意見を出してくれるが、それは嫌いなことを無理やりやらせているため、私もゴーレムもあまり良いことではない。
名ばかり女王として勘弁してくれだが、嘆いたところで状況は変わらなかった。
そういうものだと受け入れて、対処するしかないのだ。
「取りあえず、いつものように未来を予測してみよう」
判断に迷ったら、集めた情報から未来を予測して最適な行動を選択する。
確率なので天気予報のように外れることもあるが、それでも当たる可能性は高い。
さらに常に先を読んで、失敗しそうならすぐに軌道修正するのが私の仕事だ。
これのおかげで名ばかりの女王でも何とかなっているが、アヒルのバタ足のように水面下の苦労は国民にはわからない。
「まあ失敗したら、その時はその時だ」
今まで数え切れないほど失敗してきたし、賢くはならないので同じところで毎回躓く。
だが元の性格が考えなしで明るく前向きだったからから、悩みはしても重大な決断はすぐに決まった。
「よし、移民を受け入れよう!」
いつかは多くの人が、ノゾミ女王国に来るかも知れない。
今回どれぐらいの移民が来るかはまだ不明だけれど、その時のために少しずつ準備を進めていくほうが良いだろう。
「ゴーレムには裏の仕事で、人間は表の仕事が理想かな」
マジックアイテムなどの加工はゴーレムが行い、それ以外の仕事は人間たちに任せる。
そうすれば表向きは人類が運営管理しているように見えるので、周辺諸国からは普通の国家として判断されるだろう。
「でもこれって、私が裏から操ってる黒幕のようだね」
だが本音としては、黒幕でもいいので楽して生きていきたいだ。
今の立場に不満はないけれど、できればもっと仕事を減らしかった。
「技術はいずれ追いつかれるし、スパイにも警戒しないと」
今はノゾミ女王国が、世界一の技術力を持っている。
だが永遠に首位を独占できるわけではないので、歩みを止めたら他国に追い抜かれるのは歴史が証明していた。
自国の優位性を保持するために、技術力の向上は必須だ。
それにマジックアイテムの機密情報を、他国に渡すわけにはいかない。
もし特殊な魔石を自分しか作れないことを知られたら、絶対にろくなことにはならないだろう。
しかし別に、人類と敵対するつもりはない。
皆仲良くとは言わないが、上手いことやっていきたい。
何にせよ、この選択が正しいかも未来がどうなるかは、まだ不確定だ。
けれどある程度の予測は出来ているので、私はそれをノゾミ女王国政府として告知する。
『移民希望者を受け入れます』
人間たちにも伝えるので、今は女王としての顔である。
『移民者の人数と、集まる時間の確認を頼みます。
のちほど交換する食料を用意して、そちらに送ります』
政府機関に告知すると同時に、念話で先程のゴーレムに伝えると、すぐに返事が届いた。
『了解しました。
その際に我々の代理として交渉を行う、外交官の派遣を要求します』
筆談でも意思疎通は可能ではあるが、時間がかかりすぎる。
それに読み書きができる者は開拓村にはあまりいないため、交渉が二転三転しそうだ。
なので彼の意見はもっともで、やはり通訳がいたほうがスムーズに進むだろう。
『わかりました。なるべく早く外交官を派遣します』
私はそう言って、現地のゴーレムとの念話を切る。
「さて、これから忙しくなるね」
毎回自分が出張る必要はないので、今回は外交官に任せるつもりだ。
こんなこともあろうかと職業として設定していたけれど、今のところは特に仕事もなかったのでちょうど良い。
「取りあえず、全員派遣すればいいかな」
あとで職員が足りないと報告を受けて、補充を頼まれるのが一番不味い。
どうせ魔都に残っていてもやることがないので、今いる外交官を全員派遣することに決定する。
現在はそこまで多くはなく、全員合わせて五人である。
データベースを空中に表示して確認していると、ふと気になる記述を見つけた。
「そう言えば、密偵も紛れ込んでたっけ」
外交官の中には、領主が送り込んだ密偵が紛れ込んでいたのだ。
「さて、どうしたものか」
しかし、密偵は今のところは大人しくしている。
ノゾミ女王国と敵対しているわけではなく、現時点ではうちの国民なのだ。
もし反抗すれば容赦なく切り捨てるが、まだ庇護の対象である。
なので果たして彼らがどのような決断をするのかを、もうしばらく見守ることにしたのだった。
一度だけ交流があった開拓村に外交官を派遣し、一ヶ月が経過した。
そして現時点で、ノゾミ女王国の噂はサンドウ王国中に広まっているらしい。
なので儲け話を聞きつけた奴隷商人が、怪我や病気になった奴隷を価値の高い食料と交換するために、これ幸いと飛びついた。
それにスラム暮らしや貧民層、過酷な環境で日々を生き残るのにも精一杯の人々が、たとえ僅かでも希望があるならと、故郷には戻れない片道切符で道中に魔物や野盗に襲われる危険があっても、わざわざ命がけでやって来たのだ。
うちとしては、どれだけ人数が多くても法律を厳守してくれるなら、たとえ千人以上でも受け入れるつもりだ。
しかし違反者には罰を与えて、改善が見込めなければ国外追放するのは変わらない。
契約条件を明確にするのは大切で、外交官が大勢の前で説明するだけでなく、イラストを使用した説明書にもきちんと記載されている。
しかし念入りに対策をしても、万事上手くいくわけではない。
夜に自宅のお風呂に身を沈めてリラックスしていた私は、開拓村に移民希望者を回収しに向かったゴーレムから報告を受けて、大きな溜息を吐く。
『外交官三名が失踪しました。恐らくは──』
『やっぱりそうなったかぁ』
派遣した外交官の五人のうち三人が密偵なことは、最初からわかっていた。
そして今の彼らは、領主が送り込んだ奴隷商人の馬車に乗り、コッポラの街に向かっている。
普通なら夜間は走らないのだがゴーレムによる追跡を恐れてか、少しでも早く報告を届けたいのだろう。
盗まれたマジックアイテムの種類や場所、さらに周囲で何が起きているかは、データベースに全て表示されている。
『女王様、如何されますか?』
私は風呂場の天井を眺めながら、今後の対応を考える。
三人の密偵たちの会話は筒抜けだし、ゴーレムたちも情報を共有していた。
『今、考え中ー』
取りあえずお湯に体を沈めて、のんびりペースで思案する。
今は海産物の輸送が優先されているが、西の道路も規模を縮小されて工事が続けられている。
なので移民希望者がノゾミ女王国の魔都に到着するのと、彼らが領主の元に辿り着くのは、殆ど同日になると予測される。
『新しい移民希望者を魔都に到着次第、国民の前で重大発表だね』
『了解致しました』
コッポラ領主と密偵には悪いが、見せしめになってもらう。
新しくやって来た移民希望者は、千人以上というとんでもない数だ。
大勢のスパイが紛れ込んでいるの間違いなく、これ以上舐めた態度を取って好き放題にやられないように、女王に逆らえばどうなるかを思い知らせる必要がある。
大まかな方針を決めたあとに、私は再び顔をあげて窓から外の景色を眺めた。
「やっぱり、魔物が増えてるのかな?」
ロジャーという元冒険者が教えてくれたが、年々魔物の数は増え続けていた。
近年は駆除が間に合わずに大勢の被害者が出ており、やむを得ず先祖代々の土地を捨てて安全な都市部に移り住む人々も少なくないらしい。
そう言った人たちは貧民層と呼ばれ、スラムなどで細々と暮らしている。
「しかし世界樹が魔素の循環を助けてるから、魔物は簡単には増えないはずなんだけど」
世界樹は神々が与えたものなので、人々は大切に扱っているはずだ。
なので枯れることなどあり得ないし、ならば他にも魔物が活性化する要因があることになる。
「何にせよ、面倒だね」
世界的に生活が困窮して、貧民や難民が激増中だ。
さらに食料生産力も落ちており、あまり良い状況ではない。
幸いノゾミ女王国は貧困や飢饉とは無縁だが、自国を治めるだけで手一杯だ。
いちいち外の国の面倒を見るつもりはなく、優先すべきは自分の安全と仲間のゴーレムたちである。
「まあ、人類が一致団結すれば、何とかなるでしょ」
しかし食料や物資が足りずに略奪戦争を仕掛ける国が増えているらしく、個人的にはそんなことより魔物を何とかすべきだと思う。
だが他国の村や町を襲って強奪したほうが手っ取り早く、奴隷も手に入って労働力不足も解消できる。
理屈としてはわかるが外の世界は大変だと、他人事のように考えながらそろそろ風呂からあがるのだった。
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