第21話 春の足音

 少しだけ時が流れて四月になった。

 冬の寒さは鳴りを潜めて暖かくなり、外でも過ごしやすくなってくる。


 だが生命の息吹が活性化するということは、植物の芽生えだけでなく虫が出てくるのだ。

 幸い前世は田舎暮らしなので苦手意識はないが、噛まれたり刺されたりしたいわけではない。


 中には危険な毒を持つ虫も居て、今は三百人の人間も一緒だ。

 なので防虫グッズを配布して、各々で身を守ってもらうことにする。




 やがて進路希望の結果が出て、進学と就職は大体半々だった。

 そして日本語の読み書きが可能になったことで、教師役はゴーレムに引き継いでもらう。

 黒板の代わりの大画面モニターも完成したため、今後は字幕付きで授業を進めていく。


 なお、私の続投を望む声はとても大きかった。

 自分が教師を続けるなら進学を選ぶ生徒が大勢居たが、正直仕事が多くて現状では間に合っていないことが多々ある。

 それに何年経っても賢さは全く上がっておらず、専門知識はデータベースから引っ張ってきているため、元女子中学生ではいつか必ずボロが出て、国民は失望するだろう。

 ならば惜しまれつつ引退というのが、一番良い結果のはずだ。


 そして今後は理事長として学校を運営管理するので、授業に直接関わらずに仕事が減った以外はあまり変わらない。


 ちなみに四月以降の国民の様子を見る限り、皆は新しい環境に慣れるのに頑張っているようだ。

 たまに問題が起きても現場で対処できるレベルなのが、幸いだった。

 概ね想定の範囲内なことから、新生活のスタートは順調と言って良い。




 その一方で私はと言うと、安全ヘルメットを被って建設現場の敷地にお邪魔していた。

 データベースから完成予定図を引っ張ってきて、空中に表示しゴーレムと新入社員を前に説明する。


「競技場では、色んなイベントやスポーツを行う予定です」


 将来は、外から観光客が来るかも知れない。

 それに魔都の住人たちがイベントやスポーツでも楽しめるのだ。

 現時点では人間は三百人とゴーレムが一万人ほどだが、今後増えていくことも考えて、二万人が観戦できる規模を建設予定だと、説明を続けていた。


 すると恐る恐るといった様子で新入社員が手を挙げた。


「あの、すみません。女王様」


 彼に自然と注目が集まるが、私の話を邪魔して申し訳なさそうな顔をしている。

 なので気にしないで良いと告げて、続きを話すようにと促した。


「十万人規模の競技場も建設可能だと聞きました」

「ええ、作ろうと思えば可能です。

 しかし、別に必要ないでしょう?」


 そう簡単には人口は増えないし、観光客が来るにしても当分先になるだろう。

 二万人でも多すぎるぐらいだ。


「私は十万人にしたほうが、良いと思います」

「何故ですか?」


 私が率直な疑問を口にすると、彼が少し緊張しながら続きを話してくれた。


「女王様が拒否されない限り、移民希望者はこれから先も増え続けるからです」


 サンドウ王国のいくつかの開拓村から集めたのが三百人だが、私が早いところ帰りたいことから半月ほどで撤収した。

 餌もばら撒いたので、長期間募集すれば移民者が大勢殺到したのは想像に難しくはない。


(でも別に今は募集してないし、これ以上はいらないかな)


 私は三百人もいれば十分だと思っている。

 しかし向こうから移民したいと言ってくれば、どうしたものかと考えた。


「ふむ、ノゾミ女王国の法律を守る者に限りますが、移民希望者は拒否はしませんよ」


 法律違反をした者には罰を与えたり国外追放するが、悪人でなくゴーレムと仲良くしてくれるなら、移民を受け入れるつもりだ。

 人類と仲良くやっていると主張するのは、数が多いほうが信憑性が増すのである。


(まあ、うちから募集する気はないけど)


 だが、たとえウルズ大森林から出ずに魔都に引き籠もっても、絶対にいつか関わりを持つことになる。

 ノゾミ女王国の噂が外部に漏れた以上は、何らかの形で接触してくるのだ。


 新入社員のありがたい提案を聞いた私は、転ばぬ先の杖を用意しておいたほうが良いかと考え直した。


「わかりました。貴方の言う通り、十万人規模にしましょう。

 完成まで時間はかかりますが、備えは必要でしょう」

「あっ、ありがとうございます!」


 説明を終えたので空中に表示していたウインドウを消して一息つき、話題を変えて新入社員に声をかける。


「ところで、最近の調子はどうですか?」

「はっ、はい! 女王様のおかげで、幸せに暮らせています!」

「それは良かったです」


 何処かのディストピアのように、幸福は義務ですとか言い出すつもりはない。

 しかし、幸せに暮らせるに越したことはない。


 それに現場の生の声を聞くことも重要で、デスクワークだけでは気づかないこともある。

 ついでにずっと自宅で政務をしていると、たまに無性に外に出たくなるのだ。


「では引き続き、国への貢献をお願いします。期待していますよ」

「あっ、ありがとうございます!

 女王様のご期待に応えられるよう、誠心誠意頑張らせていただきます!」


 そう言って新入社員は、ガチガチに固くなる。

 私は最低限の衣食住しか与えていないし、生活環境は学生の頃と全く同じだ。

 それ以上を求めるなら働いて稼いで、色々な物を買い足す必要がある。


「何か必要な物があれば、総合小売店で買い求めてください」

「はっ、はい! いつも利用させてもらっています!」


 税金は給料から天引きされるが、それを使って宿泊施設を拡張して総合小売店を設けた。

 最低限の生活を送る分には必要ないけれど、玩具や菓子類や贅沢品などの、多種多様な物品が置かれている。

 国民からの好評で、連日大賑わいで人が途切れることはない。


「漫画飛翔を! 毎号楽しく読ませてもらっています!

 ノゾミ先生の大ファンです!」

「そっ、……そうですか。どうも、ありがとうございます」


 思わぬところで、自分が手がけている漫画雑誌の名前が出た。


 漢字にフリガナが振ってあるので日本語の勉強になるかと思い、データベースから抽出して印刷したのだ。

 そして紙媒体の書物として、宿泊施設の休憩室に配置した。


 結果は熱心なファンが大勢できるほど、大ブームとなった。

 だが休憩室ではしょっちゅう誰かが読んでいるので、一巻から順番に閲覧するのは難しい。

 そこで総合小売店で漫画雑誌を買い求め、休日の自室でゆっくり読み耽る客も多いのだ。




 何にせよ先生と呼ばれて少し恥ずかしくなった私は、別の仕事があるのでと告げて競技場の工事現場を離れ、次の現場を目指して徒歩で移動する。


 最近は暖かくなってきたので、自動車に乗る必要はない。

 大通り歩きながら、行き交う人間やゴーレムに適当に挨拶をする。


 やがて桜並木が見えてきたので満開で綺麗だなと思いつつ、別の仕事を済ませるために仲間に念話を送った。


『動きは?』

『ありません』


 実は移民希望者の中に、不審な動きをする者を複数確認したのだ。

 最初から彼らの存在には気づいていたが、ノゾミ女王国の法律には抵触していない。

 なので、取りあえずは自由にさせていた。


『扇動や破壊工作をしなければ、自由にさせてもいいよ』

『了解しました』


 そして彼らは、二十四時間態勢で監視されている。

 ポケベルで常に位置情報などが送信され続けているし、私以外のゴーレムたちはマジックアイテムの遠隔操作はできなくても、そういう機能も付与しているので覗き見るのは可能だ。


『私は楽観的ではあっても、油断はしてないからね』


 いくら考えなしの私でも、ゴーレムと人間の共存がいきなり成功するとは思っていない。

 必ず何かしらの障害が起きると考えて、備えを用意しておいた。


 具体的には事件や犯罪を防止するために、各種マジックアイテムに監視機能を追加したのだ。

 そしてそれは仲間たちもアクセスできるため、今は自分の代わりに見張ってもらっている。


『しかしまさか、領主が密偵を送り込んでくるとはなぁ』


 現時点では目立った動きはないので、ゴーレムと人間の共存をぶっ壊そうなどとは考えてはいないだろう。

 目的はノゾミ女王国の情報収集だと考えられ、彼らは与えられた仕事を真面目にこなしているだけだ。


『妙な雲行きになってきたね』

『捕らえますか?』

『別にいいよ。明確に敵対したわけじゃないし』


 今のところ判明しているのは、領主が送り込んだ密偵がノゾミ女王国を調べているぐらいだ。

 ウルズ大森林にいきなり謎の国が出現したので、気になるのも当然と言える。


『取りあえず、相手の出方を見よう。

 心変わりして、うちの国民になってくれるかも知れないし』

『可能性は低いかと』

『でも、ゼロじゃないよ』


 現時点では、どうなるかわからない。

 密偵が領主ではなく、私に乗り換えてくれる可能性もある。


『では、説得されますか?』

『いやー、それはちょっと無理かな』


 確実にこっちに寝返らせるためには、直接話すのが手っ取り早い。

 しかし私は、そのプランを即否定した。


『私は名ばかりの女王で、実際にはただの小娘だって見破られそうだし』


 ゴーレムたちとはデータベースを共有しているし、付き合いが長い。

 しょっちゅう元女子中学生の素を出しているが、それでも女王でいられるのは主従契約を結んだからだ。


 しかし密偵の主人は領主で、私よりも賢くて人生経験豊富なのは間違いない。

 直接話せばただの小娘だとすぐ見破られるだろうし、主従契約を結んでないので彼らを縛るものは何もなかった。


『説得の成功率はゼロパーセントだって、未来を予測しなくてもわかるよ』

『……女王様がそう言われるなら』


 何か言いたそうなゴーレムたちである。

 だがどう考えても、私が説得しても領主を裏切ってくれるはずがない。

 女王として、情けない姿を見せるのがオチだろう。


『それに彼らの人生だし、やっぱり自分で決めて欲しいね』


 それに私は、絶対に密偵に裏切って欲しいわけではない。

 ウルズ大森林の外と積極的に関わる気は毛頭なく、ずっと引き籠もれるならそっちのほうが良かった。


 現時点では自給自足経済は問題なく回っているし、手間暇かけて面倒を見るより去る者は追わずで、あっさり手放したほうが楽だ。


『私は冷たいと思う?』

『いいえ、優しいかと』


 仲間が気を使ってくれて、少しだけ気持ちが安らいだ。

 しかしこれでも一応は元女子中学生のつもりだし、ゴーレムは苦楽を共にするうちに大切な存在になったのかも知れない。


『ゴーレム優先で、人間も大切だけど二番かな』

『感謝』


 優先順位はゴーレムが一番だけど、人類とも仲良くしたい。

 ただし、それは絶対ではない。


 もし無理だったら、その時はその時だと気楽に構えていた。

 大切な友達はもういるし、現状は十分に満足している。


 これ以上望むと。バチが当たりそうだ。

 あとはのんびり慣性でやっていければ良いやと思いつつ、監視の続行を伝えて念話を終えるのだった。

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