第20話 人生の岐路

 以前から開発を進めていたゴーレムと話せるマジックアイテムが、とうとう完成した。


 なお、実はかなり前から試作品はできてはいた。

 だが何というか当初の予定とは大きくズレてしまったので、修正や妥協を何度も行うことになったのだ。


 最初期はイヤホンマイク型を目指し、音声だけでなく遠くからでもゴーレムといつでも通信ができることを目指した。

 しかし多機能なほど魔力消費も増加するため、小型化は困難とわかり開発中止になる。


 ならばと次に着手したのが、スマートフォンタイプだ。

 近くのゴーレムの言葉がわかることを目指して、耳に当てればそのまま通話ができる。

 やっていることは翻訳機能付きの近距離専用の魔力糸電話だが、またしても魔力消費の問題で断念することになる。


 いっそゴーレムに喋らせることも考えたが、魔石やマジックアイテムの小型化はまだまだ研究段階だし、大型にしても一万人に供給するには少々厳しい



 結果、その後も様々な企画開発が行われた。

 そしてやがて妥協に妥協を重ねてようやく実現したのが、ポケベルというわけだ。


 肌見放さず持ち歩くので大きくて重いと不便だし、位置情報やノゾミ女王国民の証明も兼ねている。

 あとは各々の監視も含めているが、それは説明書には記載されていない。


 とにかく小型化は必須なため、魔力消費を抑えて扱いやすいサイズだ。


 ジェニファーに試してもらったが念話を受信することができたし、後日配布を約束すると国民も喜んでくれた。

 制作に協力してくれたゴーレムたちも成功して嬉しそうなので、めでたしめでたしであった。




 とにかくポケベルの実験をしたあとは、予定通り餅つき大会が始まった。

 データベースで確認はできるが直接目で見ることも重要で、国民に渡した義手や義足は正常に動いているようだ。


 私はダルマストーブにあたりながら、最初に出来上がった餅にきな粉をつけていただいていた。

 女王としての特権を行使しつつ、経過観察というやつだ。


(闇魔法は正常に作動しているようだね)


 闇の魔法の中には、対象を術者の思い通りに操るというものがある。

 それを少し工夫して可動部分を絞り込むことで、魔力消費を抑えたのだ。

 元になる術式があるので多少は楽だが、実用化に漕ぎ着けるまでは苦労の連続だった。


 一つ目の餅を食べ終わった私は、ロジャーのほうに真っ直ぐ歩いて行く。


「すみませんがロジャー。少し貸してください」

「女王様の頼みならは構いませんが、一体何を貸すんですか?

 まさか、……きねを?」


 意気揚々ときねを持って、これから餅つきを行うロジャーは、突然声をかけられて困惑していた。


 幼女があんなものを振れるわけがないのでお断りしつつ、代わりに空中にデータベースを表示して、彼の義手を遠隔操作する。


「おおっ!?」


 軽く上げ下げして動作を確認すると、問題なく動かせる。

 マジックアイテムの状態もデータベースに映し出されているし、監視目的での周囲の空間もしっかり認識できている。


(最初と比べて、かなり慣れてきたなぁ)


 今の私は、作成した全てのマジックアイテムに干渉することができる。

 最初と比べると処理能力が格段に向上したようで、本体に意識を宿したまま監視を行うのも容易であり、危険な事故や誤作動まで防ぐことができるのだ。


(全部一度に操作するのは、まだ無理。だけど、このぐらいなら)


 意識をデータベースに移さなくても、色々できるようになったのは凄い。

 性格は全く変わらずに肉体も一ミリも成長しないが、処理能力アップで仕事が早く片付くようになるだけでも、かなり嬉しく思う。


 自分にとっては日常生活が快適になり、女王としての責務が片手間で済ませられるのだ。

 私は小市民で自己中心的ではあるものの、大した欲望など持っていはいない。

 ただ身の回りが平和で穏やかな時が流れてさえいれば、それで良いのだった。




 私は義手の制御をロジャーに返して、餅つき大会に戻るように伝える。

 すると力いっぱいきねを振り、うすの中にある熱い餅をペッタンペッタン叩く光景が、あちこちで見られた。


 激しい運動でも正常に稼働しているし、木製だが耐久性も問題はないようだ。

 できあがった温かいお餅は、先程はきな粉だったので、次はアンコで美味しくいただく。


 そしてこの体なら体内に取り込んだモノは分解吸収するし、呼吸をしているように見えて実は大気中の魔素を取り込んでいるだけだ。


 しばらく供給が途絶えても問題はなく、体表面からも吸収できる。

 私は餅に対して無敵の体を手に入れたと言っても、過言ではなかった。


 そう考えながら、次は熱々の醤油餅を幸せそうな顔でモグモグする。

 だがここで、一つの不満を口にする。


「やはり、海苔が欲しいですね」


 醤油は大豆から作れるので良いが、海苔も鰹節も昆布もまだない。

 現在は東に一直線に道を伸ばし、探索隊が海産物を持ち帰っている最中だ。


 ゴーレムたちも未知の食材には興味津々で帰還を心待ちにしているが、焦っても時間は短縮されない。


 それにピンク色の岩塩が悪いわけではないが、埋蔵量には限りがある。

 あとは元女子中学生としてはm塩は海水から抽出するものという印象が強かった。


 なのでいつかは山の幸と海の幸の両方を揃えて、前世のような悠々自適で平和な生活を目指すのだった。







 やがて時が流れて、三月になった。

 国民の殆どが簡単な日本語なら読めるようになり、足し算引き算や掛け算割り算などの初等教育もほぼ完了だ。

 かなり急いで詰め込んだので粗が目立つが、別に完璧を求めていないので良しとしておく。


 ここは異世界で、現代日本ではない。

 ノゾミ女王国は皆が争わずに仲良く平和に暮らし、国に貢献してくれればそれ以上は要求しないのだった。




 そういうわけで新しい国民は、ノゾミ女王国で普通に生活ができるレベルになった。


 義務教育はここで終わりだ。

 あとは各々の自由意志に任せるために、いつものように体育館に全員を集める。

 私は舞台の上に立って、マイクを片手に説明を行う。


「事前に告知していた通り、今日は進路について説明します。

 急ぎではありませんが、三月末までには決めてください」


 まだ半月以上あるが、こういうのはなかなか決められないものだ。

 だが私もいつまでも面倒を見る気はないし、国に貢献するのは国民の義務である。


「今後の人生を決めるので、難しい選択だとは思いますが──」


 私は生徒に見やすいように舞台の横に移動し、ウインドウを国民に見やすいように中央に表示した。


「まず一番最初に選んでもらうのが、進学か就職かです」


 進学はこれまで通り、四月からも学校に通う。

 そこでさらに、高度な学問を勉強することになる。


 私はデータベースの表示項目を切り替えて、そのことについて詳しく教えていく。

 そして最初に進学について説明したが、前世の日本とあまり変わらないのでカットだ。

 魔法を学ぶ学科が増えた以外は、大きな変更点はない。


 取りあえず一息ついたあとに、就職について説明を教え始めた。

 次に私はデータベースのウインドウを切り替えて、ポケベルを表示する。


「ノゾミ女王国の通貨単位は円です。

 ですが、金や銀などを加工して使うことはありません」


 今は国に貢献するための前段階なので、無料で面倒を見ている。

 だがずっと民の世話をする気はなく、自分の食い扶持は自分で稼いでもらうのだ。

 その際に貨幣は使わず、前世でもあったあるモノを使用する。


「給料はポケベルを使うことで、いつでも自由に引き出すことができます」


 異世界には、電子マネーはまだなかったようだ。

 体育館に集まった人たちから、おおっと大きなどよめきが広がる。


 ちなみにポケベルは個人の認証とデータベースへのアクセスを行い、仮想空間の銀行で商取引するのだ

 単位の円もノゾミ女王国内だけで外に持ち出す気はないので、別に問題はないだろう。


「そして現在、ノゾミ女王国で就ける仕事はこれだけですね」


 平均的な人間が就いても問題はない職業が、ウインドウにズラリと並ぶ。

 農業や畜産、土木業や料理人、宿泊だけでなく各施設の従業員、冒険者や警察官、外交官や教師、その他諸々多種多様なものがあった


「こっ、こんなにあるのか!」

「思っていた以上に多い!」


 国民の何人かが驚きの声をあげる。

 そして、先程よりも大きなどよめきが体育館に響いた。


「進学を選んで無事に卒業した人は、資格を修得できます。

 なので、さらに職業選択の幅が広がりますよ」


 この辺りは前世と同じなので、詳しくはパンフレットを見て欲しいとまとめる。

 だがここで真面目な表情になり、続きを説明していく。


「進学も就職も、最低限必要な能力があります。

 定員オーバーもありますので、気をつけてください」


 大抵は人気が偏るので、希望の職種に就けないことは前世では良くあった。

 その場合は他の職業に移ってもらうが、実際にどうなるかはその時になってみないとわからない。


「私からは以上です。

 説明の続きは、職場の先輩であるゴーレムたちから聞いてください」


 そう言って私は、後ろに控えているゴーレムたちにバトンタッチする。

 彼らは実際に現場で働いていたり、四月から自分の代わりに教師を務める予定だ。


 今回は大きなウインドウに字幕を出すので説明できるし、ポケベルは全国民に行き渡っている。

 翻訳はバッチリで、ノゾミ女王国の人々は今後の進路を選ぶのだった。

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