第19話 ジェニファー
<ジェニファー>
ノゾミ女王国に来てからは、とにかく驚きの連続だった。
お父さんは若い頃にお母さんを誘って、王都の劇場に芝居を見に行ったことがあると聞いた
しかし女王様が作成されたアニメ映画はレベルが違うどころか、全くの別物らしい。
だが笑いあり涙ありだったり手に汗握る展開の連続で、感動超大作だったので私的には問題はない。
ちなみに授業の教材になるのは前半部分だけのようだが、後半も含めて全部大好きだ。
それに世界樹と魔物の関係についても、物語の中で詳しく説明された。
私も神話や英雄譚にたびたび登場するので知っているが、かつては三本の大樹があったらしい。
過去形になっているのは、一本残らず枯れてしまったからだ。
しかし現実として、ノゾミ女王国には存在しているのは不思議である。
何故なら古代魔法王国の魔王が放った呪いで大樹は枯れ果て、世界中の魔物が凶暴化して大繁殖が始まったと伝説には記されているからだ。
そして勇者様や他の英雄が、ウルズ大森林に厳重な魔物を集めて封印することで、外の世界は救われたらしい。
私もサンドウ王国の外のことは良くわからないけれど、聖国と帝国領のエルフ連合国が残りの二本を管理しているのは知っていた。
しかし創造神ディースが私たちに与え給うた神聖な遺物を枯らしてしまうなど、あってはらないことだ。
だが幸いなことに今は平和な時代で神々の御力がなくても、私たちは何とか生きていける。
けれど近年になって魔物が徐々に活性化してきて、被害を抑えるために人を集めるために、狩りや農業をする人が減ってしまった。
そのせいで世界的な食糧不足になり、まともに冬を越すのも厳しい有様なのだった。
ちなみにノゾミ女王国でしばらく過ごして、またもや驚くべき事実が明らかになった。
何と女王様は、神の代行者だったのだ。
だがノゾミ様を使徒にした御方が、創造神様なのか光の女神様なのかはわかっていない。
何にせよどちらでも女王様は凄いという結論になるため、私たち国民がますます尊敬の念を抱いたのは、言うまでもないのだった。
そして少しだけ時が流れて、一月二日になった。
今日は餅つき大会が開催されると聞いたが、大晦日やお正月と同じで聞いたことのない年間行事だ。
けれど私は家族と一緒に楽しみにしており、ウキウキ気分で世界樹の前の広場にやって来る。
集合時間よりも少し早めに到着したにも関わらず、会場には既に大勢の人々が集まっている。
それぞれが思い思いに談笑をしている中で、お父さんが知り合いを見つけた。
向こうもこっちに気づいたらしく、近づいてきて親しそうに声をかける。
「おう、来たかフランク。奥さんと娘さんも、久しぶりだな」
「こんにちは。ロジャーおじさん」
私も何度か会ったが、直接話す機会はあまりなかった。
それでも強面ではあっても優しいことは知っているので、そこまで緊張はしない。
父と母が彼に挨拶をする中で、私はロジャーおじさんの片腕が木製になっていることに気がつく。
「これが気になるのか?」
「えっ? あっ、はい」
彼は自分が気になっていることに気づいたようで、笑いながら木の腕の指先を器用に動かしてみせた。
まるで生きているような滑らかさに、思わず目を見開いてしまう。
「最初は操作に苦労したぜ。
だが今では慣れて、生身の腕より楽なぐらいだ」
外から見る限り、木製の義手は人間の腕と同じように機敏に動いている。
あまりにも自然な動作で、とても片腕を失った人とは思えない。
「言うまでもないが、コイツはノゾミ女王国のマジックアイテムだ。
外に行ってもコレと同じのはないから、もし片腕を失ったら気をつけるんだぜ」
笑いながら言い切ったので、きっとロジャーおじさんなりの冗談だ。
そして私は王都に行ったことはないけれど、行商人や近くの街の魔道具屋でマジックアイテムを覗いたことはある。
並んでいたのは装備や護符が多く、他には特定のキーワードや操作を行えば、秘められた効果が発動する道具だ。
しかしどれも高額で、一般人に購入できる代物ではない。
それに使用回数や継続時間が決まっており、定期的に魔法使いが魔力を込めなければいけないのだ。
すると母があることに気づいたようで、ロジャーおじさんに率直に尋ねる。
「その義手は、魔力の補充はどうしてるのかしら?」
「月に一度、定期点検に出す決まりだ。
なので、その時に魔力を補充してるんだろうな」
魔石に蓄えられた魔力が尽きれば、ただの石ころである。
何の効果も発動しないため、定期点検は重要だ。
「それでも、かなり長持ちね」
「ああ、腕を自在に動かせるのも凄いが、燃費も最高だ。
貴族や商人がこのことを知れば、きっと喉から手が出るほど欲しがるだろうな」
確かに、もしロジャーおじさんがその義手を売れば、一生遊んで暮らせるぐらいの大金を手に入るだろう。
けれどそれは、ノゾミ女王様に対する明確な裏切り行為だ。
私は口には出さないが、彼の顔をじっと見つめる。
「おいおい、そんなおっかない顔するなよ。
俺が売るわけないだろ」
両手を上げておどけた顔をするロジャーおじさんを見て、私は大きく息を吐いた。
冗談なら良いがもし彼が本当に裏切ったら、自分でもどのような行動に出るかはわからなかった。
「女王様には世話になってるし、俺はこの国の行末を見たいんだ。
裏切るつもりも、他所に行くつもりはないぜ」
胸を張ってそう主張するロジャーさんは、子供のような笑顔を浮かべていた。
そこにお父さんが顎髭を弄りつつ、声をかける。
「確かにノゾミ女王国は、他国よりも圧倒的に飯が美味い。
それに食糧難とは無縁で、安全で快適な生活を送れるしな」
「そうそう、あとは賭博に酒と女があればなぁ」
ちなみに女王様は賭け事や性行為、こっそり持ち込んだ酒に関しては何も言わない。
今後は飲酒も条件付きで提供されるらしく、大人たちはとても喜んでいた。
だがここで母がしかめっ面に変わり、ロジャーさんに話しかけた。
「ロジャーさん、お酒は良いけど女性には気をつけるのよ。
貴方は、そういうのにだらしないんだから。
まだ病気にはなりたくないでしょう?」
私も年頃の女性なので知っているが、都会で春を売っている人は性病を患っている可能性がある。
ロジャーおじさんは交友関係が広いので、異性の友人も多く持っていると聞いた。
「確かに病気は怖いがな。
ノゾミ女王国では、治療してくれるって聞いたぜ」
そう言えば私がここに来た初日に、医師の検診を受けて色々と調べられた。
その時に性病についてに聞かれたので、なるほどと静かに頷く。
だが父さんは、あまり若い女性に聞かせる話でもないと思ったようだ。
コホンと咳払いをして話題を変える。
「そう言えばロジャー」
「何だ?」
「新しく遊技場が建てられるらしいぞ」
私は興味深そうに二人の会話に耳を傾ける。
「この前、女王様とゴーレムたちが建設中の施設の前で話してるのを、偶然聞いたんだ」
「ほう、それは興味深いな」
確かに私も気になるし、母もそうだ。
興味を惹かれて、黙って続きを待つ。
「大人と子供で別々の施設を建てて、大人の方はスロットやパチンコを配置するらしい」
「前半は理解できる。だが後半は、さっぱり意味がわからないぜ」
私も右に同じであり、スロットやパチンコが全然想像ができなかった。
「あとは馬の速さを競う競技場も建設するらしい」
「それはわかりやすいし、盛り上がりそうだな」
個人的には現状でも、そこまで不満があるわけではない。
何しろここでの生活は快適この上なく、外の世界と比べれば楽園のような環境だからだ。
だが全く問題がないわけではなく、一週間で土日休みという新しい概念ができた。
一日中寝る間も惜しんで働かなくても良くなったのはありがたいが、そうなると当然のように暇な時間ができてしまう。
そういう人たちが宿泊施設の休憩所に集まるため、いつも満員だ。
ノゾミ女王国の遊戯であるトランプやリバーシ、将棋や囲碁などは順番待ちである。
増産をしているらしいが、供給はまだ追いついていない。
だが私の村とは比べ物にならないほど娯楽は多いし、卓球やエアホッケーで白熱した勝負が展開されいるのはよく見る。
そして古代文字が読めるようになったことで、絵本や漫画の人気が天井知らずで上がっている。
私も大好きなのだが、持ち出し禁止でも休憩室の本棚はいつも空欄だらけで困っていた。
だがまあそれはそれとして遊べないなら部屋に帰れば良いのだが、最近は両親が二人目を作るために頑張っていることが多く、何だか帰り辛い。
正直に言えば私を含めた新しい国民は、自分たちがあまりにも幸せすぎて感覚がおかしくなってしまったのだ。
私がそんなことを考えていると、広場に到着した女王様がこっちに真っ直ぐ歩いてくる。
やがて彼女が自分の目の前まで来て、小さく透明な板が付けられた首飾りを懐から取り出す。
「ジェニファー。突然ですが、これを受け取ってもらえませんか」
急に透明なガラス板を差し出されても困ってしまい、ただただ困惑する。
「えっ? あの、その……女王様。急に一体?」
良く見ると硝子板の裏面に、小さな魔石がはめ込まれていた。
だが全然意味がわからず、周りの人たちからひたすら注目を集めている。
「そう言えば、説明をしていませんでしたね」
どうやら女王様は、たった今気づいたようだ。
彼女は一見すると完璧超人で、仕事に関してはまさにその通りである。
しかし重要な案件でなければ、たまにうっかりすることがあって、それが何とも人間らしくて微笑ましい。
(やっぱり女王様はゴーレムじゃなくて、エルフなんだね)
そもそも誰一人としてゴーレムだとは信じていないが、本人の前で告げたりはしない。
ちなみに女王様は少し恥ずかしかったのか、軽く咳払いをしてから説明をしていく。
「このマジックアイテムはポケベルと言って、ゴーレムと会話ができるのです」
「ええっ!? 私もゴーレムと話せるんですか!」
今までゴーレムと話せるのは女王様だけだった。
しかし、まさか私もできるようになるとは思わなかった。
そうなればデフォルメされた可愛らしいイラストで説明する機会が減るのが、少し残念ではある。
だがここで彼女が真面目な表情になり、言葉を続ける。
「理論上は可能なのですが、まだ人間で試したことがないのです」
ここまで聞いて、何のために私に声がかかったのかを知る。
「なるほど、そのための実験ですね」
つまり本当に話せるか、試して欲しいのだ。
それなら返事は決まっているので、私は真面目な顔で返事をする。
「喜んで! 受け取らせていただきます!」
私は女王様から小さな硝子板を受け取ると、紛失しないように鎖が付いていることに気づく。
なので、緊張しながら自分の首にかけてみる。
「ポケベルは、ノゾミ女王国民だと証明する役目もあります。
今後は少しずつ機能を追加していきますので、無くさないでくださいね」
「はっ、はい」
見た感じは透明なガラスの板の裏に、小さな魔石をはめ込んだ物だ。
しかし自分なんかが想像できないほど、高度な技術で制作されたマジックアイテムなのは間違いない。
無くすつもりはないが、それでもかなり緊張する。
「試しに彼に、何でも良いので話しかけて見てくれませんか」
そう言って女王様は、いつも近くで護衛している白銀の騎士に顔を向ける。
確か一号と読んでいる方だったはずだが、近くで見るとやっぱり大きい。
なので私は恐る恐るではあるけれど、少しだけ近寄って声をかけた。
「えっ、ええと……あの、騎士さん。こんにちは」
すると首飾りに吊るされているガラス板が、微かに震えた。
私は何事かと驚きながら手に持って確認すると、そこには先程まではなかった日本語が書き込まれていた。
「こんにちは。ジェニファーさん」
まさかの挨拶が返ってきたので、物凄く驚く。
「はわわっ! ちゃんと言葉がわかります!
しかも挨拶だけでなく、私の名前まで! 凄い!」
ゴーレムが賢いのかポケベルが凄いのか、良くわからない。
多分その両方だろうが、とにかく驚くべきことである。
「ポケベルは一度に表示できる文字数が少ないので、長文は何度も送る必要があります。
ですがこれで、ゴーレムと人間の意思疎通が可能になったのです」
私は興奮気味にコクコクと頷く。
だが周りから羨ましそうな視線を向けられていることに気づき、何だか急に申し訳なくなってしまう。
「急ぎ増産中で、一週間後には全員に行き渡る予定です。
もう少しだけ待ってください」
さらに女王様は、一日ごとに完成したポケベルを配布してくれるらしい。
自分が特別なのも今日だけだ聞いて、残念と嬉しいが混ざった複雑な感情を抱くのだった。
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