第17話 上映会

 移民団を魔都に連れてきて、宿泊施設の前でまた明日と別れた。

 あとは久しぶりの自宅に帰ってのんびりくつろぎ、精神的な疲労を癒やすためにグッスリ眠る予定だ。


 3LDKの小さな木造平屋ではあるが、あまり広いと掃除が大変だ。

 自分しか住まないので問題はないし、前世で家事は慣れている。

 何より一人のほうが気楽で落ち着くので、これでいい。


 警備のゴーレムが定期的に巡回しているだけでなく、守護騎士も二十四時間体制で護衛についている。


 なので現実にも、女王らしい見栄え重視の施設を作ることになった。

 今は世界樹の前辺りに建設中だ。




 それはそれとして、自宅でゆっくり休むのは難しかった。

 帰宅途中に早速呼び出しがかかり、Uターンして宿泊施設に戻ることになったのだ。

 移民者とまともに意思疎通が可能なのは、私しかいない。


 そして自分はノゾミ女王国のことは全て知っているため、トラブルの対処にこれ程の適任はいなかった。


 結果、女王自らが体を張ることになる。

 ゴーレムなので肉体は疲れはないが、精神は人間だ。

 耐性があるので仕事に支障は出なくても、別にワーカーホリックではない。

 さっさと終わらせてのんびりしたいのが本音ではあるけれど、幸い移民希望者は協力的で色々手伝ってくれて助かった。


 ポスターによる説明も一定の効果は出ているが、見通しが甘かったようだ。

 なので反省を生かして、移民者の管理運営を見直すのだった。




 トラブルを解決して、大型宿泊施設から自宅に戻る。

 日付が変わる直前だったが、早めに帰れたほうだろう。


 しかし明日までもうあまり時間がないため、椅子に座ってデータベースに意識を移す。


 仮想空間の家で食事を摂り、風呂に入って一服する。

 そして時間の流れを遅くしてゴーレムたちと相談を行い、人間たちの管理運営計画を修正するのだった。




 思ったよりも時間がかかって向こうで何年も過ごした私は、ようやく現実に戻ってきた。

 こっちでは殆ど経過していないが、明日は八時には学校に行かないと駄目だ。


 しかし、寝れるだけマシだと前向きに考える。

 こんな仕事が続くようならストレスで胃がやられるのは間違いないが、ゴーレムの体にはそんなものはない。

 ある意味では良かった思いつつ、スリープモードに移行するのだった。




 移民者には、小学一年生で習う国語や算数などの初等教育を行う予定だったが、急遽変更である。

 何しろ一度に三百人も来てしまって手が回らず、日常生活を送るのも難しいのだ。


 なので私は一般校よりも遥かに大型の体育館に全員を集め、暖房器具をフル稼働させて、そこで特別授業をすることにした。


 体育館には木製の椅子と机を三百人分並べられ、筆記用具とノートも全員に配布した。

 初めての試みなので上手くいく保証はなく、異世界の言語を喋れるのは私しかいないので、代わりはいない。


 けれど明るく前向きな私は、舞台の上に立って風の魔石を組み込んだマイクを操作した。

 遠くに配置したスピーカーから声を出せるので、後ろに座っている人にもしっかり聞こえる。


「まず皆さんには、ノゾミ女王国での暮らし方を覚えてもらいます」


 トラブルが起きるたびに呼び出されていては堪らないので、まずは移民者にここでの生活に慣れさせる。

 具体的には身の回りのことを理解して、壁に張られた絵面だけでなく説明文も読めるようになるのが急務であった。


「そのための教材映像を制作しました。

 では、今から上映を始めますので、終わるまではお静かにお願いしますね」


 あらかじめ配置につかせているゴーレムが体育館の照明を消し、窓のカーテンを閉めて暗くしていく。

 移民者たちは、急な展開に戸惑っている。


 けれど、やがて準備が整ったようだ。

 私も舞台の隅に移動して、よっこらしょと椅子に座る。


 続いて彼らが良く見えるようにデータベースを拡大して、中央に映し出す。

 触れなくても思考で操作できるのは楽で良いが、全てが思い通りに進むわけではなかった。


「どのフォルダに入れたかしら?」


 女王である私の頭は、残念ならあまり良くない。

 データベースの膨大な機能を把握していて処理能力も高いが、完全には使いこなせてはいなかった。


 機械的な計算や思考なら他のゴーレムたちのほうが得意だし、私は場当たり的に行動するタイプだ。

 後先考えずにやること成すことがいい加減だが、結果だけを見れば割りと上手くいっている。


 だがまあそれはそれとして、この日のために保存したファイルがなかなか見つからない。


「ゲーム、漫画、アニメ、音楽……違いますね」


 前世ではサブカルチャーが大好きだったので、今は創作活動に打ち込んでいる。

 ゴーレムたちは旧時代のシステムの影響かそういうのが苦手だが、草案や完成予定図ができれば任せられるし、仕事も早い。


 連載漫画やアニメは私が原作で、オンラインゲームの運営も自分が行っている。

 けれど移民を三百人も受け入れて手が足りない今は、そっちはしばらくお休みだ。


 元々趣味でやってるから別に良いけれど、楽しみにしているゴーレムたちのことを思うと、なるべく早めに活動再開してあげたくなる。


 だがまあ今はそれは置いておいて、ようやく目的のフォルダを見つけた。

 念のためにファイル名と詳細を調べて確認し、ホッと息を吐く。


「教育映画。これですね」


 仮想空間に引き籠もり、ゴーレムたちにも協力してもらい、何年もかけて制作した大作映画だ。

 起動させたあとは全画面表示で見やすくして、さらに舞台の端から端まで広げた。


 遠くのスピーカーからは高音質の爆音が出せるし、三百人規模の上映会だ。

 素人の自作ということを気にしなければ、新しい国民たちは初めて映画館に来たときのような興奮を覚えるだろう。


「約三時間のアニメーション映画です。

 初回なので、日本語字幕はオフにしますね」


 日本語の教育も行える優れものだ。

 しかしまずは、日常生活できるようになるのが最優先である。


「もし途中で気分が悪くなったり、席を立ってトイレに行っても構いません。

 ただし他の方々の迷惑にならないように、お静かにお願いします」


 急にもよおすこともあるし、三時間も大人しくしているのはなかなか大変だ。


 私は制作ノゾミアニメーションと世界樹のマークが表示される横で、説明を続けていくのだった。




 ここからは映画の内容について触れるが、両親を亡くして天涯孤独になった幼いエルフの女の子が、他国の遠い親戚に引き取られた。

 そこで旅館の見習い従業員として働き、明るく楽しく頑張る話だ。


 最初は読み書きができずに、失敗することも多かった。

 しかし持ち前の機転や明るさで、家族や他の従業員やお客さんと仲良くなり、一緒に乗り越えたり成長したりする。


 ちなみに新しい国民が今後通うことになり学校の様子も、しっかり描写されている。


 だが物語の後半は雰囲気がガラッと代わり、魔物に襲われる主人公を白銀の騎士が助けて友人になって、完全にアクション映画に切り替わってしまう。




 しかし、深夜のテンションでヤケクソ気味に突っ走ったとはいえ、よくもまあこれだけ多くのネタを詰め込んだものだ。

 日常風景は風に揺れる草木から、太陽の光を浴びてキラキラと光る流れる川の水まで細かく描写され、戦闘シーンは敵も味方もど派手でカメラ演出にもこだわる。

 何処を切り取っても、格好良かった。


 主人公は明るく元気で可愛らしく、登場人物の殆どが良い人だ。

 現実と理想は違うけど、アニメの中ぐらい夢を見たい。




 そんなことを考えていた私は、舞台の隅に座ってぼんやりと眺めながら、監督的な目線で感想を思い描く。


(でも、教育映画としては、どうなんだろう?)


 笑いあり涙あり熱血ありと、アニメーション作品の面白さが凝縮されている。


 終わりが近くなると世界樹を破壊しようと、魔物の大軍勢が侵攻してくる。

 それを迎え撃つ白銀の騎士は、お世辞抜きで格好良かった。


 彼はこの国と世界樹を守るために作られたが、最後は友人であるエルフの少女を救うために、自らの限界を越えて覚醒するのだ。


(旅館や学校生活とは何だったのか)


 最終的には活動を停止する友人の騎士だが、死に顔は安らかだ。

 少女はそんな彼に、帰ってきたら渡す約束をした花飾りを手向ける。


 その後はエンドロールになるのだが、映像、演出、音楽、構成などの全てに私が関わっていた。




 やがて三時間の上映を終えて、照明がついてカーテンも開けられる。

 私は椅子から立ち上がり、表示していたウインドウを消す。


「……以上で、上映を終わります」


 ゴーレムたちと仮想空間で制作したので、素人の構想を元にプロが全力で映画を作るとこんな感じになるかも知れない。


 後半はともかく、前半は教材として使えそうだ。

 なので今後はそっち元にして教育しようと、私は心に決めたのだった。







 映画が終わって休憩を挟んだあとは、各施設の紹介に入る。

 前半部分の静止画像を資料にして、口頭で詳しく説明していく。


 ゴーレムが各所に待機して周囲の人間たちの声を拾っているので、何か質問があれば、そのつど答えていった。


 マジックアイテムの構造はともかく、使い方は単純だ。

 子供でも問題なく扱えるし、前世ではそれが当たり前だった。


 流石に今の私以上に幼ければ、親や大人が指導しないといけない。

 けれど保護者が一緒なら、何とかなるはずだ。


(魔石に刻み込んだ術式は複雑だけど、そっちは関係ないしね)


 機密情報を教えるつもりはない。

 彼らには便利なマジックアイテムとして、普通に使ってくれればいい。


 そんなことを考えていると、一人の移民者が手をあげて質問が出た。


「女王様! 質問があります!」

「何でしょうか」


 私がすぐに反応して声を出すと、彼は大きな声で尋ねてきた。


「魔都の中心にある大樹は、一体何なのでしょうか!」


 施設の設備とは関係ないので、私はデータベースの資料を別のものに切り替える。


「あれは世界樹です」


 資料映像を見せて答えを口にする。

 すると、体育館に集められた三百人が一斉にざわめいた。


 自分がそれを知ったのは、かなり前だ。

 そして事実がわかっても、生活は何も変わらない。

 今まで通り、御神木として大切に扱うだけだ。


 基本的に大樹は外から見守るだけで、世話も何もしていない。

 年末年始には世界樹の前で大晦日や正月行事をするが、それだけである。


 なので自分もゴーレムたちも全く動じずに、淡々と説明を続ける。


「世界樹は、魔力滓まりょくかすを魔素に変換する役目があります」


 ゴーレムやマジックアイテムは、魔素がないと活動できない。

 世界樹は超重要で、絶対に守らなければいけないのだ。


 そして私はさらに大切なことを説明するために、コホンと咳払いをする。


「大気中の魔力滓まりょくかすが多くなると、世界の自浄作用によって魔物が活性化します」


 異世界転生してから様々な情報を集めて計測した結果、判明した新事実だ。


 魔物には、魔力滓まりょくかすを吸収して魔素を吐き出す機能が備わっている。

 つまり世界樹と同じだが、変換効率は雲泥の差だ。


 なのでやはり御神木はなくてはならないが、ここで重要なことを伝えるために真面目な表情で声を出す。


「魔法を発動すると、どうしても魔力滓まりょくかすが出ます。

 しかしノゾミ女王国のマジックアイテムは、それが生まれません」


 何も手を加えていない魔石からは魔力滓まりょくかすが発生したが、上書きすると出なくなるのだ。

 何故そうなるのかはわかっていないが、悪いことではないのでとにかく良しだ。




 それはそれとして、世界樹には魔物の活性化を防ぐ効果がある。

 さらに元日本人としては、御神木を傷つける輩は絶対に許せなかった。


「そう言えば、世界樹は一本だけではなく、あと二本あるようですね」


 データベースには、世界樹は全部で三本あると記載されていた。

 なので魔物が大発生して人類滅亡なんてことには、早々ならない。


「とにかく、世界樹は遠くから見るのは構いません。

 ですが、柵を越えて近づかないでください」


 世界樹の周りには厳重な結界が張られて、柵には立入禁止と書かれている。

 だがきっと新しい国民は。日本語は読めない。


 なので壁にぶつかる前に説明できて良かったと考えていると、ちょうどチャイムが鳴る。


 切りが良いので、昼の休憩に入るのだった。

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