第15話 魔都
魔物に襲撃を切り抜けた私たちは、休憩を取って再び走り出した。
その後も何度か襲われたが、特に問題はなく迎撃する。
とても長い時間走り続けたが、見慣れた景色が視界に飛び込んできて、ようやく戻ってきたと実感する。
だが今の時刻は午後五時で日が暮れかけており、早いところ自宅に帰って一休みしたかった。
しかし、まだやることが残っている。
事前にある程度の情報を伝えているとはいえ、現代日本風の街並みを前にしたのだ。
移民者たちは驚きを隠せずに、興奮状態である。
「凄いです! 女王様!」
「まさかウルズ大森林の奥地に、こんな都市があったなんて!」
「古代都市あると、噂には聞いていたが!」
家族三人が元気なのは今に始まったことではない。
しかし他の者たちも大喜びで、落ち込んでいるよりはマシなので良いことだ。
だが私は話を先に進めるために、車の扉を開けて降りる。
積もった雪に足が少し埋まったが、ゴーレムたちが毎日除雪してくれているので、動けなくなる程ではない。
そのまま大勢の移民希望者に顔を向ける。
そしてウッドゴーレムに渡された拡声器を使い、三百人に堂々と説明していく。
「ここが今後皆さんに暮らしてもらう! ええと! ……魔都です!」
国名だけでなく都市名も考えていなかったので、人間ではなくゴーレムが王女の国なので魔都にした。
それ以上の深い深い意味はないく、相変わらずの行き当たりばったりだ。
しかし皆は疑問を抱かずに受け入れてくれたので、このまま話を進めていく。
「長旅でお疲れでしょうし、詳しい説明は明日にしますね!」
日中だけでなく夜間も走り続けたので、きっと緊張にろくに眠れなかっただろう。
幸いなのは大型トロッコは暖かく、浮いているので揺れが少ないことぐらいだ。
何にせよ私と同じで移民してきた人たちも、早く休みたいと思っているはずである。
「では、今から宿泊施設に案内します!」
私は再び自動車に乗り込み、扉を締めてシートベルトを着用した。
続いてスタータースイッチを入れて、浮遊する。
魔都で一年以上も暮らしているので、マップもバッチリ頭に入っている。
なので迷うことなく、目的地に向えるのだった。
車を走らせて向かったので中央区から少し離れた場所で、新しく拡張された区画だ。
そしてそこには、人間たちのために日本式の旅館が三軒並んで建っている。
ただし小さな民宿ではなく、百人が宿泊可能な大型の建造物だ。
最初に移民を受け入れると決めたときは長屋のような集合住宅を考えていたが、何も知らずに連れて来られた人たちも多い。
それにいきなりノゾミ女王国に放り込まれては、日常生活すら満足に送れない可能性もあった。
それに病気や怪我の治療もあり、魔法で治したとはいえ栄養失調や体力が衰えている人は大勢いる。
まずは油断せずに経過を観察すべきだろうし、移民者は子供も多くいた。
保護者がいても初めての土地で育児は大変なため、そういった諸々をまとめて何とかしなければいけない。
そこでゴーレムたちと相談した結果、衣食住を与えるだけでなく、しばらくは全面的に面倒を見ることに決まった。
元々監視するつもりだったし、一つの施設で集団生活してもらったほうが管理運営もやりやすい。
魔都での暮らしに慣れるまでは、旅館で過ごしてもらおうというわけだ。
そんなことを考えていると、目的地に到着した。
私は移民者にトロッコから降りるように伝えて、念のために火の魔石を焚き火のように使い、寒さから身を守るようにとウッドゴーレムに指示する。
だが、あまり外で長話するのも良くない。
簡潔に終わらせようと心に決めて車から降りた私は、皆に顔を向けて説明を行う。
「ここが皆さんが生活してもらう宿泊施設です」
各施設に百人ほど生活できることを伝えて、次に進める。
「ただし、部屋数にはあまり余裕がありません。
なるべく家族や知り合いで、共同生活をしてもらうと助かります」
まさか一度に三百人も、移民が来るとは思わなかった。
リアルタイム通信でゴーレムたちに連絡して、突貫工事で大型旅館を建ててもらったが、いくら一万人近くの労働力があるとはいえ、本当にギリギリだった。
「そして貴方たちはノゾミ女王国民です。
今後は女王である私が定めた法律を、守る義務が生じます」
それを聞いた移民者たちは、明らかに表情が強張る。
続いて私はデータベースを空中に投影して、順番に説明していく。
「晩御飯は夜の七時です。
忘れずに大食堂に集まってください」
「「「えっ?」」」
開拓村には時計がなかったので、宿泊施設で使われている短針と長針の掛け時計を表示する。
そして、日本語で大食堂と書かれた部屋も見せて、皆に伝えていく。
「事情があって来られない場合は、近くのゴーレムに連絡してください」
ただしゴーレムたちは喋れない。
身振り手振りで何とかならない場合は、私が対応するしかない。
できれば何も起きないで欲しいが、望み薄な気がした。
「トイレは水洗式なので、使い終わったら必ず水を流してください」
ちなみに洋式便座は、時間と予算の問題で見送られた。
男性と女性を間違えないようにと、その辺りもしっかり教えておく。
「入浴も男女別々なので、くれぐれも間違えないでくださいね」
入浴のマナーに関しては、この場での説明が難しい。
それに長くなりそうなので、あとは現地で学んでもらう。
各施設にはポスターが張られていて、数コマの漫画として描かれている。
吹き出しの台詞は日本語で書かれていて読めないが、絵を見れば大体わかるだろうし問題はないと思いたい。
それらのことを簡単に説明した私は、大きな息を吐く。
「……以上で、説明を終わります。
各部屋の机の上には説明書が置いてありますので、必ず目を通しておいてください」
さらに補足するために、お供のゴーレムに顔を向ける。
「宿泊施設のゴーレムも説明書を所持していますし、喋れませんが意思の疎通が可能です」
だからなるべく、私の手を煩わせないで欲しい。
そう願いつつ、最後に一言告げておく。
「私は国民が幸福に生きられることを、心より願っています」
市民は幸福は義務だと言うつもりはない。
けれどせっかく助けたのだから、幸せに生きて欲しい。
(骨折り損のくたびれ儲けは嫌だし、せめて手間をかけた分は国に貢献して欲しい)
結局は見返りがないと面倒を見る気にはなれないし、無条件に他人を信じることもできない。
我ながら厄介な性格をしていると思ったが、これが自分なので今さら変えようもなかった。
けれど、現時点での私の役目は終わりだ。
背を向けて自動車に戻ろうとしたところで、あることを思い出して足を止める。
そして人間たちに振り返った。
「貴方たちは、これから宿泊施設に入ってもらいます。
その際に、最初に医務室で医師の診察を受けてください。
部屋決めはそれからです」
命に関わる怪我や病気は治療したが、一時的な措置で完治はしていない。
経過を見ないといけないし、中には手術が必要な患者もいる。
元気そうに見えても体の何処かに異常があるかも知れない以上、定期検診は重要だ。
なので最初に、国民の健康状態を知っておきたい。
だがまあこれでようやく、私のやるべきことは終わった。
あとは旅館のゴーレムに対応を任せ、もしもの時は自分が出張るだけだ。
なるべく時間外労働は勘弁して欲しいと思いつつ、自動車に乗り込み我が家に向かって走り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます