第11話 ノゾミ女王国

 突然の父親や部外者の乱入に困惑したが、流石に家が狭くなる。

 なので門番と長老には退室してもらい、私に敵意はないことは娘と母親には伝わっていた。


 だがまた最初から説明するのが面倒だし、私では彼の信頼を得られないかも知れない。

 そこでジェニファーに頼んだ。

 実際にフランクと呼ばれた男性はすぐに理解したようで、真剣な表情で娘の言葉に耳を傾けている。




 その一方で私は、家の中が寒いように思えた。

 小型のダルマ型ストープを設置するようにウッドゴーレムに命じて、外から運び込んでもらう。


 準備を済ませて点火したところで説明が終わったのか、椅子に座ったフランクが大きく息を吐く。


「なるほど、治療の対価は移民か」


 彼は何やら真面目に考え込みつつも、ストーブが気になるのかチラチラ横目で見てくる。

 私は椅子を近づけて暖を取りながら、率直に質問に答えていく。


「うちの国は人間が居ないので、移民を募集しているのです」


 するとフランクは私の三角耳をじっと見つめて、口を開く。


「しかし、おま……コホン!

 女王様はエルフではないのですか?

 それが移民を募集しているとか、聞いたことがありません」


 彼の発言から色んなことを推測して考えた私は、どう答えたものかと迷いながらも、途中で面倒になって率直に説明することに決めた。


「こう見えてもゴーレムなんです。私」


 まずは見た目は幼女にしか見えなくても、ゴーレムだということを口に出す。


 エルフだと偽っても遅かれ早かれバレるだろうし、嫌なタイミングで正体が暴かれるよりは、最初から伝えておいたほうがマシだ。


「本当に?」

「ええ、本当です」


 だがフランクを含めた母と娘は、とても信じられないようだ。

 三人揃って、私の上から下までマジマジと観察している。


 少し恥ずかしいが、女王を演じるためにも表情には出さない。

 水を飲んで気持ちを落ち着けていると、やがて気が済んだようだ。


 フランクはコホンと咳払いをして、話を先に進めた。


「しかし、樹海の奥に国があるとは知らなかった。何という国なんですか?」


 どうやらエルフかゴーレムかは一旦保留にしたようだ。

 私の国の名前について尋ねてきたので、どう答えたものかと考える。


「……ええと」


 今までは特に名前などつけておらず、都市や拠点と呼んでいた。

 移民を思いついたのも今さっきだし、そこまでは考えていない。


 変な名前をつけるわけにはいかないしと考え込んでいると、ゴーレムたちから念話が送られてきた。


『ノゾミ女王国』

『えっ?』

『ノゾミ女王国。賛成多数で可決しました』


 いつの間にか、民主主義になっていた。

 だが女王の命令は絶対なので、意義ありと口にすれば撤回できる。


 しかし自分の立場的にも違和感のない国名だし、やはりパッとは思いつかない。

 なので私は取りあえずそれにして、問題があるようなら改名すれば良いかと考えた。


「ノゾミ女王国で、人口は一万人ほどですね」

「ほう! それは凄い!」


 百人以下の村から見れば、確かに一万人は多い。

 そして破壊されない限りは半永久的に活動できるゴーレムなので、今のところは増える一方だった。


 けれど、都市や周辺の生産設備はあらかた発掘し終わっている。

 人口増加も止まり、移民募集でもしない限りは一万人を維持するだろう。


 ふと私は、今後のノゾミ女王国について考えた。


(あとは専門の職人に作成を依頼するか、野良ゴーレムを捕まえれば増えるかな)


 現時点では労働力は十分に足りているし、増やす意味は薄い。

 それに人間たちが移民すれば、マンパワーが手に入る。


 まだ先行きは見通せないが、そこまで悪いことにはならないはずだ。


「私たちは、人間と争うつもりはありません。

 なので、仲良くやっていきたいと考えています」


 今の発言は本当のことだ。

 体はゴーレムでも中身は人間なので、彼らとは仲良くやっていきたかった。


 そして私は微笑みながら、フランクたちに語りかける。


「貴方たちが移民してくれれば、ゴーレムと人類は手を取り合えるのだと証明できます」


 私たちは悪いゴーレムじゃない証明だ。

 人間と手を取り合えば、関係悪化による戦争を回避できる。


 だが仲間たちは自分ほど楽観的ではないようだ。

 チャットでのやり取りを見れば、現実を直視させてくる。


『洗脳された人間を解放すると言い出して、嬉々として攻め込んで来きそう!』

『何もしていないゴーレムを破壊するのが人間!』

『人間! 度し難い種族!』


 ウッドゴーレムがデータベースに会話内容を流しているようで、皆がそれぞれ好き勝手なことを口にしていた。なお、ネタに走る者も結構出ている。


 それはそれとして、私も現実は厳しいのはわかっている。

 自分は幼女並みの力しか出せない珍しいゴーレムで、もし捕まればR18グロの扱いを受けるのは容易に想像できた。


『でも、人間との和平を諦めるつもりはないよ』


 けれど私はやっぱり人間と仲良くしたいので、やるだけやってみたい。

 なので、移民を受け入れる方針に変更はない。


 しかし、対策はしておくべきだ。

 機密情報を守るのは当然として、彼らの行動を常に監視するのは必須だろう。

 前世のように勘違いで殺されるのは、二度とごめんなのだった。


『とにかく移民を募って、人間と仲良くします!』

『賛成!』

『異議なし!』

『女王様の意見に反対する奴おるか? おらんよなぁ!』


 ゴーレムは自分を心配して代案を出してくれるが、反対されたことは一度もない。

 私も上位者強権を振りかざしたり、独断で事を進めたことはなかった。


 なので、何だかんだで良い主従関係かも知れない。


 政策を進めやすいのは願ったり叶ったりだが、自分が進んでいる道が本当に正しいかはわからない。

 しょっちゅう未来を予測して軌道修正を行っているが、転びそうになることも多々ある。




 だがまあ、不安になっても状況は好転しない。

 一歩ずつでも前に進んでいくしかないと、内心で気合を入れる。


 ちなみに思考速度が早いので、現実では僅かな時間しか経過していない。

 しかし私が突然黙り込んだことを、フランクたちは疑問に思っているようだ。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 心配そうに見つめていた家族三人に、安心させるように微笑みながら声をかけた。


「少しゴーレムたちと話していました」


 別に隠すようなことでもないので正直に告げると、三人は思いっきり驚く。


「ゴーレムと話せるんですか!?」


 ジェニファーが興奮気味に尋ねてきた。

 そう言えば彼女は、ゴーレムに足の怪我を治療してもらったのだ。気になるのも当然かも知れない。


「話せるとしても、私と彼らだけです」

「そっ、そうですか」


 旧時代のゴーレムは命令に従って動く機械だ。

 かつての主人が今も生きているかはわからないし、話せる人は少なそうだと思った。


 肩を落としてガッカリしているジェニファーを慰めたい気持ちはあるが、コホンと咳払いをしたあとに話を元に戻す。


「それで貴方たちは、ノゾミ女王国の民になってくれますか?」


 さっきから脱線しまくっているので、そろそろ先に進めたかった。

 そして個人的にはかなり悩むとは思っていたが、ジェニファーはすぐに口を開く。


「私はなるよ! お母さんの代わりに、移民するから!」


 相変わらずの行動力の化身だ。

 母親の病を治すために、危険な樹海に挑んだだけはある。

 今度は全然知らない国の民になってくれるらしい。


 しかし提案した私が言うのも何だが、今後の人生を決める重要な決断だ。

 そんなあっさり決めて良いのかと、疑問に思う。


 するとジェニファーが真剣な表情で理由を語ってくれる。


「今年の冬は越せずに、大勢の村民が飢餓や凍死で亡くなりそうなの」


 確かに門番もパンの詰め合わせを渡して、あっさり買収できた。

 それだけ食料が足りてないのだろうが、僅かな希望でも生き残れる可能性があるならだ。


 私は覚悟が完了した少女は強いなと思いつつ、次に母親と父親に顔を向ける。


「私も同行します。

 しかし病が治らなければ、とてもお役に立てるとは──」


 確かに重病人がうちの国に来ても、何もできないだろう。


 しかし今は、大きな光の魔石が目に前にある。

 もしかしたら治るかもと希望を抱くには十分で、彼女も期待しているようだ。

 そして真剣な顔で私を見つめ、少し震えながら口を開く。


「受けた恩は一生かけて、お返しするつもりです」

「ああ、妻の病が治ったら俺も同行しよう。

 だから、……頼む」


 彼らの決断を聞いた私は、満足そうに頷く。

 そして机の上に置かれた光の魔石に、静かに手をかざした。


 別に遠隔操作でも起動できるのだが、女王らしいことをしたほうが信憑性が増すと判断したのだ。


「この者たちに祝福を!」


 すると魔石から白い輝きが溢れ出して、ベッドで寝たきりの母親だけでなく父と娘も包み込んだ。


 そしてみるみるレベッカの血色が良くなっていき、家族の怪我や疲労まで癒えていく。


 しばらく眩しい光を放っていたが、光の魔石の魔力が尽きたようだ。

 濁った石に変わって自動的に停止したので、私は空中にウインドウを表示して患者の病状を詳しく調べる。


「病を完治しましたが、衰えた体力までは戻りません」


 長い闘病生活と栄養失調で、肉体がすっかり衰えていた。

 流石にそこまで治療できないが、ベッドから身を起こすことはできるようだ。


 半身を起こしたレベッカは、嬉しそうに娘を抱きしめていた。


「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」

「お母さん! 良かった!」


 父親も加わり、親子三人で喜びを分かち合っている。

 私も空気を読んで、しばらく黙っていた。


 しかし、いつまで経っても終わらなかったので、五分ほど経ったあとにコホンと咳払いをして、強引に会話に割り込む。


「病は治しましたが、肉体の衰えは深刻です。

 しばらくは安静にして、少しずつ慣らしていくのが良いでしょう」


 そして後ろに控えているウッドゴーレムに、鞄を持ってきてもらう。

 比較的栄養価が高く日持ちする食料などが入っているが、入れ替わりに机の上に置かれている光の魔石も回収する。


 私は鞄の中身を適当に見繕い、順番に並べていく。


「胃腸が弱っているでしょうし、消化吸収が良いものがいいですね。

 だったら、コレと、……コレ、あとは──」


 流動食やお粥についても、あとで作り方を教えるべきだろう。

 そんなことを考えながら、食料を取り出していく。


 すると、後ろからレベッカが声をかけてくる。


「女王様は医療の心得もあられるのでしょうか?」

「専門ではありませんが、多少の医療知識は持っていますね」


 家庭の医学や保健体育、前世の日本で広く知られていることだ。

 こっちの人に通じるかまではわからないが、今までの情報から魔法が存在する以外は地球とあまり変わらない。


 私が医薬品や食料選びを再開すると、レベッカは真面目な表情になる。

 そして何やら訴えてきた。


「女王様のお陰で病は治りしました。

 しかし私は、もはや村に留まることはできません」

「えっ?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった。

 確かにうちに移民予定だが、別に急募というわけではないのでリハビリが終わってからでも構わない。


 しかしレベッカが言うには、今すぐにでもノゾミ女王国に連れて行って欲しいとのことだ。


「ええと、理由を聞かせてもらえますか」


 私が率直に尋ねると、彼女は静かに頷いて説明を始めた。

 それらを簡単にまとめると、次の通りだ。


 レベッカは、いつ死ぬかもわからない重病人だった。

 なので村民たちは、憐れみの対象として見ていた。

 しかし私の活躍によって病気が完治した今、手のひらを返して嫉妬や妬みをぶつけけられるのだ。

 全員がそうではないが、素直に祝福してくれる者ばかりではない。


 今年は冬を越せずに、一度は切り捨てる決断したのだ。

 回復して口減らしの対象から外れても、まだ満足に動けないので可能性は残っている。

 ゆえに犠牲になりたくない者たちは、こぞって彼女に負担を強いるるかも知れない。




 そのような状況を説明された私は、大きく溜息を吐いてしまう。


(でも、彼らのことは責められないよ)


 自分は博愛主義ではなく俗物的で、自己中心的な性格だ。

 なのでノゾミ女王国のルールに従わない者の面倒を見る気はなく、いざとなったら国外追放するつもりだった。


 私が困った顔をしていると、レベッカが大きな声を出す。


「お願いします! 私たちを、一国も早くノゾミ女王国に連れて行ってください!

 少しでも早く女王様のお役に立てるように、誠心誠意努力しますから!」


 病気が治った彼女は、もはや迫害の対象だ。

 開拓村に置いておくよりはうちに連れて行ったほうが、心身に負担をかけないためにも良いかも知れない。


 私としては断る理由はないけれど、父と娘の意見が気になる。

 そちらに顔を向けると、すぐに口を開く。


「もちろん、私も同行します」

「レベッカを治療してもらった恩があるし、俺たちは家族だ。

 置いていくのはなしだぜ」


 父親の方は恥ずかしそうに頭をかきながらだが、娘は付いて行く気満々だった。

 取りあえず私は少しだけ状況を整理して、彼らにはっきりと告げる。


「大型トロッコは何台も持ってきました。

 急な移民も、問題ありません」


 しかし、引越し準備や村民との別れがある。

 旅行ならともかく移民となると、思い立ったが吉日とはいかない。


 だが、家族三人の意思は固いようだ。

 全員が、今すぐにでも出発すると言っていた。


 これ以上は言っても無駄なようだし、私は彼らの意志を尊重することに決める。


「わかりました。ノゾミ女王国の民として、喜んで迎え入れましょう」


 今さら自分が何を言っても決心は変わらないだろうし、断る理由はない。

 快く承諾すると、三人は大喜びする。


「ありがとうございます!」

「ありがとう! 女王様!」

「すまない。感謝する!」


 お礼を言われて嬉しいし、母と父と娘が喜んでいる感動的な場面だ。


 しかし彼らは移民としてうちに来ることが決まったけど、まだ他の村民に説明をしていない。


 場合によっては、村長の方針に逆らうことになる。

 人間に恩を売って仲良くする作戦なのに、ここで悪い印象を残したら本末転倒だ。


 なので表面上はにこやかではあるが、内心では不安要素をどうしたものかと悩みながら、上手くいくことを願うのだった。

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