第9話 ファーストコンタクト

 意識を深く沈めた私は、探索隊のリーダーを務めるアイアンゴーレムに憑依した。


 しかしあまり長時間この状態を続けると、依代が耐えきれずに壊れてしまう。

 なので少しでも負担を減らそうと、完全に宿るのではなく見下ろし視点を維持する。


 例えるなら普段は自動操縦のゲームキャラだが、コントローラーのボタンを押したときだけ手動に切り替わるような感じだ。

 この状態の私の姿は誰にも見えずに、依代から一定範囲内なら自由に動くことができる。

 けれど、見て聞いて考えること以外は何もできない。


 しかしアイアンゴーレムの負担が和らぐなら十分であり、取りあえず彼が事前に集めた情報を閲覧しながら、見下ろし視点で周囲の状況確認を行う。


『さて、人間は──』


 周りは鬱蒼した木々に覆われる樹海だが、幸い人間はすぐに発見できた。

 何体もの魔物の死骸を前にして、一箇所に集まって震えている。


 そして探索A班のアイアンゴーレム一体と、ストーンゴーレム二体の無事も確認できた。

 恐怖で動けなくなった人間たちを、棒立ちのまま黙って見つめている。


 私は現状を考えたうえで、おもむろに口を開く。


『なるほど、私の指示待ちということね』


 狩った魔物が乗せられている荷物運搬用の大型トロッコも、背後にちゃんと置かれていた。

 動作中は風の魔石の力で地面から少し浮き上がるが、今は誰も触ってないので停止している。


 そしてデータベースで閲覧した情報が正しいかを確認するために、アイアンゴーレムに念話を送った。


『一応、状況の説明をお願い』

『はい、ご説明致します』


 彼が語った内容を、簡潔にまとめる。


 A班は探索中に、樹海を歩いている人間たちを発見した。

 その場合は私に連絡を入れるように指示されていたので、すぐに念話が送ってくる。


 しかしその時、運悪く魔物の群れが人間たちを見つけてしまう。

 A班は調査対象が死亡したら不味いと判断し、襲撃を阻止するために独自に動いた。


 結果、探索チームは戦闘のプロなので驚異を速やかに排除して、今に至るということだ。


 説明を一通り聞いた私は、静かに息を吐いてA班を労う。


『人間を守ってくれてありがとうね』

『ありがたき幸せに存じます』


 何処となく時代劇っぽい喋りなのは、多分だが彼の個性だ。

 私の影響も受けてはいるだろうが、世の中には色んなゴーレムがいるのである。


 それはともかくとして、今は人間たちへの対処だ。


(本当は人間を観察して情報を収集して、それから交渉に望みたかったけど)


 現時点では、ゴーレムたちのことは知られてしまった。

 今さらなかったことにするのは不可能だし、人間たちを殺すのもなしだ。

 自分も心は彼らと同じなので、できれば仲良くしたい。


 なので相変わらず怯えて震えている人たちを、見下ろし視点で注意深く観察した。


『装備が貧弱に見えるけど』

『肯定。戦闘能力が低く、樹海を探索できるとは思えません』


 人数は五人で、老人が一人と少女が一人、あとは成人男性が三人だ。

 装備は鉄製の武器だが防具は革製で全員が痩せているため、まともに食べているのか不安になってくる。


 彼らが何故、危険な樹海に挑んだのかはわからないので、私なりに考えてみた。


『もしかして、村が近いのかな?』


 近くに安全な拠点があれば、軽装でも逃げ込めば助かる。

 それに大声で援軍を呼ぶことができるので、理屈としては合っている気がした。


 あとは定期的に巡回して魔物を排除すれば、樹海に入ったばかりで遭遇するなど早々ないだろう。




 しかし、現状ではそれ以上の情報を得られそうにない。

 冒険者らしき成人男性は、三人とも剣をこちらに向けてガタガタと震えて、何も喋る様子がなかった。


『せめて何か喋ってくれれば、そこから話を広げられるんだけど』


 ゴーレムは会話はできないが、身振り手振りで何とかできなくもない。

 けれど今はとても話せる状態ではなさそうだと思っていると、人間たちが突然大声を出す。


『来るな! ゴーレム! 邪悪な魔物め! などと言っていますが?』

『それ以外でお願い』


 どうやらしばらく硬直状態が続いたので、少しずつだが恐怖が薄まってきたようだ。

 それでもこちらを威嚇したり、弱気な発言が目立つ。


 十中八九で混乱していて、いくらゴーレムが身振り手振りで話を広げようとしても、これでは意思の疎通も不可能だ。


 なので私は少しだけ考えて、一時的にリーダーの体を借りることにした。


 周りを見回すとちょうど良いモノがあったので、真っ直ぐそちらに近づいていく。


『如何されるのですか?』

『まあ見てなさい』


 人外と人間の話し合いは高確率で失敗するが、それでもやりようはある。

 まあ私も試すのは初めてなので、内心でかなり緊張していた。


 人間たちは急に背を向けて動き出したアイアンゴーレムを、油断せずに観察している。


 私はお構いなしに歩いて行き、やがて目標の手前で静かにしゃがみこむ。


『力加減が難しいけど。……よいしょっと』


 近くに群生している綺麗な白い花を、丁寧に摘み取っていく。

 そして簡単な花束を作りつつ、データベースを閲覧して毒はない無害な花だと確認する。

 しかし冬も近いの開花している植物は少なかったが、偶然見つかってラッキーだった。


『こんなものかな』


 それなりに形になったので、ゆっくりと立ち上がる。

 続いて今度は人間たちのほうに、真っ直ぐに歩いていく。


「一体、何をする気だ!?」

「ゴーレムが、花束だと!?」


 三人の成人男性は、相変わらずこっちに剣を向けたままだ。

 依然として、警戒を緩めていないのがわかる。


 なので範囲外でピタリと足を止めた。

 そして、今摘み取った花を彼らに渡そうとする。


「花を、くれるのか?」

「だが、何のために?」

「俺たちを油断させるための、罠じゃないのか?」


 警戒は解かないが、少し落ち着いたようだ。

 取りあえず一歩前進で、私は心の中で安堵の息を吐いた。


『女王様、次はどうされるのです?』

『次は──』


 実は何も考えていないとは言えず、動きは止まったままだ。

 私はは基本的には行き当たりばったりで動くため、こういうことは良くある。


 だがここで、ふとあることに気づいた。

 人間たちが連れている十四、五の茶髪の少女が、足に怪我をしていたのだ。


 転んだのか魔物にやられたのかはわからない。

 しかし、せっかくの機会なので最大限利用させてもらう。


 私が人間たちとの境界線を越えてゴーレムを前進させると、彼らは大いに慌てる。


「おっ、おい! ここから先は駄目だ!」

「近づくな! 近づくんじゃない!」

「こっ! 今度は何なんだよ!」


 素早く動くと驚いて攻撃してくるかも知れないので、あくまでもゆっくりとした動作だ。

 けれど少女の元まで辿り着く頃には完全に囲まれたが、それでも構わなかった。


 アンアンゴーレムには悪いが、剣で斬られた程度では大したダメージは受けない。

 人間たちの装備は貧弱なので、向こうの武器のほうが折れるかも知れない。




 それはともかく、足を怪我して動けずに倒れている少女に近寄ると、彼女は怯えているのか真っ青な顔をしていた。


『確か、鞄の中に──』


 探索隊に持たせている鞄から光の魔石を取り出して、ゆっくりと少女に向けた。

 すると私の意思に呼応するように輝きが強くなり、彼女の足の怪我がたちまち癒えていく。


「えっ? あっ、足の怪我が?」

「傷が消えた!?」

「いっ、癒やしたのか?」

「ゴーレムが魔法を? そんな馬鹿な!?」


 光の魔石には、治癒の魔法が込められている。

 傷薬の代わりに、探索隊に持たせていたのだ。


 しかし思ったよりも足の傷が深かったので、蓄えていた魔力を使い切ってしまった。

 まあ何にせよ、怪我が治ったので良しだ。


 快気祝いに、先程渡せなかった花束を少女に渡す。


「くっ、くれるの?」


 私がゴーレムを操ってコクリと頷くと、周りの人間たちは驚いた。


「こっ、このゴーレム! 俺たちの言葉がわかるのか!?」

「いやいや、ただの偶然かも知れんぞ!」

「魔物が人間の言葉を理解するだと!?」


 異世界であっても、地球のサインと殆ど同じようだ。

 今さらながら、だったら最初からはいかいいえで意思の疎通をすれば良かった。

 そう心の中で溜息を吐くが、まあ終わり良ければ全て良しだ。


「えっと、私たちの言葉。……わかるの?」


 少女の言葉にアイアンゴーレムを深く頷かせると、どよめきが樹海に響き渡る。


「「「おおー!!!」」」


 人間と会話ができることで、安心したのかも知れない。

 先程までろくに歩けなかった少女が、少しふらつきながら立ち上がる。


 そしてアイアンゴーレムに向かって、涙ながらに訴えてきた。


「お願いします! どうか! お母さんを助けてください!」

『えっ?』

『理解不能』


 こっちは口がないし無表情なので、困惑しているのは伝わらない。

 なので、取りあえず彼女をなだめつつ話を聞くことにした。


 ちなみに長かったので、ジェニファーと名乗った少女の話を簡単にまとめることにする。


 まず最初に理解しておくべきなのは、今年は全国的に食料不足ということだ。


 そのせいで彼女が暮らしている開拓村は冬越しが難しくなり、断腸の思いで口減らしを行うことになった。

 候補者として、重い病気でベッドから動けない少女の母が選ばれる。


 しかし娘のジェニファーは、母親を犠牲にするのを耐えられなかった。

 なので樹海で採取できる貴重な薬草から薬を作り、病を治そうと考える。


 今度は逆に村民を説得して、樹海で魔物を見つけたら急いで引き返すという条件付きで承諾させた。


 それで少女の気が済むならと、渋々で承諾した感はある。

 けれどその結果、魔物と出会うことなくかなり奥まで進んでしまう。


 目当ての薬草は見つからないが、貴重な素材や食料を採取できた。

 最初は村の入り口辺りで引き返す予定だったが、村民も調子が良い時は止めるに止められない。


 だがしかし、採取に夢中になっていたところに魔物の不意打ちを受ける。

 そんな危ないところにゴーレムたちが助けに入り、今に至るというわけだ。


 話を聞く限りは、行動力の化身である少女である。

 なので、私は率直な感想を口にした。


『色んな意味で凄い子だなぁ』

『常識を疑います』


 ヤケになった人間の行動力の凄まじさを目の当たりにして、ゴーレムまで若干引き気味であった。


 けれど行き当たりばったりなところは私に似しているし、ファーストコンタクトとしては悪くない結果になったのだ。

 ここで、さらに恩を売っておくのも悪くない。


 そうすれば村人たちと、より良い関係になれる。

 けれど、問題はどうやって病を治すかだ。


 小さな光の魔石では、足の怪我を治すがやっとだった。

 そして探索隊に持たせている魔石は、どれも小石サイズである。


 万が一の保険や奥の手としては有用ではあるが、重病人の治療には使えない。


 憑依を解いて再び見下ろし視点に戻った私は、どうしたものかと考える。


『病気が治っても、今度は餓死の危険があるしなぁ』


 食料が足りずに冬が越せずに、口減らしまでしようとしていたのだ。

 彼らが採取物を持ち帰っても、きっと根本的な解決にはならない。

 餓死者が大勢出る可能性が高く、少女の母親がその一人になるかも知れないのだ。


 人類とは、なるべく良好な関係を築きたい。

 その一歩を踏み出した村が壊滅したら意味はないし、せっかく積み上げた石を崩されるのは勘弁してもらいたかった。


 私はしばらく悩んだ末に、やがて結論が出す。

 それとアイアンゴーレムに念話で伝えた。


『このままじゃ埒が明かないし、私が行くよ』

『危険です』


 彼はすぐに警告を発するが、それでも私の意思は変わらない。


『危険でも外の情報は欲しいし、ちゃんと護衛は連れて行くよ』


 私は体はゴーレムで、中身は元女子中学だ。

 できることなら人間とは仲良くしたいし、助けて恩を売っておくのも悪くない。


『守護騎士が同行すれば、大丈夫でしょ』


 ただし決して警戒を緩めずに護衛をつける。

 表向きは善人であっても、裏では何を考えているわからないのが人間だ。


『だから貴方たちは、私たちが到着するまで村を守ってね』

『了解』


 私が到着する前に、開拓村が魔物に襲撃されて滅びる可能性もある。

 何しろこの場の人間は全員痩せ細っていて、装備も貧弱なのだ。

 とてもではないが樹海の魔物と戦えるとは思えなかった。


『じゃあ、あとのことはよろしくね』

『お任せください』


 取りあえず考えるのは後回しにして、今は行動あるのみだ。

 探索隊A班が少女に村まで案内してもらっている間に、私は意識を本体に戻した。


 そして仮想空間の政府機関を通じて、全国民に人類と友好的な関係を築くと大々的に告知する。


 さらに人間の村に向かうメンバーを編成するために、慌ただしく準備が進められる。

 冬が到来するまで、もうあまり時間がない。

 大雪が降って樹海が閉ざされると移動が面倒になるため、荷物をまとめて急いで出発するのだった。

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