第8話 異世界人

 私が異世界に転生してから季節が一巡し、二度目の冬が訪れようとしていた。

 今は魔石工場と名付けた施設で仕事している。


 そして、一人ではない。

 ナンバーズや守護騎士と呼ばれるようになったミスリルゴーレムが、何処に行くにも護衛として付いてくるのだ。


 彼らは自身の形状を変化させ、全身鎧と大剣装備しているように見せている。

 そうなった理由は、最近はサブカルチャー関連の事業も立ち上げて、ゴーレムたちにも仕事を任せているため、大なり小なり影響を受けたからだ。


 なので全身鎧に大剣は格好いいという概念が芽生えて、当人たちは大変満足している。

 ついでに現在開発中の新兵器もコスト度外視の浪漫の塊なため、やっぱりやる気は大切だと思ったのだった。




 そのような近況はともかく話を戻すが、私は防寒具を着用して椅子に座っていた。

 目の前に置かれた木箱に手をかざすこともなく、ルーチンワークで魔力を注ぎ込んでいく。


 ちなみに箱の中身だが、念入りに洗浄して魔物の血を落とした魔石が規則正しく並べられていた。

 術式の書き換えが終われば、ウッドゴーレムが指定の場所に移動される。


 またすぐに次の箱を持ってくるので、正直休む暇がない。


「でも、慣れていくのね。自分でもわかる」


 私に何処かで聞いたような台詞を呟きながら、椅子に座ってのんきに欠伸する。

 たまにデーターベースで基準値が出ているかを確認しつつ、片手間で魔石の上書きを起こっていく。


 流石に一年以上も毎日何時間も続けれいれば、その気がなくてもベテランの域に達するものだ。

 今では私の前を通過するだけで作業完了なので、昔と比べて本当に楽になった。


 持ち場を離れられないという制限こそあるが、基本的には椅子に座っているだけだ。


 それにゴーレムを目覚めさせるのも、手をかざす必要はなくなった。

 パパっとやってはい終了で済むため、効率が良くなったのは良いことなのだが暇なのだ。


「仮想空間に遊びに行こうかなぁ」


 仮想空間に行っている間は、本体を遠隔操作で動かすことができる。

 この体を人形劇のように外から操ることができるのは、きっと自分がゴーレムだからだろう。


 おかげで暇潰しや創作活動が行えるので、今日はどうしたものかと考える。


「うーん、迷うなぁ」


 働けることに喜びを感じるのはいまいち理解はできないが、ひたすら暇以外は不満はない。

 それに、窓の外の景色を眺めるのも好きだ。


 今も仕事をしながら創作活動のネタを考えているし、私は独り言を呟く。


「趣味で描いた漫画雑誌が好評なのは嬉しいけど」


 現在は、約一万のゴーレムが住んでいる。

 そして国民の全てが私のデータベースと密接に結びついており、創作活動に触れることも多いのだ。


 けれど彼らは無から有を作ることは苦手で、娯楽は全て自給自足をしなければいけない。


「全く、原作や編集が全部私というのは、どうなんだろう?」


 自分が設定や物語やラフスケッチを作成すれば、ゴーレムたちがそれを元に構成してくれる。

 創作活動は好きなので楽しんで描いているが、編集長としてきっちり管理しないといけない。

 幸い彼らは賢く多芸なので、自分のいい加減な指示でも上手く行っている。


 ただあまりにも連載作品が多いため、最近は続けるだけで精一杯で、完全新作を構成する時間が足りないのが悩みであった。




 だがまあそれはそれとして、私は椅子に座って大きな溜息を吐いた。


「しかし、私は成長しないなぁ」


 自分の頭の良さや性格は、転生初期から全然変わっていない。

 反省はしても学習はしないので、同じところで何度も失敗する。


 体はゴーレムなので成長がないのはわかるが、精神も不変なのは不思議だ。


「でも、自分が成長するゴーレムだったら、人間は愚かとか言い出して滅ぼしそうだしなぁ」


 肉体的には幼女のようにか弱くても、思考は高性能コンピューターだ。

 もし成長したら現環境にあっさり適応し、さらなる高みを目指して突き進んでいきそうであった。

 そして私の人格などあっさり変貌して、もっと別の何かに変わってしまうだろう。


 何しろ今この瞬間にも、約一万人の国民からリアルタイムで情報が送れてきているのだ。

 普通なら影響を受けるのは避けられないどころか、処理しきれずに頭がおかしくなる。


「おかげで、私は私のままでいられる。

 神様に感謝だね」


 成長や変化がないおかげで、私の人間性や性格が保たれている。

 けれどタスク処理速度は日々向上しており、仕事が手早く片付けられるのは普通に嬉しい。


 こっち方面の神様の心遣いにも、感謝感激であった。


 ふと工場内の壁に設置されている時計を見ると、午前九時を過ぎて少し経っていた。


 異世界では一日は二十四時間だし、一ヶ月は三十日だ。

 十二月が終われば次の年になるので、その辺りは地球とあまり変わらない。

 春夏秋冬と四季もあるため、やっぱりお隣さん説が有力な気がした。


「時刻は朝の九時半で、お昼休みまで遠いね」


 既に十一月の半ばも過ぎているので、二度目の冬もすぐそこまで迫っている。


「今の外気温は三度とか、寒いはずだよ」


 私に内蔵されているコンピューターはかなりの高性能で、最高と最低気温や本日の天気などを予測できる。

 ただし外れる可能性もあるので、当たれば良いなぐらいの感覚で使っていた。


 そんなことを考えながら、私は向上の窓から外を観察する。


「そろそろ降るかな」


 今年の雪はまだ見ていないが、時期的にはいつ降ってもおかしくない。

 防寒具を着込んでいるので簡単には凍死しないけれど、肉体はゴーレムでも人間の五感が残っているため、風邪は引かなくても肌寒いのは嫌だった。


「でもまあ、生きてる証拠だね」


 想像したら急に寒くなったように感じて体を震わせた私は、よっこらしょと椅子から立ち上がった。


 そのまま数歩進んだ先に置かれているダルマ式ストーブに近づくと、魔石を運んでいるウッドゴーレムから念話が送られてくる。


『女王様。雑務は我々が行います』


 けれど私は首を振り、腰かけていた椅子を運びながら返事をした。


「体を動かすのは嫌いじゃないし、ここは私にやらせてよ」


 私が名ばかりの女王なのは、国民も知っての通りだ。

 それでも彼らは慕ってくれるし、何でもかんでもお世話になるのは申し訳ない。


 せめて自分にできることは、なるべく自分でやることにしている。

 なので私はダルマ式ストープに少しだけ近づいて、椅子を置いて腰かけた。


 その際に肌寒く感じたので、ツマミを回す。

 弱から中に変えて、火の魔石の出力を上げる。


 本来は特殊な魔法陣やルーン文字を刻まない限りは、マジックアイテムに加工するのは不可能だ。

 しかし私は魔石を直接を書き換えることができるので、わざわざ外部に文字を書く必要はない。


 おかげでツマミによって火力を調整する命令を追加し、ダルマ式ストーブとして使えるようになった。


 ちなみに、私が一から十まで作成したわけではない。

 政府広報には全体の方針とは別に、欲しい物リストという項目がある。

 そこで現在求めている物をリクエストすると、手の空いているゴーレムたちが制作してくれるのだ。


 皆はそれぞれ仕事があるので、全国民が協力してくれるとは言わない。

 けれど私は立場は女王だが非力な幼女のため、一人でやるより断然早く完成する。


 何より彼らは私以上に器用で賢く、機械的な計算や作業が大得意なのだ。

 完成した物を見て大喜びしてくれたし、皆のまとめ役として頑張った自分も嬉しくなる。




 ちなみにストーブができる前だが、火の魔石をカイロとして使っていた。

 人肌程度に温めた状態で袋に入れて、懐に忍ばせて寒さを凌ぐのだ。携帯性が高いので今年も使わせてもらっているが、本当に便利である。


「文明レベルも高くなったし、今なら加工工場にエアコンを取り付けられるね。

 でも、ダルマ式ストーブも捨てがたい」


 自宅にはエアコンやコタツが設置されていて、年中快適に過ごせる。


 しかし前世の実家はダルマ式ストープが現役だし、夏は扇風機だ。

 季節が移り変わるたびに倉庫から引っ張り出して使うのは、何となくだが風情を感じる。


 それに静かに燃える火を見ていると心が落ち着くし、香ばしい匂いも漂ってきた。


「そろそろ焼けたかな?」


 ダルマ式ストーブの上にはヤカンではなく、干し芋が置かれている。

 私はそれが焼けるのを、今か今かと待ちわびていたのだ。


 樹海で見つけたサツマイモを畑で栽培して、干し芋に加工してもらった。 

 思えば近くには野菜や果実が豊富で、多種多様である。


「放棄された野生化したってところかな」


 樹海で見つけた果実や野菜は大体が群生していたので、元は畑や果樹園だったのだろう。

 かつての魔法都市も樹海になっていることから、何らかの理由で放棄された可能性が高い。


 しかし、何が起きたのかは見当もつかない。

 現時点では情報不足で予測も困難なので、一旦置いておくことにする。


 今は少し焦げた干し芋を火傷しないように慎重に摘んで、小さな口に運ぶ。


「あっつい! でも、甘くて美味しー!」


 五感は残っているし、見た目通りの幼女の貧弱さだ。

 おかげで舌を少し火傷したが、この程度なら自然に治癒する。


 それに熱々を食べるからこそ、美味しいのだ。

 私が幸せそうな顔で干し芋を齧っていると、突然緊急の念話が入ってきた。


『女王様にご報告があります』

『えっ? 何かあったの?』


 最近は何でもかんでも仮想空間で処理できるので、食事中に緊急連絡が入ってくることなどなかった。


 しかし、私はすぐに気持ちを落ちつかせる。

 そして食べかけの干し芋をお皿の上に乗せてから、彼の次の言葉を待つ。


『人間を発見しました』

『いつか接触するとは思ってたけど。とうとう来たね』


 異世界には樹海を闊歩する魔物の他にも、様々な種族が存在している。

 エルフ、獣人、そして人間だ。


 彼らが今も生きているかは不明だったが、樹海の探索中に接触する可能性は十分にあった。

 しかし一年以上も調査してようやく見つけたので、思ったよりも時間がかかったなと思った。


 取りあえず人間の住んでいる領域からは、この場所はかなり離れているのは間違いない。


(前世の死因がアレだし、仲良くするのは難しいかな)


 私の人格は転生直後から全く変わっていないので、過去のトラウマは消えずに根強く残っている。

 できれば仲良くしたいが、無条件に信用することはできなかった。


 転生先でも刺されて死ぬ可能性はゼロではなく、油断するわけにはいかない。


(人間の全てが悪ってわけじゃないけど)


 豹変して襲いかかってくる人は殆ど居ないが、表向きは善人でも心の内まではわからない。


(取りあえず、考えをまとめよう)


 私は思考加速を行い、今後取るべき方針を思い浮かべる。


 まずは、人類と友好関係を結ぶ。

 心は人間でも体はゴーレムなので、排斥される可能性は高いがその時はその時だ。


 次に、人間たちに気づかれないように、二十四時間態勢で監視する。

 これに関しては、前々からマジックアイテムに仕込んできた。


(上手く行けば良いけど。もし駄目なら、その時にまた考えよう)


 自分は頭もそんなに良くないし、あまり深く考えない脳筋タイプだ。


 しかし探索隊と遭遇したなら、近くに人類の集落か拠点があるのは間違いない。

 今後はますます出会う可能性が高まっていくし、見なかったことにするのは難しいだろう。


 考えをまとめた私は、自分の目の前に樹海の地図を映し出す。

 そして、念話の発信元を割り出した。


『探索隊のA班で、樹海の西だね』


 しばし考え、続いて彼に声をかける。


『少しだけ同期するけど、いい?』

『もちろんです。女王様の依代になれるのならば、光栄の極み』


 立場的には女王でも、中身は平凡な元女子中学だ。

 自分が名ばかりの上位者なのは良くわかっており、内心でちょっと困った。


 それでも慕ってくれて普通に嬉しいので、ありがとうとお礼を言わせてもらう。


「少し席を外すから、私の体をよろしくね」


 作業中のウッドゴーレムと護衛に声をかけると、すぐに念話が返ってくる。


『了解致しました。女王様も、どうかお気をつけて』


 他のゴーレムの視覚や聴覚を借りるだけなら、別に意識を移さなくてもチラ見できる。

 しかし、記念すべき人類とのファーストコンタクトだ。


 正直何が起きるかわからないし、ここは集中して本腰を入れるべきだろう。

 作業の中断を伝えると、ウッドゴーレムから問題なしと許可が出たので、準備完了だ。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


 そう言って私は目を閉じて、念話のリンクを逆に辿っていく。

 異世界で初めて遭遇した人間に、接触しに行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る