第7話 仮想空間
地上に出てから一ヶ月が経った。
神様から授かったデータベースは最初は戸惑ったが、今ではかなり使いこなせている。
仮想空間には前世の記憶が風化せずに保存されていたり、異世界での体験や情報を仲間のゴーレムと共有できたりする。
さらに向こうの世界のインターネットのような、オープンチャットが開けるのだ。
時間が停止した状態で高速でやり取りできるので、とても便利である。
ゴーレムたちが毎日頻繁に意見交換しているのを、名ばかりの女王は良く知っていた。
それとは関係はないが私は今、掘っ立て小屋に増築された風呂場にいる。
湯船に浸かりながら、天井にはめ込まれた光の魔石の明かりを眺めていた。
そして最近頭を悩ませている、ある問題を考える。
「しかし、思った以上の広いなぁ」
拠点として使用している旧時代の都市は、地上部分は完全に樹海に埋もれていた。
地下も殆どが崩落しているが、比較的無事な箇所が少ないが残っている。
おかげで様々な物品が日夜発掘され、仲間であるゴーレムの再起動にも成功していた。
「まあ、仲間が増えるのは良いことだけど」
どれだけ人口が増えても、命令権を持つ女王は一人だけだ。
正直に言うと管理が追いついていないし、ミスリルやアイアンがチームリーダーとして頑張ってくれている。
それでも間に合っていないのだから、何とかならないものかと湯船に体を沈めながら考えた。
しばらくブクブクと泡を出していた私は、やがて結論を出して顔を浮上させる。
「データベースやネットワークを、改善すればいけるかも」
データーベースやネットワークは神様から授かった私の能力なので、かなり自由が効く。
チャット機能や掲示板を作成できたのもそのおかげで、何とか上手いことやれば命令系統を最適化して高速で処理できるかも知れない。
「具体的にどうすれば良いのか、さっぱりわからないけど! まあ何とかなるでしょ!」
駄目で元々で挑戦してみることに決めたが、長時間の入浴は湯あたりしてしまう。
なので私は一旦あがって、外で実験するのだった。
風呂から出た私は体を拭いたあと、パジャマに着替えて布団に潜り込む。
地上に出て一ヶ月も経てば、服もボロ布ではなくそれなりの物になる。
それにシンプルな作りだが、いくつか家具が配置されていた。
そしてこれから行うことは、長時間体を動かせなくなる可能性がある。
念には念を入れて、なるべく負担をかけないように楽な姿勢で行う。
何度か深呼吸をし、私は大きな声を出す。
「さて、やりますか!」
今までは、意識を集中させてデータベースを呼び出すだけだった。
しかし今回は、大幅な改善が行うつもりだ。
これまで以上に頑張らないと駄目なのだが、具体的に何をどうすればいいかは良くわからない。
なので困った時には、前世で大好きだったサブカルチャーの知識を参考にして考える。
「意識を切り離して、データベースに潜るような感じで行こう!」
近未来のアニメや漫画で良くあるアレだが、言葉にすると物凄くふわっとしていた。
しかし情報を集めて未来を予測すると、これが一番成功する可能性が高いと判明する。
とにかく集中が大切なので、目を閉じて心を落ち着ける。
呼吸すら忘れて意識を研ぎ澄ませていると、いつの間にか私は見知らぬ場所で寝転がっていた。
「あれ? ……ここは?」
辺りを見回すと空は青く澄んでいて、すぐ近くには巨大な木が生えていた。
困惑しつつも立ち上がると、目の前には見渡す限りの平野が広がっている。
だが生物の気配は自分以外は感じないし、風が吹いて感覚もあるが何とも殺風景であった。
ちなみに私はパジャマ姿だ。
布団に入ったときと同じ格好に、はてと首を傾げる。
「ここは仮想空間で、私は意識体とかそんな感じなのかな?」
サブカルチャーの知識があるので状況に適応しやすく、多分間違いはないだろう。
しかし、無計画の勢い任せで飛び込んだのだ。
これからどうしたものかと途方に暮れつつ、困った時はデーターベースである。
「ああ、普通に開けるんだね」
意識体なのに半透明のウインドウを空中に表示するのもおかしな話だ。
しかしデータベースにアクセスできるので問題はなく、デジタル時計を見ると全く進んでいないことに気づく。
「なるほど、今の私は思考加速状態なわけか」
外では集中すれば時間が停止するが、仮想空間ではこの状態がデフォルトのようだ。
じっくり考えられるの良いことだが、周りには平野と大樹しかないのは些か殺風景である。
「立ちっぱなしは辛くはないけど、せめて──」
体はゴーレムで疲労は感じないが、私は人間のつもりだ。
意識だけの存在だとしても椅子ぐらいは欲しいと思っていると、突然目の前に木の椅子が現れた。
「おおっ! びっくりしたぁ!」
驚いて一歩下がったが、良く観察すると我が家で愛用しているものだ。
「しかし、一体何処から?」
疑問には思うが、取りあえず腰を下ろして一息つく。
そして物は試しと、次の希望を口に出す。
「それじゃ、自宅は出せるのかな?」
すると今度は、現実世界の掘っ立て小屋が目に前に出現した。
いきなり大きな物がドーンと出てきたことで、そうなると思っていても少しだけ驚く。
だがこれで、今居る場所は私の脳内データベースだとは確信した。
更に細かく変更できる可能性が出てきて、安堵の息を吐く。
「取りあえずここでは時間が経過しないし、のんびりやりますか」
何もかもが手探り状態で、焦っても仕方がない。
私は先程出した椅子から立ち上がり、掘っ立て小屋に近づいていく。
時間が停止しているのでゴーレムたちのチャットも行われず、今活動しているのは自分だけだ。
「流石に一人で作業するのは退屈だし、時間の経過速度を調整しないと」
緩やかでも良いので時間が流れていれば、他のゴーレムたちのチャットを覗き見ることができるし、困ったときの相談相手にもなってもらえる。
あとは単純に、一人だけで黙々と仕事をするのは退屈で少し寂しかった。
精神耐性があるのでその気になれば何年だろうと我慢して仕事はできるが、好き好んでやりたくはない。
そんなことを考えながら玄関の扉を開けて、私は家の中に入っていくのだった。
データベースの大規模な改修を行った私は、政府や重要な施設をいくつか建てた。
他のゴーレムも自由に入ったり覗けるように、業務のオンライン化を進めていく。
現実世界では口頭や念話で適時指示を出すのは限界があったため、今後はより効率良く管理運営できるようになるはずだ。
それとは別に、魔石を手に入れてから生活がとても快適になった。
上書きする必要はあるが、慣れてくると殆ど流れ作業だ。
複数同時に処理することも容易で、完全にルーチンワークである。
なのでかつては樹海に埋没していた朽ちた都市だったものが、瓦礫を撤去したり発掘作業を行い、徹底した整地によって劇的ビフォーアフターを遂げた。
景観としては、前世の情報が元になっているため現代日本風の施設ばかりが立ち並んでいる。
だが都会のビル街ではなく、木材を使った建造物が主だ。
そして工場や住宅などは中央区に集中し、外周部は広大な田畑が広がっていた。
やる気満々のゴーレムたちが自主的に動いてくれるおかげで、どんどん前世の田舎に似てくる。
ちなみに初期の食料は、マジックアイテムを惜しみなく使って工場で大量生産していた。
だが無から有が生まれて大喜びしたのもつかの間であり、実際に食べてみると不味くはないが大味であった。
美食に慣れた元女子中学生としては物足りないし、結局は現代日本で行っていた機械化の第一次産業に切り替える。
肥料や土壌管理の何処までマジックアイテムで美味しさを維持できるかを、試しつつ進めていくことにした。
どうせ食事をするのは私だけなので、そんなに多くは必要ない。
だが最初期の大量生産は、大味とはいえ捨てるのが勿体なかった。
なので冷凍保存しておき、いざという時に備えておく。もし来なければ適当な時に改めて廃棄するだけだが、やっぱり異常気象など来ないほうが良い。
それと合成肉や野菜の情報も、もしも惑星がヤバいことになったときのために、しっかり記録に残しておくのだった。
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