第6話 チート能力

 木苺を食べて元気になった私は、昨日と同じようにゴーレムから順番に目覚めさせていく。


 しばらく続けていると、食料を探しに行った二号と三号、さらにはアイアンチームが戻ってきた。


 一体何処に自生していたのか木の実や野菜、近くの川に生息している魚も捕まえてきたようだ。

 それが私の目の前に一斉に置かれて山になり、いくら何でも多すぎると思った。


『女王様。どうぞお食べください』

「ありがたいけど! 一人じゃ食べきれないよ!」


 ゴーレムの体なので、体内に入れば魔素に分解吸収される。

 別に食べられないことはないが、元女子中学生は別に大飯食らいではない。

 お腹も空かないし、趣味の範疇で程々で良いのだ。


『しかし、味が気になります』


 好奇心旺盛なゴーレムたちの願いを叶えてやりたい気持ちはあるが、それだと一日中食べてばかりになりそうだ。


(やっぱり、そんなにたくさんは食べられないね)


 魔素に分解して吸収するにしても時間がかかるだろうし、やはり前世と同じような人並みが一番だ。


 私は溜息を吐きながら、自分の目の前に半透明のウインドウを開く。

 食物について調べていくと、見慣れたものばかりだとわかる。


「ドングリ、人参、ほうれん草、大根、イワナ、ヤマメ、ニジマス。他には──」


 記載されている情報は、全て日本語訳されている。

 何となく読み上げると、ますます地球のお隣さんっぽく感じた。


 色々思うところはあるが、ゴーレムの術式を上書きするのは一時中断だ。

 そして帰ってきたばかりの彼らに、新しい命令を出す。


「数人ほど私と調理作業で、残りは瓦礫の撤去をお願い」

『了解しました』


 異世界の料理について調べても、残念ながらデータベースにはなかった。

 しかし私は料理屋の娘で、そういうのは得意だ。

 それに田舎の付き合いで引っ張り回されて、様々な経験も積んでいた。


 知り合いのキャンプ場で手伝いをしたこともあるので、即興で石を組んでかまどを作ることもできるのだ。


「でもまさか、本当にかまどで料理するとはなぁ」


 女子中学生だった頃とは違い、今の自分は非力な幼女だ。

 ゴーレムたちには、乾燥して燃えやすい木の枝や松ぼっくり、または調理器具を探してくるようにとも命じる。


 思考操作ができるので空中にデーターベースを表示して、イメージ映像を作成して伝えた。

 あとは現場の判断に任せつつ、少しずつだが準備を進めていく。


「しかし、今後も同じことが続くようなら、薪や炭も備蓄しておかないと」

 

 私は肉体労働に向いていないので、全体の流れを見つつ大雑把な指示を出すだけに留める。

 異世界の情報はあまりないが、前世のことはデータベースに知識として記録されているため、それを有効に使っていく。


「取りあえず、調理器具が残っていて良かった」


 鉄鍋などの各種調理器具も、廃墟等から発掘した。

 現代日本と比べると前時代的に思えるが、贅沢は言えない。

 ボロボロだが使えなくはないし、近くの川で洗ったので一応は清潔のはずだ。


 かまどに鉄鍋を配置してもらい、今は木の枝などを集めに行ったゴーレムたちの帰還待ちだ。


 しかし、ここで私は頭を抱えることになる。


「どうやって着火しようか?」


 前世の実家ならガスコンロがあるし、キャンプ場にはライターや着火剤も存在する。

 けれど現時点では、そんな便利アイテムは何処にもない。


 私は空を見上げて腕を組んで考えていると、アイアンゴーレムの一体が念話で提案してくる。


『摩擦による着火を提案』


 確かに良いアイデアで、原始時代からやっていたことだ。

 それに使わなくなった火打ち石が、実家に転がっていたのを思い出す。


 なので私は、彼のほうを向いて率直な意見を返した。


「確かに、それもありだね。

 でも、毎回貴方たちに頼むのも悪いし、もっと良いアイデアを探そうよ」

『了解』


 幼女の体で火を起こすのは現実的ではないし、ゴーレムたちも着火には時間がかかりそうだ。

 なので今回に限っては良い案だが、まだ時間があるので他の手段を探すために、仲間たちと相談していた。




 すると周囲の安全確保のために探索していたミスリルゴーレムたちから、突然連絡が入る。


『所持限界量に達したので、これより一時帰還します』

『えっ? あっ、うん。お疲れ様』


 私は念話で喋るのにはまだ慣れていないので、少しだけ戸惑いながら対応する。

 それはともかく彼らは自分たちの近くに居たらしく、しばらくしたら木々の隙間から三体の巨人が姿を見せた。


 真っ直ぐこちらに歩いてきたので、調理作業を進めながらおもむろに声をかける。


「お帰りなさい。成果は……!?」


 だがここで私は大いに驚き、一瞬動きが止まる。

 何故なら、彼らは魔物の死骸を山ほど抱えていたからだ。


「たっ、確かに! 所持限界量に達したから、帰るとは聞いたけど!」


 ちなみに魔物の素材を持ち帰るように命じたのは私だ。

 その時は、猟師の手伝いで血抜きや解体の経験があるから大丈夫だと、楽観的に考えていた。


 だが全身に返り血や肉片だらけの三体の巨人が、無表情で歩み寄ってくるのはちょっと怖い。


「とっ、取りあえずストップ!」


 今はあまり近づけたくないので、ある程度の距離で止まってもらう。

 そして深呼吸をして気持ちを落ち着かせた私は、探索中に狩ってきた魔物を種類ごとに並べてもらった。


 まだ少し怖いので離れて観察しながら、データベースを参照していく。


「黒イノシシ、死狼、牙コウモリ、他にも色々だね」


 異世界固有の名称もあるようだ。

 和訳のほうが特徴を捉えていてわかりやすいので、私はそちらで呼ぶことに決めた。



 だが数が多いので、全てを覚えるのは時間がかかりそうだ。

 そんなことを考えていると、ふとあることを思いついてポンと手を打つ。


「そうだ! 魔物の体内にある魔石を使えば、着火できるかも!」


 異世界では魔石を内包している生物は、魔物と呼ばれている。

 そして魔石とは、魔力が込められた特殊な石だ。

 加工を施して様々なマジックアイテムとして利用するのが一般的であった。


 しかし無加工でも、手で触れて強く念じれば魔法は発動する。

 属性に合った単純な命令しか出せないが、火を起こしたり水を出すなら十分だ。


 そのことをゴーレムたちに説明した私は、地面に転がっている魔物の死体に視線を向ける。


「問題は火属性の魔石があるかどうかだけど」


 先程から話を聞いていたゴーレムたちは、わざわざ命じなくても自主的に動いてくれた。

 かなりグロい光景が目の前で繰り広げられているが、鹿やイノシシの解体経験がないと、嘔吐してもおかしくはないだろう。


 しかしかなり強烈なので、半透明のウインドウにモザイクをかけておく。

 しばらくは、それを通して魔物の解体を見守ることにする。


 そのまま数分ほど見守っていると、ゴーレムの一体が立ち上がって、ゆっくりこちらに近づいてくる。


『女王様、火の魔石を見つけました』


 魔石には肉片は付いていないが、魔物の血で汚れていた。

 五メートルの巨人も同じで、もう怖くないがグロいので生理的に拒否反応が出てしまう。


 けれど善意は嬉しいから、引きつった表情でお礼を言って受け取った。

 私のために頑張ってくれる、皆頼りになる仲間たちだ。




 取りあえず気持ちを落ち着かせ、赤く小さな魔石を適当な台の上に置く。

 続いて指先で触れた状態で、大きな声で叫ぶ。


「火よ! 灯れ!」


 すると小さな魔石に、マッチ棒の先ぐらいの火が灯った。


「やった!」


 成功するかどうかはわからなかったが、試みは上手くいった。

 喜びのあまり、思わずガッツポーズを取る。


(でも、私は本当に剣と魔法の世界に転生したんだなぁ)


 ゴーレムを目覚めさせるのもそうだったが、今回は私の意思で小さいが火が灯ったのだ。

 諦めずにいれば杖を振るって、何とかかんとかパトローナムと凄い魔法を使える日も来るかも知れない。


 そのような思いを馳せていた私だが、ここであることを考えつく。


「魔石も上書きできるのかな?」


 ゴーレムは私が契約を書き換えることで、性能が大幅に向上した。

 ならば魔石に同じ処理を施したら、一体どうなるのだろう。


 ここで止める理由はないし、興味が湧いたので早速試してみることにする。


 ちなみに既に多くの仲間を目覚めさせており、術式の上書きはルーティンワークになっているので、そこまで気合を入れて集中する必要はない。


 けれど今回は対象が異なるため、何が起きるかは予想がつかなかった。

 念のために少し離れて、ちゃんと火を消してから上書き作業を行っていく。


 しかし警戒したのに抵抗はなく、注ぎ込んだ私の魔力は魔石をあっさり染め上げた。


「あっ、あれ? あっさり?」


 ゴーレムとは違って、特に反発は感じなかった。

 もしくは抵抗はあっても弱かったのかも知れないが、あっという間に上書きが完了する。


「術式が刻まれてなかったから?」


 無加工の魔石だからか、あっさり上書きが終わったのかも知れない。


「しかし、見た目は何も変わってないね」


 データーベースで目の前の魔石を調べると、上書きは完了しているらしい。

 半透明のウインドウを目の前に表示した私は、続けて情報を適当に読み上げていく。


「魔素吸収が追加されて、人工知能や自己修復はなしと」


 人工知能や自己修復が継承されるのは、ゴーレムだけのようだ。

 目の前の火の魔石は魔素吸収しか追加されておらず、もっと大幅にパワーアップするかと思ったが、少しだけ残念に思った。


「でもまあ、一つだけでも十分かな」


 魔石は大きさによって蓄積量が変わり、魔力が尽きたら魔法使いが直接注ぎ込んで補充する必要がある。

 なので小石サイズは頻繁に回復させる必要があり、使い勝手はあまり良くない。


 けれど自動的に回復するなら、補充の手間がかからないのだ。


「朝昼晩の料理に使うぐらいなら、十分かな」


 流石に何日もぶっ続けで火を起こし続けると枯渇するが、そんな長時間使う予定はない。


 なので私は上書きした魔石を手に持ち、かまどの下にセットする。

 そして火傷が怖いので少しだけ離れてから、指先で触れて着火しようとした。


 だが手を伸ばそうとしたところで、何故か勝手に火がついたのだ。


「うわっ!? 触ってないのに! どうして!」


 驚いて硬直した私は、火が灯った魔石をじっと見つめる。

 しかし観察するだけでは答えが見つからないので、データベースを呼び出して詳細を調べていく。


「……あっ、更新されてる」


 上書きした魔石の情報が更新されており、仲間に念話を行う要領で遠隔操作できることが判明する。

 さらに新しくプログラムを組めば、複雑な動作も可能になるらしい。


「何だこのチート能力」


 遠隔操作が可能で術式を自由に刻める魔石を量産すれば、便利で快適な生活を送るのも夢ではない。

 衣食住に困っていた私にとっては、まさにチート能力と言っても過言ではなかった。


 だが本当に可能なのか試す必要があると考えて、私は火の魔石をじっと見つける。


「……物は試し」


 確かに、ラインが繋がっている感覚がする。

 ならば試しに消えるようにと念じると、魔石の活動が停止した。


「おお、凄い!」


 完全に鎮火した魔石を見つめて、大きな声が出る。


「火力調整も自由自在だし、料理の幅が広がるなぁ」


 薪や炭では火力調整が大変だが、魔石は遠隔でも可能だ。

 それこそ、前世のガスコンロと同じ要領で調理できるだろう。


 そして私はここで、またもやあることを閃く。


「ん? ……これはもしかして!」


 両手をぐっと握って、大きな声を出した。


「お風呂に入れる!」


 水と炎の魔石を組み合わせてプログラムを組めば、ちょうど良い湯加減にできる。

 元は現代日本の女子中学生だったので、食事や睡眠と同じで、毎日の入浴は必須である。

 ゴーレムは自己修復機能で体を洗わなくても臭くないとか、そういう問題ではない。


「ああ、それと攻撃の手段も増えるかな」


 ゴーレムは自らの体を変化させて戦えるが、ゴリゴリの近接物理特化型だ。

 魔法が使えないので、遠距離攻撃や搦手からめてに弱い。


 しかし上書きした魔石を持たせれば、攻撃のバリエーションが増やせる。


「引き金を引くと火球を飛ばす魔石とか。できるかな?」


 内部に自由に術式を書き込めるので、応用はかなり利きそうだ。

 データーベースを読む限りでは大きいほど複雑な命令も出せるらしいので、小さいと単純なものになりそうである。


「でも魔物が徘徊する危険な樹海だし、備えは必要でしょ」


 使いすぎれば魔力が尽きるが、時間経過で回復する。

 持たせておいて損はない。


 なので私は、近くに居た四号に顔を向ける。

 そしてかまどの下に置かれている火の魔石を指差した。


「四号。アレに火がつくように、念話を送ってくれない?」


 私のネットワーク機能は、ゴーレムたちも利用できる。

 ひょっとしたら自分と同じことが可能なのではと、ワクワクしながら命じてみた。


『了解。点火』


 そう思って実験したが、残念ながらしばらく待っても火の魔石は無反応だ。


「何も起きないね」

『謝罪する』


 念話で心底申し訳なさそうに言ってきたので、こっちのほうが慌ててしまう。


「謝る必要はないよ! 想定の範囲内だからね!

 それならそれで、やりようはあるし!」


 それはそれとして、念のために火の魔石に直接触れて念じてもらう。

 こちらは問題なく点火できたことから、遠隔操作や契約の書き換えができるのは、自分だけだと判明する。


 少しだけ残念に思ったけれど、便利な能力には違いない。


 今は気落ちしていたミスリルゴーレムを励ますために、美味しい物を食べて元気になってもらうのだ。

 なので気持ちを切り替えて、張り切って調理作業を始めるのだった。

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