第5話 衣食住
太陽が沈みかけた頃に、とうとう掘っ立て小屋が完成した。
衣服よりもまずは家を優先したが、それでも妥協に妥協を重ねた俗に言う豆腐ハウスだ。
当然、家具を作成する時間もなく、プライバシー保護のために入り口や窓枠にはボロ布を吊るしてある。
中に入った私が周囲を見回すと、何も置かれていない小部屋があるだけだ。
何となく寂しいけれど、雨風をしのげるし野宿するよりは断然マシだろう。
「でも、この香りは好きかも」
削ったばかりの木の香りは何処か懐かしくて、個人的には好きだった。
ちなみに、カーペットという上等なものはない。
布を繋ぎ合わせて敷物代わりに使っているが、近くの川で破られないように気をつけて洗って乾かした。
汚れてボロボロではあるけれど、少しは清潔なはずだ。
今はそう思わないとやっていられないので、気にせずに外で待機しているゴーレムに顔を向ける。
「家を建ててくれて、どうもありがとう」
『当然のことをしたまでです』
私は協力してくれたゴーレムたちに、心からのお礼を言った。
続けて、また明日とおやすみの挨拶をする。
中に入って仕切りの布を下ろすと、照明がないので夕日が遮られて一気に暗くなった。
それでも、いつ崩落するかわからない地下倉庫よりは明るい。
ようやく日の当たる場所に出られて、家が手に入ったことを実感して嬉しくなる。
「……でも、疲れた」
ゴーレムなので肉体的疲労はないし、睡眠も取る必要はない。
しかし、見た目や感覚は人間そのものだ。
元女子中学生である私は、異世界に来てから色々あって心が疲れていた。
「精神耐性があっても、完全無効化じゃないみたい」
単純作業や仕事は苦ではないが、中身が人間なので面倒とは感じるし、前世と同じように感情がある。
なので精神的に大ダメージを受ければ、いくら耐性があっても悲しくなるのだ。
そのせいで、眠らなくても良いけれど朝までぐっすり休みたいと思った。
疲れた顔をして、布団の代わりにボロ布の上に横になる。
すると懐かしい木の香りに引かれて地球の木造家屋のことを思い出し、二度と会えない家族や友人が脳裏をよぎった。
「戻れないってわかってるし、死ぬよりはマシだけど!」
普通ならあのまま死んでいたのに、記憶を引き継いで転生できたのだ。
けれどやっぱり家族や友人に会いたいし、見知らぬ世界で暮らすのは心細かった。
「……やっぱり寂しいなぁ」
口に出しても、状況は良くならないのはわかっている。
だが、そう呟かずにはいられなかった。
普段はもっと明るく前向きだが、今だけはどうしても弱気になってしまう。
もし叶うなら、もう一度地球に戻りたいと切に願った。
鼻をすすり涙を流して小声でぐずるが、精神耐性のおかげでやがて落ち着いてくる。
そこでようやく私は、この世界に来てから初めて心安らかに眠りにつくのだった。
窓や扉の隙間から微かに差し込んでくる太陽の光を浴びて、私は目を覚ました。
夢の中で家族や友人とお別れした気もするが、記憶があやふやで良く思い出せない。
けれど何だか心残りがなくなったようでスッキリしたし、一晩眠って元気になったようだ。
私は寝ぼけ眼を擦って欠伸をしつつ、ゴーレムなのにここまで人間を再現してるのは凄いなと実感する。
それはそれとして辺りを見回すと、自分が居るのは寝る前と同じで殺風景な小部屋だった。
「まあ、そうだよね」
目が覚めたら実家のベッドだったという、都合の良い展開はないようだ。
夢の中で踏ん切りがついた気がしても、やっぱり溜息が出てしまう。
「でも、神様と契約したしなぁ」
しかしアレは、選択の余地がない強制イベントだ。
誰だって死んで輪廻の輪に戻るよりも、異世界転生を選ぶだろう。
けれど今の境遇に不満はあっても、後悔はしておらず仕方ないと受け入れる。
取りあえず深呼吸をして気持ちを切り替えた私は、人間だったときの癖で大きく伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。
「今日は何をしようかな」
ゴーレムたちは高性能な人工知能があるが、基本的は上位者である私の命令で動く。
しかし現時点では、状況判断能力がどのぐらいあるかは不明だ。
予期せぬエラーが起きて停止している可能性もあるため、定期的に様子を見る必要があるだろう。
なので私はボロ布についた埃を軽く払って、入り口に向かってゆっくり歩いて行く。
「そう言えば、服は汚れてるのに肌は綺麗だね」
気になった私は、データベースで調べてみる。
すると肉体は自己修復機能で常に最適の状態に保たれるらしく、長い髪も一度も手入れをしてないのに瑞々しくて艶があって、肌も相変わらず傷一つなくプルンプルンなのはそう言う理由のようだ。
知らない間に世の女性が嫉妬するボディを手に入れてしまったと、私は人知れずに震えた。
前世では美容には無頓着だったが、それでも今の肉体がヤバいのはわかる。
「まっ、まあ、それは別にいいか」
実家の食堂で接客していたときは動きやすい服装が主で、交友関係も田舎のご老人ばかりだった。
都会の女の子が着るような派手で綺羅びやかなファッションではなく、制服やジャージや作業着ばかりだったことも影響しているのかも知れない。
「……気にしないことにしよう」
しかし別に、今思い出すことでもない。
取りあえず入り口に到着したので、仕切りとして使っているボロ布を持ち上げる。
そのまま日の当たる外に出ると、太陽の光が眩しく降り注いでいた。
「えっ? 寝過ごした?」
周囲の木々を伐採して瓦礫も撤去しているのは、家の周りは開けた土地になっている。
陽の光を遮るものはなく、お天道様はかなり高く登っていることに気づく。
続いて辺りを見回すと、すぐ近くにミスリルゴーレムが一体待機していた。
五メートルもある白銀の巨人なので、とても目立ってすぐに気付ける。
私は彼に近づいていき、おもむろに声をかけた。
「他の皆は?」
『二号と三号とアイアンチームは、食料を集めに行きました。
自分はこの場に残り、女王様の護衛をしております』
「そうなんだ」
私はそんな命令は出していない。
つまり彼らは自分で考えて、どう動くかを決めたのだ。
それと主人から女王様に変わっていることに驚いて、私は頭の中で状況を整理する。
(アイアンチームは、昨日目覚めさせたゴーレムたちのはず)
造形はミスリルゴーレムとあまり差はない一つ目の巨人で、私から継承したスキルも同じである。
(でも、ゴーレムは食べられないはず。何でそんな行動を取ったんだろう?)
女王様扱いは少し恥ずかしいけれど、絶対に主人じゃないと駄目なわけでもない。
なので、今は別にいいかと軽く流しつつ、一号に何故そんな行動を取ったのかと率直に尋ねる。
『女王様の元気がない原因を推測し、食事を摂っていないことが該当しました』
確かに衣食住の確保は急務だと考えて、彼らに仕事を任せていた。
ボロ布は衣服、掘っ立て小屋は住処、しかしあと一つの食事は達成できていない。
それゆえに、一号たちは気落ちしている私を心配し、自主的に動いてくれたのだろう。
理由がわかるとつい目頭が熱くなり、泣きそうになりながらお礼を言う。
「一号、ありがとう」
『女王様を助けるのは当たり前です』
彼は相変わらずの無表情でさも当然のように言うが、私は首を横に振って続きを話していく。
「昔は命令に従って動いていたけど、今の貴方たちは自分の意志があるんだよ」
昔の彼らは契約や主従関係に縛られて、命令に従って動く意志のない人形だった。
だが今は各々で考えて行動でき、命を持った生物を言える。
今回は私のために自主的に食料を集めに行ってくれたので、感謝するのは当然だと思った。
「だから私は、貴方たち善意の嬉しく思うの」
『どう、致しまして』
一号はややぎこちないが、今度は私のお礼を正面から受け止めてくれた。
ゴーレムたちと少しだが仲良くなれたように感じて、無性に嬉しくなる。
(けど、ちょっと恥ずかしいかも)
ストレートに好意を伝えたのは、過去に一度もなかった。
それを現実に行うと、こういう気持ちになるんだと初めて知る。
取りあえず私は、わざとらしく咳払いをしたあとに、改めて一号に話しかける。
「食料が届くのが楽しみだなー」
話題を変えるような発言に、一号はすぐに反応した。
『少ないですが、食料はございます』
五メートルもある巨体が動いて、私の前にゆっくりと大きな手が差し出された。
そこには小さい木の実があり、どれも赤黒く熟している。
私はすぐにデータベースで調べると、和訳で木苺と記載されていた。
異世界にもあるんだと驚きつつ、次に幼女らしく大喜びで受け取る。
「やった! 木苺だ! ありがとう!」
『喜んでいただけて、良かったです』
異世界の言語では違った名前らしいが、今はそんなことは関係ない。
一号から木苺を受け取った私は、指で摘んで小さな口の中に入れる。
「甘酸っぱい! でも美味しい!」
野生種なのか酸味が強いが、地球の木苺と殆ど変わらない。
続いて私は、小さな口をモゴモゴと動かしながら、周囲の植物を観察する。
前世と変わらないので、何かしらの繋がりがあるのかも知れない。
「もしかしたら、お隣さんの世界なのかも知れないね」
何にせよ、異世界転生してから初めて食べた木苺は感動であった。
長い時間、食べ物を口に入れていなかったのもある。
しかしゴーレムの味覚は人間だった頃と変わらないことも知れて、とても嬉しい。
「私は私のままで良かったぁ」
体内に入った物は全て魔素に分解されて吸収されるが、用を足す必要がないので便利で、各部位の穴はあっても内臓は存在しない。
見た目は幼女だが、永久普遍の人形だ。
子供を宿すことはなく、精神的に女性であるが色々おかしくなってしまった。
しかし私は前世と同じように、泣いたり笑ったり美味しい物を食べたりもできる。
人間のように振る舞えることが嬉しくて、涙が出そうだ。
だがここで、一号をほったらかしにしていることに気づく。
慌てて彼に顔を向けて口を開いた
「ごめんね。私ばっかり喜んじゃって。一号たちにも味覚があれば──」
『問題ありません』
「えっ?」
彼らは味覚どころか口もない。
物を食べるという行為は不可能なはずだが、一号は問題ないと言い切った。
『女王様のデータベースは、私たちもアクセスできます』
「ええと、つまり?」
仲間のゴーレムたちがデータベースを共有しているのは知っているが、まだ理解が追いつかない。
条件反射的に聞き返すと、一号はすぐに答えてくれた。
『女王様が得た味覚情報が、データーベースに追加されました』
説明を聞いただけでは良くわからない。
なので私は、目の前に半透明のウインドウを表示する。
すると本当に新しく食事の情報が追加されており、物は試しとそれを起動した。
「……ん? おおーっ!?」
私の口の中に、先程と全く同じ木苺の味や食感が広がる。
まるで本当に食べているかのようだ。
「これは凄い!」
けれど感動した後に少し考えたが、木苺の味は一つではない。
甘かったり酸っぱかったりと色々で、データベースは先程の食事の経験しか反映されていなかった。
『初めての体験です! これが食事ですか!』
一号は顔を変える機能がないため、いつもと同じ無表情だ。
それでも念話から喜んでいるのが伝わってくるし、食事の情報は追々増やしていけばいい。
取りあえず嬉しそうなので、この場は良しとしておくのだった。
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