第3話 地上を目指して

 活動を停止していたミスリルゴーレムに魔力を注ぎ込んで術式を上書きすると、嬉しい誤算が起きた。

 私のスキルを、一部だが与えることができたのだ。


 この件については、データベースを検索しても回答が出てこなかった。

 仕様なのかバグなのかは不明なままだけれど、危険な魔物が徘徊する異世界で 非力な幼女では生きるのは難しい。


 仲間が強くなるのは良いことだと納得して、取りあえず良しとする。


 しかし一体だけでは足りないので、残りのミスリルゴーレムも同じように目覚めさせていく。

 時間はかかったが、これで地下から脱出する準備は整った。


 事前に確認した通り、他の区画は土砂に埋もれたり瓦礫に押し潰されている。

 今でも無事なのは私が居る地下倉庫しかなく、それもいつ崩落するかはわからない。

 あまり長居をするわけにはいかないので、なるべく早くの脱出が望ましいだろう。


 私は適当な棺に腰かけて、天井から飛び出している根っこをじっと見つめる。

 その隙間からほんの少しだが、太陽の光が差し込んできているのだ。


「やっぱり陽の光が恋しいよ」

 

 私はモグラやミミズになったつもりはなく、体はゴーレムでも心はいつまでも人間だ。

 暗くてジメジメした地下生活からは、さっさと脱却したかった。


「やっぱり、地道に掘り進めるしかないね」


 自分だけは難しいが、今は九体のミスリルゴーレムが居る。

 身長五メートルの巨人は、とても頼りになるのだ。


『肯定』


 それと念話で話し相手にもなってくれるので、寂しさも紛らわすことができた。


 何にせよ、崩落の可能性に怯えながら地下暮らしするのは嫌だ。

 そろそろ外に出て太陽の光を浴びたいので、私は仲間のゴーレムに指示を出す。


「じゃあ、準備に取りかかろうか」


 ミスリルゴーレムを目覚めさせている間に手持ち無沙汰な仲間には、倉庫内の物資で発掘作業用に使えそうな道具を探してもらった。

 老朽化で大半が壊れていたが、彼らは器用なようでツルハシやスコップらしき物を頑張って作成したのだ。


 そして時間だけはあったので、人数分は用意できた。

 しかし元が廃品だから、地上まで耐久力が保つかは微妙なところだろう。


『準備完了』


 ミスリルゴーレムたちは各々が道具を手に持ち、私の前に整列する。

 ちなみに今の自分は全裸ではなく、布製品が残っていたので埃っぽくて不衛生だが、体に巻いて服の代わりにしていた。素っ裸よりはマシだろう。


 何しろ物資が不足しているので、私も彼らも今ある物でやっていくしかない。


 とにかく準備が整ったことを確認して、私はビシッと上を指差して声を出す。


「それじゃ! 地上を目指して掘り進もう!」

『『『了解!!!』』』


 彼らもやる気十分で念話で元気よく返事をしてくれたが、自分はその場で待機である。

 何故ならどんなに頑張っても幼女並みの力しか出せないので、五メートルの巨体で超パワーを持つミスリルゴーレムの邪魔になる。


 だったら力仕事には参加せずに、後方で指示だけ出しているほうが良い。

 いい言葉で言えば管理職だが、現時点では働かずにくつろいでいるだけだ。


 それでもこれが一番作業効率が良いので仕方なく、ミスリルゴーレムたちも不満はないらしい。


「働かずに食べる焼肉は美味しいと言うけど。流石にちょっと悪い気がするなぁ」


 うっかり口に出してしまったが、熱心に掘り進めている彼らは気にしていないようだ。


「それに随分と長い間、飲まず食わずだし」


 焼肉で思い出したが、しばらく何も口に入れていない。

 けれどゴーレムなので全然平気だし、三大欲求とも無縁になってしまった。

 だが中身は人間のつもりなので、完全な機械になる気はない。


「取りあえず焼肉とか贅沢は言わないから、地上に出たら何か口に入れたいな」


 仙人のようにかすみだけを食べて生きていくつもりはない。

 やっぱり元女子中学生としては、空腹でなくても美味しい物を口に入れたいものだ。


 後方で待機している私がそんなどうでも良いことを考えている間にも、ミスリルゴーレムたちは凄まじいパワーで地上に向かって掘り進めていた。


「地上までの距離は遠くないし、これならすぐかも」


 ただし、地下倉庫はかなり老朽化している。

 強い衝撃を与えると崩落の危険も高まるため、さっきから天井から砂埃がパラパラと落ちてきており、私は内心では冷や汗をかいていた。


「ちょっと不味いかもね」


 やがて凄まじいパワーで掘り進めていたゴーレムたちから、念話で連絡が入る。


『地上に到達しました』

「でかした!」


 嬉しくなった私は駆け出して壁に空いた穴を覗き込むと、外から明るい光が差し込んでいるのがわかった。

 間違いなく地上に到達していると理解して、思わず感動の涙が出そうになる。


 しかし、ここで地下倉庫が大きく揺れた。

 とうとう耐えられなくなったのか、天井や壁が崩れ始めたのだ。


『失礼します』


 突然崩落が始まり、私が驚き立ち竦んでいると、ミスリルゴーレムの一体が自分を素早く抱きかかえる。


「ほえっ!?」


 驚いている間もなく、彼は地上に向かって猛スピードで走り出した。


「あばばばばっ!?」


 緊急避難的な措置で、私を助けてくれたのはありがたい。

 しかし五メートルの巨体が疾走すると、それだけ揺れも大きくなる。


 自分に三半規管があるかはわからないけれど、ガックンガックンともろに振動が伝わってきた。

 思わず舌を噛みそうになり、変な声が出てしまう。


 だが、力加減には気をつけて丁寧に扱ってくれていたようだ。

 首や手足が変な方向に曲がったり、骨折はせずに済むのだった。




 ミスリルゴーレムが救出してくれたおかげで、私は崩落から逃れて安全な場所まで来られた。

 どの範囲まで地盤沈下するかわからないため、少し離れてから地面にゆっくりと下ろされる。


 運んでいる間の振動が激しすぎたので、私の足がふらつく。

 まともに立っていられず、そのまま地面にへたり込んでしまう。


「はぁ、助かったぁ」


 それでも生き埋めにならずに済んだので、安堵の息を吐く。

 次に、周りに集まっているミスリルゴーレムたちに、素直にお礼を言う。


「助けてくれてありがとう」

『主人を助けるのは当然です』

「それでもだよ」

 

 念話は相変わらず淡々としているが、彼らは少しだけ戸惑っているように思えた。


 何にせよ全員が地下倉庫から無事に脱出できたので、ミッションコンプリートと言える。

 私は深呼吸をして気持ちが落ち着くのを待ってから、周囲を良く観察した。


「とても魔法王国の首都には見えないね」


 周囲を見回すと、かつての建造物は殆ど崩壊していた。

 代わりに、鬱蒼とした草木が生い茂る樹海に変わっている。

 データーベースには何の情報もないため、何があってこうなったのかは現時点では不明だ。


「人が居なくなって、かなりの年月が経ったのは間違いないね」


 地下倉庫や地上の様子を見る限り、放棄されてとても長い時間が経過している。

 それ以上は良くわからなず、考えても答えは出てこない。


 何となく溜息を吐いて空を見上げると、異世界の太陽が木々の隙間から差し込んできていた。

 背の高い樹木が鬱蒼と茂って影になっている。


 それでも地下室よりはとても明るく、地上に脱出できたのを実感するには十分だ。


「しかし、でっかい木だなぁ」


 私たちのすぐ近くには、周囲の木々よりも遥かに大きな大樹が天に向かって真っ直ぐにそびえていた。

 天井を突き破って地下に侵入していた木の根っこは、きっとこの大樹のものだ。


 しばらく観察を続けていた私は、ふと疑問に思って自分の髪を手ですくい、目の前に持ってくる。


「同じ色?」


 髪色が大樹の葉と、殆ど同じだった。

 もしかしたら、素材として使われているのかも知れない。


「だったら私は、ウッドゴーレムなのかな?」


 この体は神様によって調整されたのか、人間と同じプニプニお肌だ。

 しかし種族はゴーレムで見た目はエルフで中身は人間という、色々ごちゃ混ぜ状態である。


「まあ、そういうこともあるかなと」


 真面目に考えるとわけがわからなくなるため、取りあえずわかったフリをして先に進める。


「でも、ちょっと興味出てきたね」


 まだ確定ではないが、自分と縁のある大樹かも知れない。

 それは周りの木々よりも大きくて立派で、何となく親近感が湧く。


「取りあえず御神木にして、拝んでおこう」


 私はよっこらしょと立ち上がり、二礼二拍手一礼をしておく。

 そして木々を伐採して木材資源として使うことになっても、目の前に大樹だけは絶対に残して、大切に管理することに決めた。


 ちゃんと利点はあり、遠くからでも一目でわかるぐらいの巨木だ。

 距離や方角の確認が容易になるので、今後は樹海の探索をすることになるし、東京タワーほどもある大樹を残すメリットは十分にある。


 そこまで考えた私は拳をギュッと握り、次の計画を口に出す。


「まずは、衣食住を確保だよ!」


 かつての住処だった地下倉庫は、完全に埋まっている。

 周囲にも雨風をしのげそうな建物はなく、せいぜい目の前の大樹を雨除けに利用するぐらいだ。


 樹海を探索して村や町を見つけてお世話になるのも良いが、私は人間そっくりでも種族はゴーレムだ。

 おまけに仲間は身長五メートルのミスリルの塊である。


 どう考えても快く受け入れてくれるとは思えないし、幼女を捕まえて売られる可能性もあった。


「ゴーレムは奴隷階級だし、心配だなぁ」


 異世界には様々な種族が居て、ゴーレムは人間の魔法使いに使役されていた。

 人工物に魔力を注ぎ込んで動かしているので、主従関係があるのは当然だろう。


 なお今は各々が自由意志を持っており、エネルギー供給も必要はない。

 私と彼らの上下関係はあっても、別に奴隷として扱ってはいなかった。


「私が主人だけど、部下のほうが近いかな」


 そして前世の死因がアレだったので、今は人間に対して苦手意識があった。

 お手々を繋いで皆仲良くという、気楽な脳内お花畑にはなれない。


 だが部下であるミスリルゴーレムは、私を絶対に裏切らないため安心安全である。


「今はまだ駄目。人類と接触する準備も、心構えもできてない」


 敵だと思われたら一方的に蹂躙されてしまうかも知れないので、なるべく早いうちに準備を整えたい。


 そしてここは魔物が出現する危険な異世界で、未知の樹海でもある。

 かつては魔法王国の首都だったが、今は無人で長らく人の手が入っていない。


「ここに拠点を築いたほうが良さそう」


 外がどうなっているかは、全くの不明だ。

 現時点で判明しているのは、自分の周りぐらいしかない。


 次に私は少し考えて、崩落した地下倉庫に視線を向ける。


「魔物との戦闘を考えると、数は多いに越したことはないね」


 いくらミスリルゴーレムが超パワーを持っていても、多勢に無勢では勝ち目がない。

 幸いなことに私は眠っている同族を目覚めさせて、強化も同時に行える。


 生産工場の地上部分は完全に崩壊しているけれど、地下倉庫は土砂に埋もれていても、探せば無事な個体が見つかるかも知れない。


「やる価値はあるでしょ」


 もしも目覚めなかったら残念だが、それでも手つかずの物資を確保できる。


 色々考えていた私は、ミスリルゴーレムたちが手持ち無沙汰にしていることを思い出す。

 なので新たな指示を出すために、彼らに意見を聞く。


「衣服の調達、拠点を築く、新たなゴーレムの発掘、周辺地域の調査。

 意見を聞かせてもらえるかな」


 汚れたボロ布を、いつまでも体に巻いておくわけにはいかない。

 それ以外にも仕事は山積みだが、私がゴーレムたちに尋ねると、すぐに答えが帰ってくる。


『現時点では、このエリアの脅威レベルは未知数。

 調査任務を優先し、団体行動を推奨』


 確かに今、自分たちは未知のエリアに居る。

 いつ魔物に襲われてもおかしくない以上、一刻も早く安全を確保すべきだ。


「じゃあ衣服と拠点は一つにまとめて、それぞれの仕事は三人ずつね」


 危険なのは周囲を調査するチームだ。

 最低でも三人一組にして、十分に警戒しながら進めていく。

 なお、チーム人数は適当だし、組分けは彼らの自主性に任せる。


 性能に差はなく、付き合いも短く個性も良くわからないた。

 ここは現場の判断に委ねることにしたが、元は平凡な女子中学生に管理職が務まるわけがない。


 せいぜいどんな時でも明るく前向きで、考えてもわからない時は行き当たりばったりの勢い任せで、強引に押し切るぐらいしかできないのだ。


 なので取りあえず今は大まかな方針だけ決めて、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する。


 その場で足踏みしているだけでは、状況は全く良くならない。

 手探りでも良いので、とにかく行動あるのみなのだった。

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