第2話 神様からの贈り物

 ゴーレムに転生して元の世界には帰れないことを知った私は、しばらくワンワン泣き続けていた。


 だがやがて気が紛れて落ち着いてきたのか、少しずつ冷静さを取り戻していく。

 どれだけ大泣きしても、異世界転生してゴーレムとして生きていくことになった事実は変わらない。


 それに、これは夢ではなく現実で自分で乗り越えるしかなかった。


「……このままじゃ駄目だ」


 細く小さくなった腕を、狭い棺の中で器用に動かして涙を拭う。


「とにかく、行動しないと」


 棺の中で泣いていれば、誰かが助けてくれるわけもない。

 異世界に転生したことはわかっても、情報は全然足りていないのだ。


 もしかして悪人に見つかって、酷い目に遭うかも知れない。

 今の自分は見た目通りの幼女で、非力である。


「せめて魔法が使えればなぁ」


 性能を見る限り無尽蔵の魔力はあっても、ファンタジーで良くある魔法は一切使えない。

 普通に生きていくだけでも大変だろうが、一体何のためにこんな能力をと溜息を吐いてしまう。


「本当に、何が目的なんだろう」


 異世界転生させた神様の目的がまるでわからずに混乱するが、面白半分の可能性もある。

 自由にして良いと言われているので、人間とは異なる種族に生まれ変わらせて眺めて楽しんでいのかも知れない。


 何にせよ、私は多分一生幼女のままだ。

 いつ活動停止するのかは不明ではあるが、今はありのままを受け入れるしかなかった。


「はぁ、とにかく外に出よう」


 いつまでも狭くて暗い棺の中に閉じ籠もっていると、気が滅入る一方だ。

 普通なら泣き叫んだり発狂してもおかしくないのだが、悲しい気持ちはあっても、先程のように感情が大きく揺れ動いたりはしない。


「精神耐性でもあるかな?」


 そう言えば精神耐性のスキルが表示されていたことを思い出し、さっきは流し読みだったので気づかなかった。

 状況が落ち着いたら、もう少しじっくり読んで見るのも良いかも知れない。


 けれど今は、いつまでも閉じ籠もって調べ物をするのは止めだ。少しでも早く外に出たかった。


 幸いなことに、幼女の腕力でも金属の蓋は問題なく動かせた。


「あっ、でも! 全然持ち上がらない!」


 持ち上げるのではなく横にスライドさせることで、時間はかかるが何とか外に出ようと頑張る。


 かなり長く悪戦苦闘を続けて、重かったが蓋を地面に落ちる音が聞こえてきた。

 すると、途端に大量の埃が舞い上がって棺の中に入ってきた。


「ケホッ! コホッ! なっ、何!?」


 人間と違って体内に取り込んだ物質は魔素に分解して吸収するので、変なモノを吸い込んでも肉体への影響は少ない。


 それでも突然のことなので、驚きの叫びをあげてしまう。

 けれど舞い上がった埃が消えて冷静になり、私は少し緊張しながら体を起こして周囲を見回す。


 今は見た目通りに非力な幼女なので、警戒しておいて損はない。

 しかし室内も暗闇だったので、正直注意深く観察しても良くわからなかった。


 私が困っていると、データーベースが思考を読み取って更新される。

 空中に施設の3Dマップが投影されたのだ。


 なので、取りあえず気になるところを色々選択して調べる。

 しかし、不明な箇所がかなり多いようで、完全ではないようだ。


「ううん、便利だけど情報不足が目立つなぁ」


 前世のネット検索よりも便利で快適だが、基本的に適当な自分には使いこなせる気がしない。

 女子中学生をしていた頃もあまり賢くはなく、スマートフォンやパソコンを持て余していたことを思い出す。


「私じゃ宝の持ち腐れになりそうだけれ、普通に助かる。神様ありがとう」


 謎の上位存在のことを神様だと考えて、便利な能力を授けてくれたことに正直にお礼をいっておく。


 何にせよ、周囲には自分の他に動くモノはなさそうだ。

 よっこらしょと棺から外に出て、そのまま3Dマップを参考にして埃まみれの室内を少し歩いてみた。


「情報が古いなぁ」


 3Dに表示される施設とは違って、現実は壁が崩れていたり装置が壊れている。

 さらには天井を突き破って木の根が入り込み、隙間から微かに光が差し込んでいた。


 そしてデータベースは自分が新しい発見するたびに、適時更新される。

 やがてマップが最新のものになり、室内に限っては問題なく歩けるようになったのだった。




 ちなみに、自分の他にも多数の棺らしき物が安置されている。

 しかし、どれも朽ち果てて崩れていた。

 完璧に保存されていたのは、どうやら私だけのようだ。


「もしかして、私の同族?」


 興味が湧いた私は、ヒビ割れた蓋の隙間から内部を覗いてみる。

 棺の大きさは五メートルほどもある巨大な物で、一つ目の巨人が安置されていた。


「巨人?」


 データベースを参照すると、眠っているのはゴーレムで間違いない。

 戦闘や肉体労働させるために、魔法使いたちに開発された。

 地下倉庫にある個体は全てハイエンドモデルでミスリル銀を素体としており、鉄や土で作られたモノよりも、遥かに性能が高いと記載されていた。


「私は能力以外不明なのに、やけに詳しいね」


 自分は何の目的で作られたかも、素材もわかっていない。


 だがまあ今は、現時点では一つ目のゴーレムの簡単な情報しか得られなかったが、大体はわかったのだ。

 取りあえずそれで良しとして、眠っている巨人に視線を向ける。


「襲ってこないよね?」


 今は意識がないようで、自分が恐る恐る覗き込んでもピクリと動かない。

 どうやら魔力切れらしく、当時は眩い白銀に輝いていたのだろうが、今は埃を被って汚れていて老朽化も酷いようだ。


「……ふむ」


 彼は自分と違って、半永久的に活動可能なタイプではない。

 核に蓄えられた魔力が尽きれば停止するので、定期的に補給を行わなければいけないようだ。


 しかし幸いなことに、私は魔力量だけは桁違いである。

 大気中の魔素を定期的に取り込み、ほぼ無限の動力を得られるのだ。

 もしかしたら、目の前のゴーレムを目覚めさせられるかも知れない。




 だがここで、私はあることを思い出す。

 アニメやゲームで良くあるのは、起動したゴーレムが暴走して目覚めさせた相手を敵と判断するのだ。

 定番というかファンタジーのお約束である。


 何より彼は老朽化している個体なので、誤作動とか普通にありそうだった。


「もし襲われたら、とても勝てそうにないよ」


 自分は見た通り、小学校低学年の力しか出せない。

 前世も戦闘経験がない普通の女子中学生だ。


 ゴーレムが停止するまで一方的に殴られ続けるどころか、一発殴られたら即死である。


「本当にどうしよう」


 私は腕を組んで考えた。


 ここで、ゴーレムを放置するという選択肢はない。

 何故なら、異世界には魔物と呼ばれる恐ろしい生物が生息している。


 外に出た瞬間に襲われたり、いつか遭遇して攻撃される可能性はとても高い。

 対抗手段がなければ、その時点で第二の人生が終わりかねない。


「この部屋も土砂や瓦礫で塞がれて、何処にも行けないしなぁ」


 運良く自分が居た部屋だけは崩落していないが、壁や天井は老朽化が酷く壊れかけている。

 いつ土砂に埋もれてしまうかわからないので、魔物に恐れる危険があっても地上をメゼすべきだろう。


「未来予測によると、しばらくは保つけど」


 私のゴーレムとしての機能で、情報分析能力がある。

 未来の崩落の可能性が確率で表示してくれるのだが、天気予報と同じで絶対という保証はない。


 そして地下から脱出するには、仲間が必要だ。

 同族なら協力してくれるかも知れないので、ミスリルゴーレムを安全に目覚めさせたかった。


「何かないかな。……何か」


 取りあえずデータベースを開いて、役に立ちそうな情報を探す。

 そのまましばらく閲覧していると、あるモノを見つけて興味深そうに読み進めていく。


「術式の上書き?」


 内容は私のみが可能なスキルで、魔法や魔力が込められた術式を上書きすることができるらしい。

 ほぼ間違いなく、神様が授けてくれた能力の一つだろう。


 しかし術式の書き換えは容易に行えるものではなく、針の穴を通すような微細な出力調整を要求される。


「何だか大変そう」


 つい溜息を吐いてしまった私は、気分を変えるために辺りを見回す。


 かなり目が慣れてきたのか、ある程度は見通せるようになった。

 地下施設は相変わらずの暗闇で天井の隙間から微かな光が差し込んでいるが、あちこち崩れているし、地上がどうなっているかはわからない。


 しかしこの惨状を見る限り、今も魔法王国が存在しているとは思えなかった。

 きっと現在は何らかの理由で滅びたか衰退していて、もしかしたら凶暴な魔物が闊歩しているかも知れない。


「やっぱり、仲間は欲しいな」


 私は暗い地下室で一生過ごすつもりはない。

 やはり仲間を集めて力を合わせて、地上を目指すべきだ。


「成功すれば私は襲われずに済むし、取りあえず試してみよう」


 失敗しそうになったら、完全に目覚める前に中断すれば助かるかも知れない。

 楽観的ではあるが、足踏みしているよりはマシだ。


 今はとにかく動かないとと思い、かなり緊張するが術式の上書きを試してみることにした。


「まずは──」


 ゴーレムが眠っている棺の蓋を、頑張って横にスライドさせて地面に落とす。

 見た通りの幼女レベルの力しか出せないと、重い物を退かすのに苦労する。


 その際に盛大に埃が舞い上がって少し咳き込むが、おかげで五メートルほどもある一つ目のゴーレムと正面から対面した。


「ええと、胸の中心だっけ」


 ゴーレムは魔石を加工し、特殊な術式を刻み込んだ核によって動いている。

 それは胸の中心に埋め込むのが、一般的なようだ。


 魔力は距離が遠くなると、届かずに霧散してしまう。

 術式を上書きする近づいたほうが出力調整が楽になって、成功率が上がる。

 データベースで調べた限りはそうなっていた。


 他に参考にできるものがないので、マニュアルに従って行動するしかない。


「すう……はぁ」


 肉体はゴーレムでも心は人間なので、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 続いて説明通りにゴーレムの胸元に手をかざして意識を集中すると、キラキラした何かが放出された。


「わぁっ! 何か青い光の出てる!?」


 私の両手から青い光が漏れ出て、巨人の核に吸い込まれていったのだ。


 変化はすぐに起きて、埋め込まれた魔石が反応する。

 そしてミスリルゴーレムの全身に、赤い魔法陣が反発するように浮き上がった。


「ええと、マニュアルでは、ここを……こうして」


 説明書通りに、赤い魔法陣を外側から包み込むように魔力を注ぎ込んでいくと、段々と青い色に染まっていき、同時に反発も弱まっていった。


「魔力出力は四十から六十を維持っと」


 半透明のウインドウに、詳しい情報が表示されている。

 魔力の出力調整は気を抜かなければ何とかなるが、長時間続ける必要があるらしい。

 何とも気の長い作業だなと思った。


 私はついでに術式を書き換えるのが終わるまでの時間を表示して、黙って待つ。


 どれぐらいそうしていのか、やがて核の魔法陣が青一色に染まる。

 初めてで緊張したが、何とか一発成功して安堵の息を吐く。


「さて、次は──」


 マニュアルにはゴーレムの主従契約を上書きしたあとに、魔力供給していけば目覚めるらしい。

 なので核に直接注ぎ込んでいると、目の前のゴーレムが勝手に起動プロセスに入った。


「えっ! 早くない!?」


 しかも何故か彼が目覚めると、私の頭の中に大樹の枝先に葉や花が芽吹くイメージが湧いた。

 どうしてそうなったのか、理由はさっぱりわからない。


 けれど一つ目の巨人が目を覚まし、彼は青い目をギョロギョロ動かしいた。

 どうやら情報を収集に務めているようで、襲いかかってくる様子はない。


 暴走状態は避けられたことに一安心した私は、聞こえているかわからないが声をかける。


「魔力を満タンにしたいし、まだ休んでていいよ」


 大きなゴーレムは、口がないので喋れない。

 しかし、主人に命令には忠実に従うように作られているようだ。

 術式を書き換えたことで彼の主は私になり、魔力のパスもつながっている。


 そして声も聞こえているようで、すぐに大人しくなった。


 しばらく注ぎ続けると、やがて充填百パーセントになる。


「よし、こんなものかな」


 百パーセントを越えたあとにも注いでしまったが、が幸いなことに魔石は壊れずに過剰分が外に漏れ出るだけだった。


 故障はしなかったようなので、大きく息を吐いた。


「何とかなって良かったぁ」


 一瞬ギョッとしたが、大した影響はなかったので良しだ。

 次に私は彼から少し離れて、嬉しそうに声をかける。


「今日から貴方は一号だよ。さあ、起き上がって」


 ネーミングに関しては適当だが、室内には巨大な棺が全部で九個も安置されているのだ。

 蓋が開けられた形跡はなく、経年劣化で隙間が開いているので中身は確認済みだ。

 全て彼と同じミスリルゴーレムが、安置されていた。


 そうなると、九体の名前をつけなければいけない。

 パッとは思いつかずに、仕方なく一号から九号まで割り振ることに決めたのだった。




 だがまあそういった事情はともかくとして、私は少し緊張しながら命令を出す。

 目覚めた彼は自分体を動かそうとするが、長年放置された影響か金属の体が軋んでいる。


 残念ながら上手く起き上がれないようで、結局棺の中からは出られなかった。


「焦らなくていいよ。無理して壊れたら大変だからね」


 私は非力な幼女で、データーベースを参考にして簡単な補修ならできても、壊れたゴーレムを直すのは不可能だ。


 無理に起き上がって大怪我したら大変なので、ハラハラしながら見守る。

 すると一号の青い目が点滅して、直接脳内に語りかけてきた。


『ただいま経年劣化による損傷を、自己修復しています。

 活動が可能になるまで、しばらくお待ち下さい』


 一瞬、ギョッとしたけれど、何とか呼吸を整えて口を開く。


「こっ、これが念話かぁ」


 ゴーレムは口がない代わりに、念話で意志を伝える。

 主人との間には魔力のラインが繋がっているので、それを使っているのだ。

 そうデータベースに記載されていた。


 けれどここで彼の言葉に疑問を抱き、はてと首を傾げる。


「……んっ? 自己修復?」


 自己修復機能は、ミスリルゴーレムにはなかったはずだ。

 確認のために、もう一度データベースを閲覧する。


「あれ? スキルが増えてる」


 旧型のミスリルゴーレムが持っていない機能が、いくつか増えていた。


 どうやら一号は自己修復ができるようで、さらに自動翻訳や魔素吸収まで可能になっていた。

 まるで私の能力を、複製したかのような大幅なパワーアップに驚く。


「これはもしかして?」


 ミスリルゴーレムの術式を上書きすることで、私の能力が使えるようになったのかも知れない。

 これが仕様なのかバグなのかはわからないが、神様から授かったスキルなのでそういうこともあるだろう。


「まっ、まあ、頑丈になったし! 何だか知らんがとにかく良しだよ!」


 魔力補充や怪我の心配をしなくて良くなるのは、とても助かる。

 ついでに従来の人工知能が強化されたようで、高性能と追加されていた。

 命令に従うだけでなく、現場の判断で柔軟に対応したくれるのはありがたい。


 しかし、勝ったなガハハと油断するわけにはいかない。

 それでも今後の異世界生活に、少しだが希望が見えてきたのだった。

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