ノゾミは無慈悲なディストピアの女王

茶トラの猫

第1話 ゴーレム幼女が生まれた日

 稲穂望いなほのぞみは、サブカルチャーが大好きな女子中学生だ。

 平凡や何処にでも居るわけではないが、そこまで珍しいものでもなかった。


 しかし、中学二年生のある日に事件が起きる。

 彼氏を取られたと勘違いした女子生徒に、隠し持っていた包丁で腹部を刺されたのだ。


 そもそも自分とは名前が違うし、彼氏も彼女も全く知らない。

 けれど人違いだと弁明する時間もなく、激痛で気絶してしまう。


 私は家族や友人の走馬灯を見る暇もなかったなと考えたが、ここで気がついた。

 いつの間にか周囲は真っ暗闇で痛みも感じなくなり、上も下もない不思議な空間に留まっているのだ。


 ただそこに居るだけで肉体の感覚はないので指一本動かせないが、一体何が起きたんだと疑問に思っていると、何処からともなく謎の声が聞こえてくた。


「突然ですが、稲穂望いなほのぞみさん。貴女は死にました」


 本当に、あまりにも突然だった。

 慌てて何か喋ろうとしたが、残念ながら声がでない。


 そして暗闇の中でも、何故か相手の姿は発光してぼんやりとだが見えた。

 美しい天使のような姿で、輪っかはないので女神のほうが近いかも知れない。


 けれど不思議と全体像がにぼやけて見えて、色や輪郭も安定せずに常に変化を続けている。

 じっと見つめていると、どれが正しいのかは良くわからなくて混乱してしまう。


 やがて彼女はおもむろに喋りだして、続きを説明していく。


「貴女は輪廻の輪には戻らず、別の世界に転生してもらいます。

 よろしいですか?」


 そういう小説や漫画、アニメは好きだ。読んだり見たことがある。

 しかしまさか、自分が異世界転生に選ばれると思ってもいなかった。


 今の私は声は出ないが凄く驚いており、呼吸はできないが何とか気持ちを落ち着かせる。

 続いて、冷静になって考える。


(人生に悔いは残ってるし、死にたくはない。けど、……異世界転生かぁ)


 輪廻の輪は良くわからない。

 しかし、もし生き返れるなら地球が良かったのが本音だ。


 私は田舎にある実家の料理店を、良く手伝っていた。

 自分が居なくなったら、両親だけでやっていけるのか不安になる。


 仕事で忙しい父母の代わりに、私は良く田舎の付き合いに駆り出されていた。

 ある意味では孫のような存在だからか、お年寄りに良く可愛がられていたことを思い出す。


 けどまあ、そんな事情は今はどうでも良い。

 異世界転生に戻るが、普通は何か使命を与えられるはずだ。


(魔王を倒すとか、残酷な運命を変えるとか。色々あるんじゃないかな)


 その辺りがどうなっているのか気になって心の中で思い描くと、神様はすぐに答えてくれた。


「目的や使命はありません。貴女の自由に生きてください。

 代わりに、転生特典はこちらで決めさせてもらいます」


 少し珍しいパターンだったが、私はまだ中学二年生である。


(両親や友人には悪いけど、せっかくの異世界転生を断るのもね)


 私はもう死んでいるのだ。

 元の世界に転生できない以上、今さらウジウジ悩んでも仕方がない。


 昔から行き当たりばったりだが、明るく前向きで深く考えずに人生を歩んできた。

 なので、今は期待でドキドキしている。


「お知り合いの方々には、夢を通じてお伝えしておきます」

(ありがとうございます)


 心を読んでいそうな神様に、お礼を伝えておく。

 そして、そろそろ異世界や転生の情報が欲しい。


 そう思った私はワクワクしながら次の言葉を待ったが、残念ながら望みは叶わなった。


「どうぞ、異世界ライフを楽しんでください」

(……えっ?)


 異世界や転生特典等の情報は、何も教えてくれなかったのだ。

 何とも一方的な通達に驚くが、サブカルチャーが大好きな中学二年生である。


 今回も行き当たりばったりで勢い任せなため、割り切るのも早かった。


(まあ、何とかなるでしょ!)


 何ともならなかったら、その時はその時にまた考えれば良い。

 今は異世界転生を楽しもうと気持ちを切り替えると、段々と意識が薄れていっていることに気づいた。


(ええと、お父さん! お母さん! それと──)


 まだこっちの世界に留まっているうちに、家族や友人に最後の別れ済ませておきたい。

 中学二年生で人生の幕を下ろしてしまったが、あれは予測不可能な事故なので仕方がない。


 そして、これからやらかした相手の方と交渉が大変だろう。

 異世界転生する私には、もう関係はないのであとは頑張ってくださいとしか言えない。


 とにかく、これから第二の人生が始まるのだ。

 心の中で必死に家族や友人とのお別れを口にしていると、やがて自分の意識が暗闇に閉ざされたのだった。







<???>

 かつては多くの神々や来訪者プレイヤーで賑わっていたこの世界も、いよいよ終焉の時を迎えようとしていた。

 私以外の神は次々と他の世界に異動し、自分だけが責任者として最後の瞬間まで留まるように命じられる。


 昔は来訪者と神々で協力して世界を管理運営していて、平和では盛り上がりに欠けるため、上位者の命令通りに調整を施してきた。


 なので放っておけば様々な要因で滅亡へと向かうようになり、解決するために来訪者プレイヤーが奔走するのだ。




 けれどそれは昔の話で、今は自らが創造した惑星は刻一刻と滅びに向かっていった。

 来訪者や他の神々が去ってから、とても長い時が流れており、一柱の神だけではとてもではないが管理しきれない。

 世界全体がゆっくりと荒廃していくのを、止めることはできなかった。


 さらには、上位者から無慈悲な命令が下る。

 訪れる者が居なくなったので、自分も近日中に別世界に異動するのだ。


 だが私は、自らが創造した惑星を見捨てたくはない。

 過去に多くの神々や来訪者が守ってきたのに、このまま滅亡するなど許容できなかった。


 なので最後に、少しだけ悪あがきをさせてもらう。

 自分の代わりに管理運営をできる人材を探し、異世界転生させるのだ。


 幸い、適正を持つ人物はすぐに見つかった。

 不幸な事故で亡くなったばかりだったので、隣の世界の神に頭を下げる。


 粘り強く交渉してどうに譲ってもらえたが、転生を強要して仕事を押し付けるののは、不平等で雇用契約としては褒められたものではない。


 なので彼女には何も知らせずに、自由に生きてもらうことにした。

 根っからの管理者気質なのか、それとも運命力的なものでもあるかは不明だが、使命を与えなくても世界を安定させる可能性が高い。

 むしろ命令が足かせになって、能力を十全に発揮できなさそうだ。


 それでも、失敗する可能性はゼロではない。

 不確定要素を排除するために、肉体だけでなく魂や人格が不変を保つようにしたり、とにかく念入りに調整を施す。


 雇用契約の正当な対価として、彼女の両親や友人への言伝も忘れずにきっちり済ませておく。


 そのようなことをしていると、やがて私も別世界に異動する時が来た。


「あとは頼みましたよ。ノゾミ」


 私はノゾミに、自らが創造した世界の管理運営を任せる。

 そして最後の神が去り、新たに訪れる者が誰も居ない閉じた世界となったのだった。







<ノゾミ>

 どれぐらい眠っていたのかはわからないが、少しずつ意識がはっきりとしてきた。

 目が覚ました私は若干寝ぼけているようで、辺りを見回しても相変わらずの真っ暗闇だ。


「夜? それとも──」


 異世界転生した実感は沸かないが、取りあえず注意深く辺りを良く観察する。

 試しに体を起こそうとすると、手足や頭に固いものが当たって動きを阻害された。


「えっ? 何で動けないの?」


 詳しく調べると、自分は大きな金属製の棺に寝かされていることがわかる。

 まるでファンタジーの吸血鬼みたいだなと思いつつ、はてと首を傾げた。


「私は何でこんな所に?」


 寝ぼけ眼で、何気なく声を出す。

 すると自分の目の前に半透明のウインドウが表示され、詳細情報が明らかになる。


「ひゃあっ!?」


 驚いてまたもや頭を打ったので、少しだけ痛かった。

 それはともかく、ウインドウは前世に使っていたインターネットのホームページに似ている。

 けれど、さらに高度で洗練されているようだ。


「ああ、お決まりのアレね」


 私もそれなりに異世界転生モノを知っているので、神様がくれた転生特典を把握するのも早かった。

 なので呼吸を落ち着けて状況を分析しつつ、今はただ使いこなすことを考える。


「ふむふむ、なるほど。考えただけで操作できるんだ」


 私は棺に寝かされて両手足を動かすのも難しいが、半透明のウインドウは思うがままに表示が切り替わっていく。


 しかも何故か、私の思考中はデジタル時計が全く進んでいない。


「何これ? 処理落ち? バグ?」


 ゲームやPCで良くある処理落ちなのかは不明だ。

 けれど、集中して考えると時間が停止して、気を緩めると普通に時が流れる。


 棺の中は狭くて真っ暗闇で昼も夜もないし、現実に反映されているかを確かめるのは難しい。


 なので、取りあえず今は気にせずに先に進めることにした。


「へえ、ここはアトラス大陸で魔法王国の首都なんだ」


 思考操作で詳しく調べていくと、今自分が居るのは首都のゴーレム生産工場で地下は倉庫として利用している。

 ちなみに私はワンオフモデルとして、そこで保管されていることが判明した。


「つまり私は、ゴーレムに転生したの!?」


 今までに判明した情報から予測すれば、九十パーセント以上の確率でゴーレムだと表示されて、微妙な顔になってしまう。


 前世の私の頭は良くも悪くもない平均だったが、先程から知らないはずのデータが出てきて今も色々助けられている。

 そう考えると、自分の中に高性能コンピュータが内蔵されているようだ。


 これもゴーレムに転生した影響なのかなと実感させられるが、人間らしく振る舞えるのもおかしいように思えた。


 そこで私が、さらなる情報開示を求める。

 ワンオフモデルの詳細を出すようにと念じると、半透明のウインドウに自分の詳しい身体スペックが表示された。


「何これ!? 幼女じゃん!」


 容姿は日本で女子中学生をしていた私とは、大きく異なっている。

 具体的には小学生低学年に若返っているうえに、今は全裸だ。


 ついでに顔立ちが整っていて、髪は胸に届くまで長く伸びている。

 肌の色はやや白い以外はあまり変わらないが、髪色は黒ではなく緑だ。


「葉っぱの色?」


 根本は緑だが、先に向かうほど薄くなっている。

 私は何となく、葉っぱの色に似てるなと思った。


 そして透き通っていて鮮やかで綺麗なだけではなく、試しに指先で触れると絹のように滑らかだ。

 世の大半の女性が羨ましがりそうな艶やかな髪を手に入れたらしい。


 それに容姿は、大変可愛らしい。

 まさに絶世の美女……ではなく、美幼女であった。


「しかも三角耳だし、何で?」


 ファンタジー世界のエルフ耳だ。

 子供なので少し小さめで緑の髪に隠れているので、一目では気づかないこともありそうだ。


 色々と衝撃的な事実が明らかになったが、ゴーレムでも人間タイプならまだマシだ。

 そう前向きに考えて何とか気持ちを落ち着かせ、次の情報を閲覧する。


「外見情報はこの辺りにして、……次は能力を」 


 身体スペックはどうかと言うと、私は食物ではなく大気中の魔素を自動的に取り込み、体内の核に蓄えることができる。

 おかげで半永久的に活動が可能なようで、吸収や変換効率や蓄積量も桁違いだ。


 実際にどのぐらい凄いかは、他の基準がわからないので判断のしようがない。

 けれど、無限の魔力と言っても過言ではないらしいため、まあ悪くはないだろう。


 続けて別の項目に目を通すと、先程のバグらしき力が判明する。


「へえ、さっきのアレは思考加速なんだ」


 人間を遥かに越える思考速度を持ち、集中すれば停止した時間の中で考えることができる。

 さらに肉体から意識を切り離し、仮想空間でタスク処理を行うことが可能らしい。


「仮想空間? 何それ?」


 仮想空間や意識を切り離す能力が、ちょっと良くわからない。


 それに素早く考えることができても現実の肉体は非力な幼女なため、高速で動けたり強くなれるわけではない。


 使い方によっては強いけれど無敵ではなさそうだと思いつつ、次の説明を読み進めていく。


「ええと、……他には」


 自己修復機能もあって病気にはならないし、怪我も短時間で治るらしい。


「怪我か。ゴーレムでも血が出るのかな?」


 私はここであることか気になり、試しに心臓に手を当てて目を閉じる。

 すると、どれだけ待っても鼓動を感じ取れない。


 この事実を確認したことで、自分は本当にゴーレムに転生したのだと否応なしに実感させられた。


「そっかぁ。人間辞めちゃったんだ」


 けれど見た目は人間の子供で前世と同じように体を動かせ、五感はそのままだ。

 そして肉体が変わったことに戸惑っていると、何故か目の辺りから水滴が溢れた。


「……涙も出るんだね」


 思えば前世の私から完全に別人になっただけでなく、家族や友人とは二度と会えないのだ。

 転生する前から覚悟はしていたはずなのに、今は元の世界に帰りたいと強く思ってしまう。


 どうにも感情の制御ができず、サファイアのような色をした綺麗な瞳から大粒の涙が、止めどなく溢れてくる。


 口内も濡れているし体温もあった。

 心臓の位置には核となる魔石があり血ではなく魔力が循環している。


 だがそんな自分が、人間の子供と同じように振る舞えるのは、何だかとても不思議に思えたのだった。

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