第6話 フレンド登録
もしステータスを見える人が他にもいるなら、
誰かとフレンド登録をしてみようと思った。
西の事務室へ戻るとみんなはまだあの状態のままだった。
窓の近くで固まっていた女性達の中からお目当ての女性社員さんを見つけた。
中松あつ子さん。
中松さんは目がパッチリとした可愛い女の子だ。
いや、女の子というのは失礼か。
既婚で現在妊娠中のママさん社員。
しかもあの「仕事嫌い」な大勢の社員の中で珍しく「デキル」社員さんなのだ。
彼女は2年前に異動してきたのだけど、何でこんなショボイ部署に来たのか不思議なくらい仕事が出来る社員だった。
仕事ができてかつ美人なので、やっかまれて営業所でイジメにでもあったのだろうか?
美人な見た目に反して性格は面白くてすごくいい子なのに。
あ、おじさんにやましい気持ちはないよ。念のため。
中松さんは派遣(俺)を目の敵にしない数少ない社員のひとりだ。
過去に数回ランチを一緒にとった事もある。
その時、彼女のダンナがネトゲにハマっていて自分にもやらせようとしていると話題に出た事があった。
俺はこの職場ではネトゲどころかゲームもアニメもマンガも知りませんという一般市民を装っていた。
ただでさえ「男のハケン」というだけで皆に叩かれているのに、さらに「ドクシン」「トシヨリ」と三重苦で、そこに「オターク」が入った日にはもう目も当てられない。
なので中松さんのダンナさんの話もその時は「へぇ〜」と軽く聞き流していた。
そもそもこの職場はプライドが高い人が多い。
企業自体が大企業と言うこともあり、当然社員達もそれなりの経歴をお持ちだ。
どこぞの有名大学を出ただの、知り合いに有名人がいるだの、外国人の友達がーとか、子供は留学してますーとか、TVもNHK以外観ないわーとか。
とてもじゃないがネットゲームの話ができる人などいそうになかった。
だからステータスの話をそれとなく振れるのは、旦那さんに付き合ってゲーム経験がありそうな中松さんくらいしか思いつかなかった。
「中松さん」
チョイチョイと手招きし窓際から後ろの方へと小声で呼び寄せた。
中松さんは歩きながら高い声をコロコロと響かせて俺の方へ歩いて来た。
「これ、いったい何なの!どうなってるのー」
「だよねぇ」
混乱気味の中松さんにとりあえず同意をしておく。
俺の中では『異世界転移して今、森の中』説がほぼ決定なのだが、一般の人への説明は難しい。
「あのさ、変な事聞くけどさ、 『ステータスオープン』って言うと目の前に何か出てくる?」
「え?なに?」
「とりあえず ちょぉっと『ステータス』って言ってみてもらっていいかな?」
「? ステータス?」
不思議そうな顔をしながら口にした直後、大きく目を見開いた中松さんが叫んだ。
「何コレ!何コレ!何コレ! なんか出た!何コレェー」
うん。気持ちはわかるけどね、大きな声で叫びすぎだよ?
こっそり試してもらいたかったからそっと呼んだのに、中松さんのよく響く高い声でフロア中のみんなが注目してしまった。
さらに中松さんが、
「ステータスって言ったら目の前に何か出たあー」
と叫んだもんだから、そこら中でみんなが言い始めた。
「ステータス?」
「ステータス 何だこれえ」
「ステータス!わわっ!」
「何これ どーなってるの」
「え?何?ステータス?」
そこら中でステータスの大合唱になったよ。
おかげでステータス画面は自分以外の皆んなも見る事が出来るとわかった。
中松さんの横に来ていた大森さんにも聞いて見た。
大森さんは入社2年目、うちのチーム(6係)で一番若い女の子。
細くてか弱そうな美人さんだ。
大森さんは半年前に異動してきた社員さん。
異動の理由が身体を壊して だったか。
2年目の女の子が身体を壊すって、どんだけブラックなんだよ、この会社。
「目の前にどんなのが出ました?」
大森さんにも聞いてみた。
「名前大森ゆい 年齢24 職業、スキルはブランクです〜」
大森さんが宙を見つめながら答えた。
他人からはステータス画面って見えないんだな。
すると今度は中松さんが、
「私、職業が騎士って出てるんだけどー 何コレ 騎士って何」
「きしですか? 職業が?棋士? 将棋の?」
宙を見つめていた大森さんの視線が中松さんに移った。
「違う違う 将棋じゃなくて 中世の騎士の方」
「何で職業が騎士なんですか?」
「知らなーい」
中松さんと大森さんの視線はお互いの顔を見たり、宙(ステータス)を見たりと忙しく動いていた。
やはりそうか。
中松さんはダンナのネトゲに付き合ってゲームをやった経験があるから、もしかしたら何か出るかもしれないと思っていた。
ステータス画面が俺がやってたゲームにソックリだったら『俺だけチート』だと思ったが、あまりにもシンプルな画面だったのでもしやと思ったのだ。
それとさっきの『ステータス』大合唱でゲーム経験の有無に関わらずステータスが見える事はわかった。
大森さんはネトゲ未経験なので職業やスキル欄がブランクなのだろう。
自分だけ特別にステータス画面が出現したのではなかったのはちょっとがっかりだったが、情報が共有できる事への安心感はあった。
いや、だって現実に(現実?か知らんが)異世界転移だぞ?
いや、異世界かどうかも知らんが。
俺だけステータス画面あるー!魔法使えるー!わーい
とか、喜ぶわけないだろう。
何じゃこれ状態が今のおれ。
ひとりでなくてよかった。
周りに人がいてよかったって思う。
「名前、年齢、職業、スキルの他に何かある?」
宙をみながら混乱ぎみのふたりに聞いてみると、中松さんが右下の三角マークに気がついた。
「フレンド マップ アイテム パーティ クランってボタンが出たー。何これ、ゲームみたい」
「私 次画面には フレンドしかないです〜」
ん?
という事は、フレンドは全員あるわけか。
マップ、アイテム、パーティ、クランはゲーム経験者だけなのか?
「フレンド押すと何か出る?」
ふたりに振ってみる。
ふたりとも、「メール、念話、登録、解除」の4つのボタンがあるだけだそうだ。
フレンド一覧は空欄だったようだ。
よかったぁ。
俺だけ「友達いない」んじゃないよね。うん。
とりあえず「登録」ボタンを触ってみると目の前(空中)にターゲットカーソルがあらわれた。
中松さんにカーソルを合わせて指でプンと押してみた。
空中だから押した感がないが‥‥‥。
「鹿野さんからフレンド申請きたーーー。承認っと」
中松さんが承認すると俺の画面のフレンド一覧に
ナカマツアツコ
と名前が出た。
続けて大森さんにも登録をプツン。
大森さんからも承認ゲット。
ナカマツアツコ
オオモリユイ
一覧にふたりの名前が並んだ。
中松さんと大森さんが互いに登録している間に今度はメールを試してみた。
「メール」ボタンを押すと文章の入力画面が現れたが、
キーボードが見当たらない。
文字はどうやって打てばいいのだろうか?
「なぁ、中松さん。メール打つのにキーボードが見当たらないんだけど、わかる?」
中松さんに話しかけたとほぼ同時に突然頭の中に声が響いた。
いや、頭の中というよりヘッドフォンをつけて多重音声で自分の周りから聞こえているような?
『もしも〜〜し 聞こえますかー 念話してみたー』
『念話って何ですか〜?聞こえますか〜?』
中松さんと大森さんの声がふたり同時にかぶさった。
慌てて俺はふたりへ「念話」ボタンを押してみた。
『ふたりにチェック入れたら三者会談が出来るっぽい?』
『おおーなるほど』
『中松さん 鹿野さん 聞こえますか〜』
『はーい 聞こえるー』
『聞こえるよー』
ふむ、音声チャットのようなモノか。
しかし、周りから見たら、俺達3人が黙って見つめあってるようにしか見えないよな。
ある意味、究極の内緒話だ。
『メール打ちたいんだけどキーボードが見当たらないんだ』
『あ、ホントだ。何処かに隠れてるのかなー』
『ないですね〜』
『この念話って、頭の中で考えた事を相手に飛ばしているのかなー』
「あー、わかったぞ!」
「鹿野さん、それ、声に出てますから」
「中松さんも声に出てます。って私もですけど」
念話に慣れていない3人はつい声を出して話してしまう。
「メールの入力も頭で考えた事が画面に出るんじゃないかな?ちょっと試す」
急いでメール画面を開き、テステスと頭で考えてみたら、文章画面に『テステス』と文字が出た!
送り先をふたりにチェック入れて、送信ボタンを探したが無かったので、これまた心の中で『送信』と念じてみた。
「メールきたー」
「鹿野さんからメール来ました〜」
ふたりに届いたようだ。
ステータス画面のフレ登録にメールに念話。
スマホは圏外だけど、この世界でのスマホ代りが見つかりホッと一安心。
俺たちの会話を聞いていた周りは、真似をしてフレ登録やメールを試し始めていた。
中松さんや大森さんのところに入れ替わり立ち替わり社員達がやってきては、フレ登録の申請をしていた。
俺もここにいるのだが派遣はスルーなのか、誰も俺にフレ申請をしてこなかった。
いいけどね。
部長から、各係でフレンド登録をし合うようにと指示が出た。
俺のいるこの部署は部長・副部長を含むと102人の社員がいる。
1係から6係まで六つのチームに分かれていて、社員とパートが半々くらい。
おっと、今は「パート」と呼んではいけないらしい。
「パート」は差別用語らしい。何故だ。
俺は6係に所属していて、係内どころかこの部署内でもたったひとりの派遣だった。
6係の島係長を探してフレ申請を送ったが、なかなか承認されなかった。
後回しにされるのはいつもの事。
そのうち承認されるだろう。
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