第4話 これ異世界転移じゃね?

つまり、これって、まさかと思うけど、

22階だけがビルからスッパリ切り取られて、ジャングルの中に落ちてる?

ふぁ?


いやいやいやいや、何を言ってるんだろうな、俺。



確認の為、23階へ上がる階段を登れるところまで登ってみた。

そこからは外が見えた。

やっぱりこのフロア(22階)は地面の上にあった。

窓から見えたのは、1階から22階まで伸びた異様に長い木々ではなくて、地面から生えたまぁそれなりに育った木々であった。


木の高さに安堵したが、それ以前に職場の目の前にあった日比谷公園はこんなにジャングルじゃなかったよな?


そもそも、1〜21階と23〜40階はどこ行ったんだよおおおおお!

俺の派遣先って一階の平屋建て……だったっけ?

40階と思い込んでいただけか?


いやいやいや?

ふう、ちょっと落ち着こうか、俺よ。




自分の席に戻ってきたが、フロアのみんなは相変わらずだった。

ポカンと口開けたまま窓に張り付いて凝視している人。

何で?何で?と引きつった声を上げ続ける人。


ひとりが携帯を取り出し、たぶん家族に電話をかけようとするとまわりに感染したようにみな携帯を取り出しかけ始めた。

しかしすぐに、


「圏外!」

「ちょっと!何で通じないの!」

「かからない!何で!何でかからないの!」

と、あっという間にパニックも感染していった。


まぁ俺も内心はパニクってますがね。

一緒にパニクっても進展はない。

そうだ!あそこへ行こう。


資料庫。


自席近くの西の非常階段とは対角線上にある東の非常階段の隣にある資料庫。



普段から面倒な仕事が大嫌いな社員達は、雑用は全て派遣である俺に押し付けていた。

その雑用の中でも、事務室から一番遠い資料庫での資料整理・収納・管理は特に誰もやりたがらず、10年来俺専門の仕事になっていた。

なので、資料庫に社員達は全く近寄らない。


最初に資料庫に連れていかれた時は驚いた。

ゴミ倉庫か!ってくらいに汚かった。


そこかしこに山積みされ潰れかけた段ボール、直接積まれたヨレて破れた黄ばんだ資料、足の踏み場はなく、今にも雪崩が起きそうだった。

掃除どころか突っ込んで放置を繰り返していたようで、ホコリも溜まり放題。

しかも窓がないせいか、段ボールの山が部屋の照明を遮り、部屋が薄暗い。

壁に設置された換気口も塞がれているな。


「ここの整理がアンタの仕事ね」


ふあい?


派遣されたばかりの俺に下された最初の試練。

しかも、これは仕事の合間にやる事で、毎日の事務も山ほどあった。

さらに「派遣は残業代高いから残業禁止ね」だそうで、毎日大量の事務の合間に資料庫の片づけ。

ブラック企業かぁ!


派遣される直前に派遣会社の営業さんに言われた。

「派遣の子、続かないのよね〜」

この会社の人事の人に言われた。

「派遣さんすぐ辞めちゃうんだよねー」


…これが原因だろ。


まあ、俺は試練に燃えるタイプなのでやりましたよ。

ちょっとでも時間があると資料庫に飛んでいって、片っ端から整理、掃除、整理、掃除、分類、管理!


そうこうしている間に何かこの部屋にも愛着が湧いてきて、ここにくるとホッとできる自分の私室みたいな感じになった。

資料庫は、ある意味俺の憩いの場所になったのだった。


とりあえずその資料庫でちょっと気持ちの整理をしよう。


真っ暗な廊下を壁伝いに歩き、エレベーターホールを横切って東の端っこの部屋へ入った。


真っ暗だ。

そう、この部屋は倉庫だから元から窓は一切なく、照明をつけないと真っ暗なのだ。

その部屋の照明が今は点かないので真っ暗だ。


でも大丈夫。

勝手知ったる俺の部屋。

棚やキャビネットの間をぶつかることなく暗闇の中移動して、お目当のキャビネを開けライトを取り出した。


そう、ライト。

ふふふ。

実はこの部屋のキャビネットには秘密で(もちろん勝手に)私物を溜め込んであるのだ。


数年前の大震災の時に派遣に対する対応が酷かったので、俺は自分で手を打つことにした。


そもそも社員達は皆さん都内にお住まいのセレブリティで、通勤も30分以内と羨ましいくらいに近い。

震災で交通がストップした時も社員のほとんどが何とか歩いて帰宅出来たようだ。

だが川を何本も渡る片道二時間の俺にとって帰宅は難しく、あの時は職場に泊まるしかなかった。


大企業として災害用の蓄えはあったはずだが、22階フロア(うちの部署)の総務の社員さんが帰ったもんだから災害用の備品の支給はしてもらえなかった。


水も食料も毛布もない。

仕方なく付近のコンビニを何軒か回ったけど、品切れ状態でかろうじて入手出来たのはポテチのみ。

それをパリパリ囓った思い出が…。


しかも、エレベーターが止まったままだったから、22階から1階まで降りるのが大変だった。

そして登るのはもっと大変だった。


だもんだから、「自分の身は自分で守ろう」と、

その時誓ったのだった。


日々こっそりと物品を資料庫に保管して行った。

防災グッズは勿論のこと、飲み物、食べ物、衣類に雑貨、

この数年間でかなり揃えたよ。


いつ大地震が来て帰宅困難になっても、3ヶ月、いや、半年は泊まれる感じだな。

この倉庫広いからなー。(そう!片付けたらかなり広い部屋だったのだ)

というわけで、仕舞ってあった防災用のライトを出して、ポチっとつけた。


はぁ、何かキャンプみたいで落ち着くなぁ。(俺、キャンプした事ないけど)

さて、いったい何があったんだ。


もはやテロでない事は明白だ。

40階建てのビルの22階だけを残して上下を吹き飛ばすなんて器用なテロは聞いたことがない。

フロアの周りをジャングル化するなんて、テロというより緑化のボランティアだよな。



さっきから、

まさかな、まさかな、と思いつつ、アレかなぁって…。

いや、まさかね。



異世界へ転移なんて、ま・さ・か、なぁ?



4,5年前からちょっとハマり出した小説の異世界転移モノが、

さっきから頭の隅を行ったり来たりしている。


だけどアレは、トラックに跳ねられたり、神様に会ってチート貰ったりして異世界に飛ばされるんだよな?

俺のは職場で気絶だし、しかも職場のみんなも一緒にだし。

ただの地域的な失神ですよね?ですよね?


自分しかいない資料庫で、誰に向けて問いかけているのだ。

そんなに"異世界転移"かどうか気になるなら、

ほら、アレ、いっとくか?


ここなら誰にも見られないから、アレ、いってみるか。

俺は立ち上がり叫んだ。



「ステェタス!オォープン」



なぁんてね。

出るわけないじゃん、

出るわけ‥‥




出たああああああああ!!!

ステータス出たああ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る