婚約破棄され国王殺しの罪を着せられそうになった私を救ったのは王宮医師団の青年でした

銀野きりん

第1話

 オルマイヤー国王が主催する舞踏会で、その事件は起こった。

 第一王子であるトーマスがホールの中央に進み出るとこんなことを言い出したのだ。


「ソフィア、君はとんでもないことをしてくれたんだな」


 ソフィアとは、私の名前である。

 トーマス王子の婚約者である私は、王子の突然の言葉に驚くしかなかった。


「ソフィア、そんなところに隠れていないで私の前に出てこい」


 トーマス王子は私をじっと睨みつけ、厳しい口調で声を荒げる。

 私は言われるがまま、王子の前に進み出た。いつもなら王子の婚約者である私は、王子の横に並んで立つのだが、今日に限っては彼と顔を向かい合わせ、対峙した場所にいる。


 いったい何があったのだろうか?


 声の調子から、明らかに王子は私に対し良からぬ感情を持っている。良からぬどころか、怒り狂っているようにも見える。


 ただ、私は王子のことをよく知っている。曲がりなりにもこの三ヶ月、婚約者として側にいた身である。王子は、頭の回転は早いのだが、決して人格者とは言えない人物である。特に、人の不幸に対して極度に喜ぶところがあり、その権力を振りかざし、多くの人を陥れては影で笑っているようなところがある。

 気に入らない人物がいると、皆の前でこうして激しく怒っているような演技を見せるのも、お手の物である。それが王子のいつものやり方だった。

 そして今、どうもその攻撃目標が私に向けられているようだった。


「スタンメリー公爵家令嬢のソフィアに告ぐ、お前との婚約はこの瞬間をもって破棄させてもらう」


 トーマス王子の言葉で、舞踏会に出席していた貴族たちがどよめき、皆の視線が私に集中した。


 私は「婚約破棄」という厳しい言葉を投げつけられ、愕然とした。けれど、薄っすらとだが、いつかはこんな日が来ると予想していた。

 なぜなら婚約してからの三ヶ月、王子は全く私に話しかけてこなかったからだ。会話はわずかに、私からの言葉に返事をするのみで、王子から私に話しかけてくることは一切なかったのだ。


「この女は、父であるオルマイヤー国王を騙して私に近づき、このスタインリー王国を乗っ取ろうとしているとんでもない魔女だ」

 王子は人差し指を私に向けて声を荒げた。


「ど、どういうことでしょうか」

 あまりに予想外の言葉に私は絶句した。

 王子は、私がオルマイヤー国王を騙したと言っている。私にはその言葉に心当たりがまったくない。

 私は、オルマイヤー国王を助けたあの夜のことを思い出した。


  ※ ※ ※


 三ヶ月前のことだ。その日は今日と同じように国王主催の舞踏会が開かれていた。舞踏会が佳境に入ったころ、事件は起こったのだ。ワインを手にしたオルマイヤー国王が、急にワイングラスを床に落としたかと思えば、口から泡を吹き悶絶し始めたのだった。


 場内は騒然とし、誰もが慌てふためいている中、私は本能的に立ち上がり国王のもとに駆け寄った。


「あなたは?」

 国王に近づこうとする私に、従者がたずねてきた。

「ソフィアと申します。救命魔導師の資格を持っています」


 従者は私の言葉を聞き、どう対応したらいいのか迷っている様子だったが、ことは一刻を争うと思った私はそのまま従者の腕をくぐり抜け、倒れている国王の横にひざまずくとその手をギュッと握ったのだった。


「オルマイヤー国王、お気を確かに!」


 私はそう声をかけながら、急いで回復魔法を施した。

 粒子のような白色の光が、私の手を伝い、国王の身体に流れ込んでいく。


 おそらく、毒にやられているんだわ。

 そう予想した私は、解毒魔法を強化した。


 今にして思えば、宮廷医師団でもない私が、しゃしゃり出て国王に回復魔法を行うなんてとんでもない事だ。一歩間違い、国王が死のうものなら、私もその責任を負わされることになったかもしれない。

 しかし、そんなことを考えている余裕はなかった。

 救命魔道士の資格を持つ私が、何もしないわけにはいかないという使命感で、無意識に体が動いていたのだった。


 気を集中させ、私は解毒を強化した回復魔法をかけつづけた。ただ、回復魔法というものは、私たち魔法使いにとって、急激に魔力を消費してしまう危険な術でもある。あまり長時間かけ続けると、こちらの命まで危うくなるような魔法だった。救命を行うには、自分の命を落とさない術を習得している必要があり、そのためにも「救命魔道士」という資格が存在しているのである。


 結構強い毒をもられているのかもしれない。

 そう思った私は、なかなか目を覚まさない国王を見ながら魔力を強化した。これ以上超えてはいけないぎりぎりの線で行っていたつもりだが、少し限界を超えてしまったのかもしれない。


 すうっと目の前が真っ暗になり、その後の記憶が無くなってしまった。


 気がつくと、私は王宮の一室にあるベッドで横になっていた。

「私、どうしたのかしら」

 目を開け、そうつぶやいてみると、一人の男性が私の視界に現れた。

「やあ、目が覚めたんだね」

 男性は整った笑顔を私に向けてきた。

「あなたは?」

「私は宮廷医師団のバイロンスターというものです」

「バイロンスターさん……」


 年の頃は私と同じくらいだろうか。医師団を示す白色の制服に身を包んでいる。くっきりとした目が輝いており、俳優としても充分に生きていけそうなほどの男前である。

「眠っている間に、君のことは調べさせてもらったよ。救命魔道士のソフィアさんだね」

 バイロンスターが「救命魔道士」という言葉を使ったことで、記憶がよみがえってきた。私は国王を助けようとして、自分の魔力の限界を超えてしまい、その場に倒れてしまったのだ。


「国王は、オルマイヤー国王は無事だったんですか?」

「うん、無事に意識を取り戻された」

 バイロンスターは言葉を続けた。

「ソフィア、君のおかげだよ。君の勇気ある行動が国王を救ったんだ。一刻を争う時に、君の正確な判断がなかったら、国王はきっとお亡くなりになっていただろう」

「そうですか、よかった」

「それにしても、よくあの状況で毒が原因だと判断できたね」

 そう言った時のバイロンスターの目が鋭く光った気がした。

「ええ。毒の症状は分かりにくいと聞いていたので、日頃から文献でいろいろ調べていたんです。でも最後は自分の勘で解毒魔法をかけました」

「最後は勘か。その勘が見事に当たり、国王の命を救ったというわけなんだね」

 バイロンスターはそうつぶやくとニッコリと笑った。魅力的な明るい笑顔だった。

「ソフィア、ここでしばらく休み、君の魔力と体力がちゃんと回復したら、またいろいろとたずねたいことがあるのだが、いいかな」

「ええ、もちろん構いません」


 バイロンスターはしばらく私を一人にして休ませると、言葉通り再び部屋に姿を現し、いろいろなことを質問してきた。ただ、その内容はどうでもいいような世間話が主だった。男前の青年と二人っきりで話をするのは嫌じゃなかったけど、会話の目的を知りたくて聞いてみた。


「あなたは、なぜ私から話を聞こうとされているのですか?」

 バイロンスターは真面目な顔で答えた。

「国王を暗殺しようと企んでいる人間がいる。それを僕は調べているのさ」

「王宮医師団のあなたが、そんなことまで調べているの?」

「僕も一応は魔法使いの端くれだ。今回の毒は魔法薬の一種だとわかったんだ。なので魔法使いでもある僕が事件を調べる任務を負ったのさ」

「魔法薬……」


「で、ソフィアは魔法薬にも詳しいのかい?」

 その質問でやっと分かった。

 私……。

「私、容疑者のひとりなんですか?」

「いや、あくまで関係者全員に話を聞いているだけのことだよ」

「でも、私、決して国王に魔法薬など盛っていません」

「うん、わかっている。ソフィアと話していて、君が事件には関係がないことはよくわかった。なので安心してくれていいよ」

「そう、その言葉でホッとしました」

「君を不快な思いにさせてしまったね」

 バイロンスターは申し訳無さそうに頭を下げた。

「では、私は無罪放免で、もう家に帰ってもいいのですね」

「ああ、ただ、家に帰るのはちょっと待ってほしいんだ」

「どうしてですか?」

「国王が、オルマイヤー国王が君に会いたいと言っているんだ」

「国王が、私に?」


 そうして私は国王と面会することになったのである。

 国王は私と会うと、たいそう私のことが気に入った様子だった。そしてこともあろうか、自分の息子である第一王子のトーマスと婚約を結ぶようにと王命を下したのだ。

 正直、トーマス王子とは直接話したこともないため、こんな婚約は即刻お断りしたかったのだが、王命ともなればそうはいかなかった。王命を破れば、自分一人が罰せられるだけでは済まない。家族にまで迷惑がかかる問題になってしまう。そのため、私は不承不承で、その婚約話を受けるしかなかったのだった。


  ※ ※ ※


 そして今日、国王主催の舞踏会の場で、私はトーマス王子から婚約破棄を言い渡されたのである。

 婚約破棄だけではない。トーマス王子は血相を変えて、私を非難してきた。

 彼によると、私は国王を騙し、この国を乗っ取ろうとしている魔女だと言うのだ。


「私はソフィアが犯人であるとんでもない証拠をつかんでいる」

 王子は私を睨みつけ、そう声を上げたのだった。


 犯人とは何のこと? 国王を騙すとはどういうこと? 王子はどんな証拠を握っているというの?

 私には皆目見当がつかなかった。

 私は毒を飲まされ倒れた国王を、解毒魔法で救っただけなのだ。それ以上でも以下でもない。そんな私が、なぜ王子から怒鳴りつけられる必要があるのだろうか。


「ソフィア、貴様の企みはすべてお見通しだ。もう観念するがいい!」

「いったい私が何を企んだというのですか? 私にはまったく心当たりがありません」

「白々しい!」

 王子はわざとだろうが、会場にいるすべての人に聞こえるように声を張り上げた。

「ソフィア、お前が国王に毒を盛ったのだ! お前がその犯人だ!」

 その瞬間、場内の貴族たちがざわつきはじめ、皆が私を注視しはじめた。なんだか疑惑の目が集中して私に向けられているようだ。


「私は決してそのようなことはしておりません」

 本当は私も声を張り上げたかったが、実際は蚊の泣くような声でそう答えるしかできなかった。

「しらばっくれても無駄だ! ここにいるソフィアは、王に毒を盛り、自分の疑いを晴らすために急いで王のもとに行き、回復術をかける演技をしていたのだ。たまたま王が助かったので、助けた手柄までこの女は持っていったのだ!」


 なんという作り話だろうか。よくもまあ、そんなことを思いつくものだ。

 私は会場奥に設置されている国王席に目を向けた。

 オルマイヤー国王は、じっと黙りながら、私とトーマス王子のやり取りを聞いていた。

 言いがかりにも程があると思った私は、今度こそ声を張り上げた。

「証拠は、何かあるのですか?」

 その言葉の答えを、周りの聴衆たちもかたずを飲みながら待ちわびていた。そんな空気がピリピリと伝わってきた。

 そして王子がニヤリと笑った。


「証拠を今から見せてやる」

 王子は会場の奥に目を向けると一人の女性を呼び出した。

「ロゼリーヌ、こちらへ来てくれ」

 呼ばれた女性は、特に表情も変えず、当たり前のように歩きはじめ、トーマス王子の横にぴったりと立った。背がスラッとした美女だったが、どことなく冷たい感じがする女性だった。


 私はあることに気がついた。それは、王子とロゼリーヌ、二人が並ぶ距離がやけに近いということだ。私もそうだったが、普段、王子の横に立つときは、恐れ多いことでもあるため、ある程度の距離は保つものだ。しかし、ロゼリーヌは国王夫妻が取るような距離感で立っている。その姿に違和感を感じずにはいられなかった。


「ここにいるロゼリーヌは、魔法薬の知識に長けた特級魔法使いだ。実は今回、国王に毒を盛った人物を、秘密裏に捜査していた。そして、今日、犯人を判別することができたのだ。ロゼリーヌ、君の口からも犯人が誰かを説明してくれないか」

「わかりました」

 ロゼリーヌは冷ややかな目で私を見た。


「犯人は、ここにいるソフィアに間違いありません。今、皆様にその証拠をお見せします」


 私は急な展開に頭がついていけずに、じっとロゼリーヌの言葉を聞くしかできずにいた。静まり返った場内で、ロゼリーヌは言葉を続けた。

「今から私が、ソフィアのドレスに隠されたものをお見せします。ソフィア、そこから動かずにじっとしていなさい」

 そう言うとロゼリーヌはつかつかと私に近づいてきた。そして私が着ているパーティードレスの腰にあるポケットに手を入れてきた。


「な、何をするの?」

 私は思わず声を出す。

「黙りなさい!」

 ロゼリーヌは声を高めると、さっと私のポケットから何かを取り出した。

「皆様、これをよく見てください!」

 舞踏会に参加しているすべての人の目が、ロゼリーヌが掲げる右手に向けられる。ロゼリーヌは私のポケットから取り出した小さな何かを持っていた。

「これは」

 ロゼリーヌは手に持つ物を皆に見えるように人差し指と親指でつまんで見せた。

「これは、魔法薬です。しかも、ただの魔法薬ではありません。人を殺してしまう毒薬なのです」

 場内がざわついた。


「この女、ソフィアはこんな毒薬を隠し持っていました。私は特級魔法使いとして、魔法薬の知識にも長けています。その私が断言します。この薬は前回オルマイヤー国王暗殺の際に使われた魔法薬と同じものです。今回もこの女はこの毒薬を隠し持ち、再び国王の暗殺を企んでいたのです!」


 何ということだろう。私はロゼリーヌが持つ魔法薬にまったく心当たりがなかった。もちろんパーティードレスのポケットになど隠し持ってもいない。

 では、なぜ、こんな毒薬が私のドレスから出てきたのだ?

 そう考えた時、一つの答えが出てきた。

 私はその答えを皆の前で述べた。


「こんな魔法薬、私は知りません。これは、誰かに仕組まれたことだと思います。誰かが私を王様殺しの犯人に仕立て上げようとしているのです」

「ソフィア、見苦しいぞ!」

 トーマス王子が冷たい鉄仮面のような顔を向けてきた。

「こうして証拠は上がっているんだ。国王殺しの罪は重いぞ。最低でも終身禁固刑だ。お前は一生太陽の当たらない牢で暮らし、無惨に死ぬがよい」


 私は自分の末路を想像した。やってもいない国王殺しの濡れ衣を着せられ、無実の罪で暗い牢屋に閉じ込められている姿を。おそらくまともな食事も与えられず、人間らしい暮らしなど一切できなくなるのだろう。そして、そんな中で私は力尽きて死んでしまうのだ。


「ここにいるソフィアは、国王を殺そうと企てる恐ろしい魔女だ。当然私はこんな女との婚約はこの場で破棄する。そして、この場をかりて発表する。これからは、隣りにいる真犯人発見の功労者でもあるロゼリーヌを新たな婚約者とすることを皆に伝える」


 なんということだろう。いったいどうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 婚約破棄はこちらも望むところだが、このまま私は誰かの敷いたレールに乗せられ、牢獄送りになるというのか。

 私は一縷の望みを持って王族席の奥に座るオルマイヤー国王に視線を向けた。国王なら分かってくれるのではないだろうか。私に対してあれほど感謝してくれていた国王なら、私が犯人ではないと気づいてくれているのではないだろうか。そう思い、国王の表情を伺ったのだった。

 しかし、国王は全くの無表情で座っており、その顔から何かを読み取ることはできない。


 もう私は、このまま国王殺しの罪を着せられ、捕らえられるしかないのだろうか。

 そう観念しかけている時だった。


「ちょっと待ってください!」

 そう声を上げる人物がいた。

 私は声の主に目を向けた。すると見たことのある一人の男が私たちの前に進み出てきたのである。そう、そこに現れたのは私が国王を助けた際にいろいろ話を聞いてきた男だ。確かバイロンスターという名前だったはずだ。


「何しに来た、バイロンスター」

 トーマス王子が強い口調でそう言った。

 そんな王子の言葉に対し、バイロンスターは事も無げにこんな返事をしたのだった。

「まあ、そう熱くなるな、トーマス」

 トーマス?

 バイロンスターがトーマス王子を呼び捨てにしている。どうしてそんなことができるのか?

 私は事件の濡れ衣を着せられていることで、ただでさえ混乱している頭がますます回らなくなってしまった。


「実は僕も今回の事件については、いろいろと調べているところなんだ」

 バイロンスターは、すらっと高い身長から見下ろすようにトーマス王子を見つめている。

「ふん、犯人はここにいるソフィアと判明したんだ。もう、お前の出る幕ではない。下がるんだバイロンスター」

 トーマスはバイロンスターを睨みつけている。


「そういうわけにもいかない。実は僕にも犯人が分かってしまったからだ」


「なんだと!」


「今からその証拠をお見せしましょう」


 バイロンスターは姿を見せたときから、横に何やら大きな荷物を持っていた。彼はそのカバンを開け、中から大事そうにある物を取り出した。それは両手で何とか持てるような大きな水晶玉だった。

「この水晶玉がすべてを記録している。これは上級魔法道具の宝物である。今回は特別にオルマイヤー国王の許しを得て使わせてもらっている代物だ。この水晶を使ってこれから皆さんにある真実をお見せします」


 バイロンスターはテーブルの上に深紫色をした台座を置き、そこに水晶玉を乗せた。水晶玉に両手をかざすと、もやっとした映像が浮かび上がり、その映像が時間とともに鮮明さを帯びてくる。


「さあ、みなさん、これをよく見てください」

 水晶の中に一人の女性の姿が映った。

「おおっ」

 とどよめきが起こる。

 そこに映し出されているのは、先ほど私を犯人だと言い放ったロゼリーヌの姿があった。


 バイロンスターがスッと水晶に手をかざすとロゼリーヌの手がクローズアップされた。すると、その手に小さなある物を持っている姿が映しだされた。拡大が続くと、その持っている物がすぐに判明した。それは魔法薬だった。


 そのまま水晶の映像はロゼリーヌの姿を捉え続けている。彼女はゆっくりと私の側に近づいていく。そして脇を通り抜けながら私のドレスのポケットに自分の右手、すなわち魔法薬を持っている手を差し込んだのだ。

 その後、ロゼリーヌは私の横を何事もなかったかのように通り過ぎる。しかし、先程まで右手に持っていたはずの魔法薬の姿が消えている。クローズアップされた右手には、何も持っていない映像が映っていた。


 舞踏会場にいる人々がざわめき始めた。


「こんなもの、インチキだ! 作り物の映像に決まっている!」

 そう叫んだのはトーマス王子だった。

「いや、作り物なんかではない」

 バイロンスターがはっきりと断言した。

「ロゼリーヌ、君も特級魔法使いなら、この国宝級の水晶が映している映像が事実であり言い逃れできないものであることは、よく分かっているだろう。君は自分で隠し持っていた魔法薬を、そっとソフィアのドレスに忍び込ませたのだ」


「……」

 ロゼリーヌの顔は紅潮してしまい、手は震えてしまっている。


「ロゼリーヌ、国王殺しを企んだ罪が重いのは、さきほどトーマス王子が言った通りだ。君は一人でその罪を背負うのか?」


「……」


「罪を認め真犯人を自白したものは、減刑される制度を知っているだろう。さあ、皆の前で罪を認め、真犯人を教えてくれないか」


「惑わされるな!」

 トーマス王子は血相を変えて叫んだ。顔からは汗が吹き出ている。

「ロゼリーヌ、この茶番劇はお前を犯人に仕立てようとしている罠なんだ。なにも告白する必要などないぞ!」


「さあ、他人を犯人に仕立てようとしていたのはどっちなのか、この場ではっきりさせよう。ロゼリーヌ、魔法道具を使って君の口を割らせることも可能だが、できれば自主的に君の口から真実を聞きたい。真犯人を教えてくれないか」


「真犯人は……」

 もう観念したのだろう。ロゼリーヌの口が開いた。

「国王暗殺を企てた真犯人は、トーマス王子に間違いありません」


「何を言う! でたらめだ! この女は自分を守るために私を犯人扱いしているのだ!」

 トーマス王子は頭をかきあげ、唇をぎゅっと噛み締めている。


 ロゼリーヌは話を続けた。

「私も特級魔法使いの端くれです。何かあったときのために、トーマス王子とのやり取りはすべて魔導式報告書にまとめてあります。魔導式報告書は言うまでもありませんが真実しか書き込むことのできない報告書です。そこにはトーマス王子が国王暗殺を企て、私を将来の王妃にすると約束したことまですべてを記録しています。私に魔法薬を作らせ、暗殺に協力させようとしたこともです。それらすべての文言を、何かのときのために保管しております」


「今回、ソフィアを犯人に仕立てようとしたのはどうしてだ?」


「トーマス王子は自分に疑いがかかることを恐れていました。それで、国王の命を救ったソフィアを犯人にしようと企んだのです。王子には、ソフィアが自分の疑いを晴らす絶好の獲物に見えたようです」

 ここまで述べたロゼリーヌは何もかもを諦めたように目をつぶると、懇願するようにこう述べた。

「以上がすべてです。後ほど魔導式報告書は証拠としてご提出いたします。真実を話した私は、お約束通り、罪が減刑されるのでしょうか」


 バイロンスターはうなずきながらロゼリーヌの話を聞き終えると、彼女にこう伝えた。

「勇気を出してよく話してくれた。犯した罪に対し全てを免れることはできないが、減刑については確実に実施されることをお約束する」


「ありがとうございます。バイロンスター王子」


 バイロンスター王子?

 今、ロゼリーヌは確かにそんな言葉を使った。

 私は、今聞いた彼女の言葉に耳を疑った。

 王子……?

 私はすぐさま、バイロンスターに顔を向けた。彼は私の視線を捕らえると、整った笑顔でうなずいて見せた。


「すべてがインチキだ! こんなこと認められるはずがない! 第一王子の私に罪を着せようとしたお前らに、生きのびる道はもうないぞ!」

 トーマス王子が両腕を振り上げながら喚きたて始めた。

「ソフィア、バイロンスター、それにロゼリーヌ、お前らは全員死刑だ!」


 尋常でないトーマス王子の様子を、舞踏会場の全員が注視していた。

 そんな中、会場の奥に腰掛けていたオルマイヤー国王がゆっくりと席から立ち上がった。そして国王は威厳のある声を響かせた。


「見苦しいぞ、トーマス!」

 国王はじっとトーマス王子を見つめている。

「我が息子に命を狙われるとは、誠に情けない話だ。お前が国の実権を手に入れようとしていたことは以前から察しがついていた。だが実際に私を暗殺しようと企んでいたとは……。今回は暗殺未遂事件を解決するため、信頼の置ける王族の一人であるバイロンスターに事の詳細を調べさせていたのだ。しかし、我が息子のトーマスが事件の黒幕だったとは……。トーマス、もう言い逃れはできないぞ。然るべく処分が下されることを覚悟しておくがいい」


 その言葉を聞いたトーマス王子はその場で崩れるように両膝をつき、がくりと頭を下げた。


「さあ、トーマスはもう王子ではない。国王暗殺を企てた重罪人だ。その男を捕らえて牢屋に放り込んでおけ!」

 オルマイヤー国王の命令を受けて、従者たちがトーマスを取り囲んだ。身体を縄で縛り上げると、そのまま引きずられながら舞踏会場の出口へと連れられていった。


「助けてくれ! 俺は無実だ! 助けてくれ!」

 牢に連れられていくトーマスは最後までそう叫び続けていたが、彼が舞踏会場の外に連れ出されると、その声も段々と小さくなりやがて聞こえなくなってしまった。


「さあ、ソフィア、今回のことは本当に申し訳なかった。さぞかし辛い思いをしただろう」

 オルマイヤー国王が改めて私に言葉をかけてきた。

「いえ、今は真犯人がわかりホッとしています」


「それにしても国王」

 隣りにいたバイロンスターが口を開いた。

「どうしてソフィアのような素晴らしい女性を、国王に歯向かうトーマスの婚約者になどしたのですか? それではソフィアがあまりにもかわいそうな気がするのですが」

「その件も申し訳なかった。実は命を助けてもらったときから、私もソフィアのことがたいそう気に入ってしまったのだ。話しているとすぐに分かった。ソフィアは人を元気にさせる不思議な力を持っている女性だということを。それで、我が息子のトーマスと一緒にさせると、トーマスの暗く鬱屈とした心も、明るく開放されていくのではと一縷の望みを抱いてしまったのだ」

「でも実際は、婚約とは名ばかりで、トーマスはソフィアを陥れようとしていたのですよ」

「本当に申し訳ないことをした」

 国王はただの一貴族である私に深々と頭を下げた。

「お詫びのしるしと言ってはなんだが、ソフィアに一つ提案があるのだが」

「なんでしょうか?」

 私は恐る恐る聞いてみた。また、災が降りかかるようなことを言われるのではとビクビクした。


「もしよければ、ここにいるバイロンスター王子と婚約してみる気はないか?」


 えっ?

 私は思わず隣にいるバイロンスターを見た。彼は平然と立っている。

 国王は話を続けた。

「バイロンスター王子の気持ちはすでに聞いておる。今回は王命にするつもりはない。あくまで提案だ。どうだ、バイロンスター王子と婚約するつもりはないか?」


 いったい何の話をしているのか、これは私に関する話なのか、頭がショートしてついていけなかった。


「国王、この先は私の口から述べさせてください」


 バイロンスターはそう言うと私の目を見つめてきた。くっきりと整った目で見られると、自分の目のやり場に困る。


「ソフィア、一方的な提案をして本当に申し訳ない。けれど僕の心が完全に君に持っていかれているのも事実なんだ。明るくて真っ直ぐな性格の君が、僕の頭から離れなくなってしまっているんだ。でも、いきなり婚約などと言って驚かせてしまったね。今すぐ答えがほしいわけではないんだ。一度ゆっくりと考えて、私と付き合ってもいいかどうかの返事をいただけないだろうか」


 私は混乱した頭で、ただただ茫然とすることしかできなかった。

 何しろ三ヶ月前には王命でトーマスと婚約し散々な目にあったところだったからだ。


「ただ、僕の願いを一つ言ってもいいかな?」


「何ですか?」


 バイロンスターは澄んだ目を向け、やさしくはにかむように微笑みながらこう言った。

「今ここで、君とダンスをしたいんだが、受けていただけないだろうか」

 そして、バイロンスターはすっと右手を私の前に差し出してきた。


 私は、もともと物事を深く考えず、感覚で動くようなところがある。

 今回も私のいつもの感性が動き出した。


 気がつけば、私は差し出されたバイロンスターの右手に自分の手を合わせていた。

 私の手をしっかりとエスコートして、バイロンスターはもう片方の手を私の腰に回してきた。


 場内の楽団が慌てて音楽を奏で始める。

 私とバイロンスターはその音楽に合わせて、みんなが注目する中を二人っきりで踊り始めた。

 バイロンスターの優しさがにじみでてくるようなリードの中、私は踊り続けた。


「さあ、皆さんも踊りましょう」

 バイロンスターが周囲で見守る人々に声を掛けた。

 それを合図に、会場中の参加者が手を取り合って踊り始めた。


 人々のダンスの波の中、私とバイロンスターはその中央で踊り続けた。この中央のポジションにいると、私たち二人を真ん中にして、周囲の皆さんが祝福の波をこちらに向けて届けてくれているようにも感じられた。


 この人となら付き合ってもいい。

 いつの間にか私の感性が、そう判断していた。


(了)

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