観察

「一ノ瀬さん、赤ちゃん、見てて貰って、助かりました」


「まぁ、そん位は、したってもええわ」


「いつもは、ずっと家なんですけど、急に、出なきゃいけなかったんで。


 じゃ、帰ろうか? 大家さんに、バイバイしよ?」


瞳は、赤ん坊の手を取り、一ノ瀬に向かって振らせた。


「ばぁ、うぅ」


「ほな、な。 バイバイやで」


「ふぅ、やれやれ」


瞳が、大家宅から、徒歩圏内の、シェアハウスに戻った、その時。


「んんっ?」


塀にへばり付いて、ハウス内を、チラチラ伺う女が居た。


「どうしました?」


「きゃっ……!」


瞳が声を掛けると、女は、ビクッと肩を震わせて、振り向いた。


「ウチに何か、御用ですか?」


「えっ? あ、いえ……な、何でも、無いんです!」


女は、明らかに狼狽ろうばいしている。


「あー、うあー」


「こら、どうした?」


赤ん坊は、しきりに、女の方へ、身を乗り出す。


瞳は、彼女の体を、どっこいしょ、と抱え直した。


「……あたし、本当に、何でも、有りませんからっ!


 じゃっ!」


「あ……」


女は、逃げる様に、その場から、そそくさと去って行った。


「? 変なの……」


「あぅあー」


赤ん坊は、走り去る女の背中を、じっと見詰めていた。

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