大家

「「「カンパーイ!!!」」」


プシッ


グビッ、グビッ……


「ぷはー! この一杯が、たまんねー!」


「だな! くぅーっ」


「ちょっと、星夜さん、アナタ、まだ未成年……」


「瞳ぃ、堅ぇ事言うなよぉ~。


 そう言うお前は、まだ呑めねぇの? もう、三十路みそじ近い癖に」


生憎あいにく、万年、下戸げこですよ」


「麦茶で乾杯なんて、シケてやがんなー。 小学生かよ」


「ばう、あ~?」


「お前は、まだ、駄目だよ。 大きくなったら、な?」



どすどすどすどすっ


「あ?」


「……この、地の底から響く様な、足音は……」


バタンッ


「コラ――ッ!」


「うわっ、出た!」


「出た、って何や、ウチはゴキブリか!


 大家を、何やと思てんねん」


シェアハウスの玄関に、鬼の様な形相ぎょうそうの、大家さんが現れた。


「ハイ、これはこれは、我がシェアハウス トキワ荘の大家、一ノ瀬 様々。


 今日は、何の御用で……?」


俺は、明白あからさまな揉み手をして、ご機嫌取りに回る。


「あんたに、ご近所さんから、又、苦情が来てる」


「げ……」


「何て?」


「朝から晩迄、ビービー、泣き声がする、って!」


あちゃー……。


「隠れて、ペットでも飼ってるんと、ちゃうやろな?」


一ノ瀬さんは、ギロリ、とにらみを利かせた。


「おあ~! おあ~!」


あ……!


「ん? 赤ちゃん?」


ベテラン主婦は、赤ん坊の声を、耳聡みみざとく聞き付ける。


「すっ、済みません! 実は、親戚の子を、預かる事になりまして……」


「おあ~!」


「何や、泣き声て、この子かいな」


「あ~! おうあ~!」


「あー、あー、貸してみ。


 おう、よしよし」


「キャッ、キャッ」


「おぉ……!」


「何と言う事でしょう」


「鮮やかな、巧みの技……!」


「そら、この女手一つで、二人、育てたさかいな」


一ノ瀬さんを、こんなに頼もしいと思った事は無い。


俺達は、揃って、この出っ腹な中年女性に、初めて、尊敬の眼差しを向けた。

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