第11話

チリリーン


「いらっしゃいませ」

「ママー、また来ちゃった」

初老の男性がホロ酔いで入ってきた。


大輝、達治、悠一は皆顔を見合わせて、同時に首を横に振った。


知らない客だった。


「そっか、初めてか、、、。最近ちょくちょく来てくださるお客様です」


そう言いながら、雫ママが席を立ち

「挨拶してきますね」 


と、初老の男性が陣取ったカウンター席の方へ向かった。カウンター越しにおしぼりを広げながら


「ご来店、ありがとうございます。何にしますか?」


「イヤだなぁー、ママ、何にしますか?って

ママに決まってるじゃない」と、おしぼりを広げる雫ママの手を握った。


達治と悠一はカウンターに背を向けていた為に視界に入らなかったが、大輝の目にはハッキリ見えていた。


「ブチっ」


キレた音が雫ママには聞こえた。


「またぁー、矢部さん、酔っ払ってますね」


やべ?


大輝は反応した。

何か引っ掛かったが、ムカつき過ぎてその興奮の方が先だった。


幸い、雫ママが直ぐにかわした為、大輝も大人しくすることにしたが、


「タイちゃん、どうしたの?」

「あーはっはっは、雫ママがいなくなっちゃったから寂しんだ、あーはっは」

「そんなことないよぉ。まぁ、歌いますか」


「遥ちゃん、デュエット出来る?」

大輝は雫ママが気を遣わないようにとメッセージを込めて少し大きめの声で誘った。


雫ママは、大人だなぁ、とその配慮を感じながらカウンターの中にいたのだった。


大輝と遥は楽しく歌っていた、、、

が大輝の視線は5秒毎にカウンターの

2人に向かっていた。


「ママぁー、俺たちもデュエットしよーかー、ねぇ!」


「いいですよ!何にしましょう?」


「いつものアレ」


大輝、達治は顔を見合わせて同時に

「いつものアレぇーーだとぉーー」


雫ママは聞こえてはいたが特に反応せず

「あぁー、今夜は離さない、かな?」

「そぅ、本当に今夜は離さない」


「なーにぃー」

大輝と達治は同時にハモりながらカウンターを睨んだ。


カウンターで背中を向けて座っている矢部の向こう側で雫ママは笑顔で2人に

「頑張って歌うわぁ」


と、手を振ってみせた。


「なぁーにぃー、、、ハァー」

「タっちゃん、飲もう」

「タイちゃん、そうしよう、飲もう」

「あーはっはっはぁー」


メモリーズの夜は更けていく。










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