第9話
皆んなで爆笑していると、チリリン、扉の鈴が鳴った。
重鎮の中の大御所と言ってもいい存在の達治が、いつもの笑顔、そして、カラダのサイズとは違う軽いノリで入ってきた。
「なーんだ、楽しそうだねー。邪魔しに来ちゃったかなぁー」
「いらっしゃいませ。そんなこと思ってもないでしょ」
「達治さん、いらっしゃいませ」
「タッちゃん、ここ、ここ」
大輝が手招きして、自分の隣りに誘った。
メモリーズの常連客は皆仲が良く同じテーブルを囲って時間を共にすることが多い。
「タイちゃんの隣りかぁ緊張しちゃうなぁ」
「タッちゃん、勘弁してよぉー」
達治と大輝の挨拶がようやく終わった。
大輝と達治はともに雫ママに想いを寄せる恋敵。しかし、ここメモリーズは他の同様な飲み屋にはあり得ないほのぼのとした光景が毎夜普通に見られる。
恋敵同士が好んで同じテーブルを囲み酒を酌み交わし、唄を歌い、憩いの時を楽しむ。
「タッちゃん、最初シャンパンでも大丈夫?」
大輝は決して自分が入れたとは言わないが、
達治は、
「そっか、新人さんの入店祝いにタイちゃんが入れたシャンパンだよね、流石!タイちゃん、頂きまーす!」
ちぃママの優子は達治の返事が終わる頃には既にシャンパングラスを渡す準備をしていた。
大輝はそんな優子の気の利いた動きに感心して口元を緩めながら、達治のグラスにシャンパンを注いだ。
雫ママは達治の表情から遥が受け入れられたことを確認して
「遥ちゃん、良かったわね。改めて乾杯しましょう。かんぱーい」
と、満面の笑みで喜びを表現した。
大輝は、心の中で呟いた。
「だから、俺はここが好きなんだ」
しばらくしてシャンパンが空になると
「タイちゃん、赤でいい?俺もお祝いに入れようと思って」
大輝は達治が自分の好みを知った上で赤ワインを注文しようとしていることを内心嬉しく思いながらも、
「タイちゃんが入れてくれるなら、シャンパンをもう一本がいいなぁ」
と、メンバーの好みの最大公約数であるシャンパンをお願いした。
そう、大輝は雫ママはもとよりスタッフや常連客にいたるまで、好みや苦手なもの全てを把握していた。
そして、達治がシャンパン好きなのは当然認識しての言葉だった。
「本当!じゃあ、シャンパンで」
達治も笑顔でその気遣いに応えた。
ここメモリーズの常連客はそれぞれの世界では立場ある人たちだが、それをひけらかすことは決してなかった。
この空間が居心地良く感じるのは互いに優しさを持ち寄りながら会話を楽しむことが出来るコミュニティだからだと、
雫ママはまるで第三者のようにその様子を笑みを浮かべながら見ていたのだった。
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