第6話
「おっとっと」
「流石!大輝さん」
雫ママが誤って落としそうになったボトルのキャップをカウンターから滑り落ちる寸前に大輝は軽く掴んでみせた。
「はいよ」
「ありがとう」
「このキャップじゃないんだよなぁー、俺が掴みたいのは」
「へぇー、意味深なこと言うのね」
雫ママは大輝の言いたいことは百も承知の上で会話を楽しもうと悪戯な表情で言葉を返した。
「ゆうちゃん、またママにイジメられるよ」
自分が何を言おうとしているか雫ママがわかっていることは大輝も充分にわかっている。
洗いものをしながら、2人のやり取りを片耳で聞いていたチィママの優子は
「大人の会話は子供の私には分かりませーん、、、が、2人が、仲良いことだけは分かりますよ」
と、これまた大人の返しをした。
メモリーズの夜は大人たちが大人の会話を楽しむ場でもあった。
言葉を大切にする繊細な大輝にはとても居心地の良い空間で、そこに集う常連客は、皆、一定以上のインテリジェンスを持った人達だった。
「あっ、来た来た」
扉を開けたのは一人の落ち着いた女性だった
雫ママは柔和な表情で、先日面接した女子を招き入れた。
「遥ちゃん、入って」
「あっ、はい」
明らかに緊張しているのがわかった雫ママは
「こちら、常連の大輝さん。怖そうに見えるけど安心してね。とっても優しいお客様だから」
大輝は、慣れない優しい笑顔をつくろうと頑張った。右眉毛を上げ口はへの字。
その健気な努力と、努力に報われない表情が滑稽で、大輝以外の雫ママ、優子、遥は一瞬顔を見合わせたあと、大爆笑した。
「そんなに変だった?」
大輝は優しく笑ってみせた。
新しく女の子を雇うとき、雫ママは自分一人では決して決めない。
同じ空間を共有するゆうちゃん、常連のお客様に、正式に入店する前に、体験入店という名目で一度、同じ空間、同じ時間を過ごしてもらうことにしていた。
大輝はメモリーズ常連の重鎮の一人として、今日も真っ先に店に来たのだった。
皆の大笑いが終わった頃、更に重鎮の一人である悠一が現れた。
幼馴染みの悠一も高校を卒業したあとずっと東京で過ごしていたのだ。
「大輝、早いねぇー、あーはっはっは」
理屈っぽい悠一の高笑いはメモリーズの風物詩の一つでもあった。
悠一が当然のように大輝の隣りに座るのを見計らって、雫ママは
「こちら、今日体験入店の遥ちゃん、可愛いでしょ」
「あー、はっはっは」
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