第3話 配達

ミストは地図を片手に歩いていく。

初めていく家ではないが、わかりにくい家なのである。

「ええっと、ここの……テコラッタの屋根ね……」

ミストは思い切って、ノックをする。


「はい」

声とともに、若い女が顔を出す。

「こんにちは……。薬屋です」

「あれ? 頼んでないよ……。お隣かしらね?」

「え……、あ、あの、ごめんなさい……」

ミストの頬が赤く染まる。


「ここは紛らわしいもの。しょっちゅうだから気にしていないわ。ところで、誰の薬なの?」

「えっと、リッツさんの……」

「ああ、お隣さんね。そうだ、うちもそろそろ予防のお薬を頼みたいの。良いかしら?」

「はい……。メモだけすみません」

「ええ、慌てないで」


若い女は、ミストに薬を頼んだ。

「この時期はどうしても、早めに服薬した方が体も良くって。忙しくなるだろうに、ごめんなさいね」

「いえ、ありがとうございます」


ミストは頭を下げて、隣の家にノックをする。

「はい」

「こんにちは……、薬屋です」

「ああ、ミストちゃんか! 待っていたよ。さあ、上がって」

「失礼します……」

リッツは穏やかな男性だが、病を患っていてミストにとっては常連客だ。


「これを……。頼まれていたお薬です」

「ありがとう……、君の薬は良く効くから、本当助かるよ」

「お加減は……?」

「そうだね、先週よりは少し良くなってきてるよ」

「それは何よりです……」

「今回も同じ薬の処方なの?」

「いえ、少し金柑の木の実を増やしています」


リッツはその声に顔が明るくなる。

「少し飲みやすくなっているのかな? 嬉しいな」

リッツはどうやら金柑が好きらしい。

「小さい頃、母さんがよく金柑とはちみつを合わせたものを食べさせてくれたことを思い出すなぁ……」

「金柑は喉にも良いですから……」

ミストも話を聞いていて楽しそうに言う。


「今週はこれを飲んでみるよ。じゃあ、来週もお願いして良いかい?」

「はい……。そろそろ予防のお薬もいりますか……?」

「ああ、じゃあ頼もう」

「はい」

ミストはそう言ってメモを取る。


「そうだ、これは薬代。足りるかい?」

「ええと、お薬代はこれだけで結構です」

ミストは渡されたお金を三分の一だけ受け取った。

「え? いつも思うけど、それで本当に良いのかい?」

「はい。私はそんな大金を受け取れるような人間ではありませんから……。それに、診察料もかかるでしょう?」

「それはそうなんだけど……」

ミストは笑ってそれ以上の金額を絶対受け取らなかった。


「いつもそうだよね……」

リッツはミストの後ろ姿を見送りながらつぶやく。


「市場……、パン……残っているかな?」

ミストは少し小走りで市場に向かう。


「いらっしゃい!」

「あ、あの……、くるみのパンって……」

「ああ、あるよ。どうする?」

「じゃあ、二つください……」

「まいど」

パン屋は明るい表情でくるみのパンを二つくるんでくれた。

「ミストちゃん、そろそろうちも薬を頼みたいな。俺と娘と二人分、処方は同じで良いから」

「同じ症状なのですか?」

「ああ、そうなんだ。といっても、予防の方を頼みたくてね」

「わかりました」

ミストは笑顔で依頼を受ける。


紅茶の茶葉と珈琲の豆を買おうと向き直った直後。

体に衝撃が走った。

そして、ミストは尻もちをついていた……。

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