王都編 対人戦闘試験

 名を呼ばれた少年は緊張ではなく期待を持って歩みを進める。広大な大地と幻想的な夜空という自然のコントラストに息を呑み、大地に力強く根を張る人間の街に感動を覚えた。そして今は強者との出会いがある。アルムエでの生活は寂れていた、過去だけの街に面白みはなかった。それに比べれば相手が強かろうと関係ない、挑戦があるだけマシだと白髪の少年は歩く。一歩一歩大地を踏みしめ、その感覚を吟味する。アルムエの中途半端な石畳とは違い、試験場の石畳はしっかりと体を支えてくれる。足先を軽くぶつけるとコンコンと小気味よい乾いた音が鳴る。


「母さん、父さん。…僕は…俺は今、時代の中心地に来ましたよ。見ていてください」


 昔、世界の中心、最先端を誇った街の少年が現在の最先端へ…感慨深いものがあるのだろう。

 少年が舞台の上に立ったときの周囲の反応は寂しいものだった。何しろ少年の装備はグラディウスを二振り腰に提げ、ロングソードを片手に持っているだけだったからだ。あまりに貧弱すぎる装備。確かに先程の黒髪の少年は長剣一つで試験官との名勝負を演じた。しかし、その長剣は遠目から見ても分かるほどにキレイで、どこか不思議な雰囲気があった。対して白髪の少年のロングソードは汚いわけでもないし手入れもされているのだろうが、普通としか言いようがない。


 試験官も先程の試験で満足してしまったのか、覇気、やる気がない。新入生と分かっているのだが少年の顔が気に入らない。自信が感じられる顔つき…大方先程の試験で自分ならと変な期待が出たのだろう。


「試験開始」


 心做しか、開始の合図さえ淡白に思える。心のこもってない合図と同時に少年が駆け出す。試験官の男にとってはなれた作業。ただ盾で相手の動きを止め、剣の一振りで相手を無力化する。そうすれば変な期待を抱いた性根も直るだろう、とやる気無さげに試験官は盾を構え新入生を待つ。

 少年は加速しながらも剣を振りかぶる。体重と勢いを乗せた一撃で盾を吹き飛ばすつもり、もしくは蹴りでもするのだろう。試験官の左腕と右足に力が入る。その強度は誇張抜きで大岩。体躯で優る魔物、凶暴な荒くれ者共と戦うことで鍛え抜かれた強靭な四肢と経験からくる最適な姿勢、構え方が合わさったそれは雰囲気があった。少年が剣を振り、剣が盾へと向かう。少年の視線は衝突するであろう一点を捉えて離れない。

 

 ぶつかると思った瞬間、試験官は衝突に備えていたが来るべきはずの衝撃が来ない。そもそも相手が視界から消えたのだ。


 少年は剣を振り切らず、膝を深く曲げ身体を沈め、あえて試験官の右脇下を通り裏を取る。力強く左足で大地を踏みつけ前進を止め、その後反動を生かして右回りで振り返ると同時に剣を振るう。


「…へ?」


 周囲も一瞬のことに間抜けた声が漏れる。試験官も反応が遅れた。が、諦めずに振り返り剣での防御を行おうとする。


 キン、と甲高い金属音を鳴らし少年の剣が弾かれる。試験官の強靭な肉体はやはり凄まじいものだった。完全に一呼吸遅れていたはずなのに間に合わせたのだ。しかし、少年の次の動作も眼を見張るものがある。大きく後ろに飛び退いたかと思えば再び矢のような加速を行い肉薄する。凄まじい加速…反動を十分につけた分、先程の少女よりも速いかもしれない。


 二度目の駆け引き、先程のことがあったからか試験官は盾を構えるとともに右手の剣を振れるようにする。


 少年が再び膝を曲げようとする。そしてそれに合わせて試験官が剣を振るう。一度体験したため今度は少年の動きが見える。


 剣が当たる、と思った瞬間、少年が再び後退する。豪快に空振った試験官はそのことに目を剥く。矢を思わせる速さでの前進が瞬時に切り替わるとは思わなかったのだ。


 が…


「あ、駄目だ止まれねえ」


 相当な無理だったのだろう、少年は後ろに転がるように倒れる。突然の出来事に試験官や周囲の者も呆気にとられる。暫く静かな間が続いたが、開始の合図を出した試験官が少年が気を失っていることを確認すると少年の試験を終了させ、医務室へと運ばせる。


 それを見ていた試験官は今年は思ったより豊作かもしれない、と少し顔を綻ばせた。


〜〜〜〜〜〜



 その後、二、三分ほどで意識を回復させた少年は暫く医務室で休養し、再び試験会場に向かった。太陽は半分沈んでおり、紅く輝いている。


 会場に戻ると、ちょうど試験が終わったらしい。黒髪の少年マイヤーが少年フェイトンに気付き話しかけてくる。


「あ、フェイトンじゃないか。さっきの動きすごかったよ。あんなのやられた側はたまったもんじゃない」


「ありがとう、でもマイヤーの動きも洗練されてた。僕じゃまともに打ち合うことも出来ないよ」


 互いに互いを褒め合う二人。出会って数時間の関係ながらかなり仲を深めたようだ。


 その後、試験会場に学校長ドブライクが現れ試験の終了を宣言し、新入生たちに部屋を割り当てる。フェイトンたちは試験官らに連れられて割り当てられた部屋へと向かった。


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