王都編 入学

 きれいな白髪、赤の瞳。平均より少々は上の上背の少年フェイトンはポツポツと小雨の降る春の一日に、人生二度目となる王都に訪れていた。無論、王都の外れにある冒険者育成学校に入学するためである。冒険者育成学校、その字面の通り冒険者を育成するための機関だ。


 まず冒険者というのは傭兵的な一面と探索者的な一面を併せ持つ者のことを指す。もともとは傭兵は傭兵として、探索者は探索者として別々の役割を持っていたのだが、八十年ほど前、最初の冒険者とされるテネ・クラインの出現によって二つは融合を果たす。


 テネ・クラインはもともとは探索者として世界を探索し、魔物を狩るという生活をしていた。しかしそんなある日、ハチという少女に出会う。少女は見る者に「みすぼらしい」という印象を与えた。背丈は特段低い訳ではない。が、全体的に窶れている。服はもう何年も川の水で濯ぐだけで持たせてきたような状態だった。泥のような色をした染みが全体を満遍なく覆い、別の布をつぎはいだような箇所は十を下らない。それだけでもみすぼらしいのに、彼女の金色の髪は痛み、頬や手足は骨と皮しかないのではと思わせる。

 少女は言った、「私のすべてを差し上げます。どうかその代わりに私の母を救ってください」と。十をようやく迎えた程度の少女の哀願にテネ・クラインは応えた。話を聞くと、当時、破壊の限りを尽くした一頭の竜に彼女の故郷は襲われたらしい。気がついたら、自分ひとりが此処にいたと。

 少女のためかの英傑は竜、ゼームパイルドに挑んだ。本人は当時のことを他人に語らなかったため詳細な戦闘記録は残っていないが、竜は討たれた。しかし、少女の母はとっくの前に事切れていた。その経験からテネ・クラインは、傭兵のように依頼を受け、探索者のように魔物を狩る新たな存在の必要性を痛感する。それが冒険者の由来である。

 現在、冒険者は人気の職業というわけではない。危険が常に付きまとうし、実力がなければまともな依頼を受けられない。そんな職業が人気になるはずもない。だが、前人未到の秘境を踏破し、先人たちの力が及ばなかった魔物を倒すという偉業、力なき人々を守るという英雄的な行為。それらの放つ浪漫が確かに若者たちを惹きつけていた。フェイトンも惹きつけられた若者の一人である。


 フェイトンは小雨のなか大通りを進む。しかし、何故か冒険者育成学校に向かう道が多数の兵士とそれに十倍はする大観衆によって埋め尽くされている。これは通れない、とフェイトンは思い、大通りを外れた裏路地を通る。前回の記憶を頼りに迷宮と言ってもいいくらいな裏路地を進むが、どこかで道を間違えたのだろう、いかにも犯罪者という風貌の男たちが屯する場所に出てしまった。


 「小僧、ここに何しに来た?」


 フェイトンに気づいた男の一人がフェイトンに問う。腰には剣が提げられているが、見るからに何も持ってなさそうな少年にいきなり斬りかかるつもりはないらしい。


「僕は冒険者育成学校に入学しに来たんです。でも大通りが通れなくて…」


 フェイトンは少々緊張しながらも問に答える。それを聞いた男は「育学のやつか…」と言い、フェイトンの襟首を掴む。突然のことに驚くフェイトンだが、男は構わず続ける。その誇示するような肉体は、見た目だけではなかったらしい。男は力任せにフェイトンを上空にぶん投げた。


「えっ…え?」


 驚くフェイトンだが、その体は五メートルほど上空にあった。そのまま急な放物線を描き家屋の屋根に落下する。フェイトンは混乱していたが、助けてくれたのだろうと理解し、男に感謝を伝える。


「ありがとうございました」


 そのまま屋根を伝い、時には向かいの屋根に飛び移りフェイトンは目的の場所に向かう。その男はその背を静かに見つめていた。



 フェイトンが目的地に到着したときには多くの少年少女が集まっていた。その広場はかなり広いのだが三百…いや四百は超えていよう少年少女にはちと狭かったようだ。余談だが冒険者育成学校、通称、育学は王国全土の少年少女をその対象としているので年によっては四桁に迫る人数が集まるらしい。


 集まった少年少女は育学の施設に案内され、そこに並ばされる。全員分の椅子が用意されていたが、いくつか豪勢なものがある。フェイトンにあてられた席はやはり普通のものだった。豪勢な席には金髪の少女と少年が座る。どこかの貴族なのだろうか。そんなことを思っていたら前方の台上に一人の男が現れる。


「諸君ようこそ冒険者育成学校へ。私はアルマン・ドブライクだ。一応これでも学校長をやらせてもらっている。色々言いたいこともあるが、まずはおめでとうと言おう。〜〜〜」


 なるほど、銀髪で長身という容姿と学校長という肩書。この男が王都の冒険者育成学校の二代目校長か。など色々と考えていると学校長ドブライクが「在校生からの言葉だ」と言いその場を退いた。代わりに壇上に姿を現したのは金髪で整った顔立ちの女性だった。なんと言っても左目が青く、右目がオレンジのオッド・アイがどこか神聖な雰囲気を醸し出している。


「私はシャーニー・エルビニアと言います。今回は私が在校生を代表して新入生の皆さんに祝辞を述べさせていただきます」


 シャーニー・エルビニアという名前が出た瞬間新入生は息を呑む。何しろ彼女は若くして王国の守護者ラガート・メイランドに認められ、『火の乙女』と謳われている存在なのだ。彼女を目的に入学してきたものも一定数いることだろう。ちなみに祝辞は最初に自分たちの背を見て学べということを語り、最後に期待していると締めくくった。


 剣姫の登場、その祝辞を受けた新入生たちは意気揚々と試験を受けに行った。試験はクラス、寮、部屋を決めるにあたって参考にされるものだ。なにに適正があるのかを調べる実技試験を半日掛けて行う。ちなみに筆記は一切ない。冒険者にそんな学があっても役に立たないだろうというのが学校のスタンスだ。


 最初に執り行われたのは魔法の試験だった。魔法の連射性、威力、正確性を見るもので、だいたい半径百メートル以内にある標的を制限時間内にいくつ破壊できるかというものである。もともとは的当てだったが、そんな近距離の正確さ競っても意味なくね? という考え方により変更されたのだ。例の豪華な椅子に座っていた金髪の少年と少女はかなりの好成績を収めていた。


 十三人が試験を終えた後、遂にフェイトンの番になる。制限時間は三分。ちなみに、人数が多いので入学者は二十人ほどで別れている。


 かなり緊張しているが今までの修練を思い出す。アルムエ人は誇り高い。そのため彼らは自分の身は自分で守ることを当たり前とする。他の奴らとは歴史が違うんだという強烈なプライドがアルムエ人を飛躍させているのだ。そして、その心意気をフェイトンは継いでいる。


 魔法の起点となる魔法陣を即座に展開する。無駄を減らして効率を上げ続けたことによる展開速度は高得点を叩き出した金髪の二人に迫るほどだ。魔法陣から現れるのは握りこぶし二つ分ほどの大きさの火球だった。矢のような速さで対象に向かうそれは対象に当たると同時に対象を焼き尽くして霧散する。だいたいニ秒に一度くらいの連射性。フェイトンが一般人であることを考えると異常と言ってもいい。正確さや威力は五回に一回くらいの確率で威力不足で対象を燃やし尽くせなかったり、そもそも当たらないというものがあり、不安が残る。しかし、それでも記録はかなり良いものだった。


「七十八か…結構良い記録出せたな。次は…」


 続いては対人戦闘。魔法や各々の得物などを使って試験官と戦うのだ。暫く暇なので他の人の試験を見る。

 どうやらこれから始まるようだ。だいたい直径二十メートルの円状の舞台上に試験官と新入生の女の二人が向かい合っている。試験官は軽装の鎧を身につけ、左手に鉄製の盾を持ち、右手で剣を構えるオーソドックスなスタイルだ。対する新入生の持ち物は短弓、矢筒とそれに詰められた矢に短剣二つほど。防具の類はつけていない。…冒険者を目指しているにしては特異な装備に思えるが、どうだろうか。


「始めィッ!」


 舞台上の試験官とはまた別の試験官が開始の合図を出す。同時に動き出すのは新入生。試験官は先手を譲るようだ。新入生はすぐさま距離を取り彼我の距離が十三メートルほどになると弓を構える。少々構えが独特なことから習ったとかではなく、おそらく狩人の出だろう。試験官の真正面に放たれた矢は良くも悪くも普通というのがフェイトンの感想だ。確かに獣相手なら十分だろうが、訓練を積んでいる試験官が相手となれば…


「ぬるいわ、工夫を見せてみぃ」


 気怠そうな声と共に盾で矢が防がれる。真正面から正直に矢を射ったところで素直に当たってくれる人はいないだろう。新入生の方は近づきすぎない距離を保ちながら矢を射る場所を移動する。しかし、やはり試験官の守りは越えられない。


「やっぱり近づかないと。あの人はなんで近づかないんだ?」


 フェイトンには疑問が募る。何故接近戦を挑まないのか、その二振りの短剣は飾りかと。


「当たり前じゃないか。試験官の装備は近接戦闘でこそ輝く。あの貧弱な装備じゃ、とてもじゃないけど怖くて近づけないよ」


 フェイトンの呟いた疑問に応えたのは黒髪の男だった。いつからか右隣で試験を観戦していたらしい。動きやすそうな服に艷やかな黒髪、ハリのある肌。同じ新入生とは思うが誰であろうか。


「そういうもんか…。君も新入生?」


「ああ、そうだよ。僕はマイヤーっていうんだ。君は?」


「フェイトンだよ」


 黒髪の青年はマイヤーというらしい。二人で簡単な自己紹介をしていると、試験に動きがあったらしい。周囲からどよめきの声が聞こえる。どうやら新入生が意を決して近接戦闘を挑んだらしい。獣との戦闘、山の地形で鍛えられた動きはフェイトンら新入生からしたら上等なものだ。


「加速がすごいね。試験官が空振りでもしたら一気に喉笛掻き切るんじゃない」


 しれっとグロテスクな想像をするマイヤーだが、加速がすごいという点はフェイトンも感じていた。


「うん、多分だけど、そこらの人間なら剣を振る前に喰らいつかれて負ける。それくらいの加速だ」


 彼女は新入生の中では上位の力を持っている。特に速度だけをみたら最速だろう。しかし…

 試験官の剣が新入生の速さを捉えた。試験官の剣によって右手の短剣が弾かれ、盾によって移動を止められる。左手に短剣を残してはいるが、自慢の速さがなければ少女と男、勝てる道理はない。そのまま左手の短剣も弾き飛ばされ、すべての武器を喪失する。此処で試験は止められ新入生の挑戦は終わった。

 続いて呼ばれたのは隣の男、マイヤーであった。


「一発かまして来るよ」


 自信ありげにマイヤーは舞台へ向かう。しばらくして舞台に上がったマイヤーの手には長剣だけしかなかった。軽い装備すらなく、短剣の類も用意している様子はない。周りからは貧乏人だ、と野次を飛ばされるが彼は動じない。


「始めィッ!」


 試験官の合図と同時にゆったりと動き出すマイヤー。散歩でもするような穏やかな歩みだ。顔には自信が張り付いていて負けることなど考えてはいないらしい。試験官の間合いに入ったのだろう、試験官の剣を握る手に力が入る。


 突如、マイヤーから蹴りが繰り出される。右手の長剣に注意が傾いていた試験官からすれば青天の霹靂…とまではいかなくとも意表を突かれたことに変わりなく、対応が遅れる。盾でギリギリで蹴りを防いだが、左腕が盾ごと弾かれる。たしかに鉄製の盾といっても試験官が持つのは軽量化して利便性を高めた物。弾くのは不可能ではないが…


(試験官もそれなりに衝撃に備えていた。それをああも軽々と…すごい人だ)


 意表を突かれた試験官はすぐに盾を手放し距離を取ったがマイヤーが距離を詰め近接戦闘となる。意表をついた蹴りとは対照的にきれいな剣筋のマイヤー。試験官はマイヤーとは違い身体能力に物を言わせた剣で対抗する。暴力と武。暴力を覆すための武であるからこそマイヤーは拮抗しうるが劣勢は変えられない。剣技が純粋なパワーに押し戻される。

 だが、拮抗する両者。力によって劣勢となっても速さで巻き返すマイヤー。勝負はますますわからない。


 しかし、やはり終わりというものは万物に付き纏うのだろう。マイヤーの剣が打ち負ける。此処に来て身体の差が如実に現れたのだ。

 大きく後ろに飛び距離を取るマイヤー。突如のことに訝しむ試験官。なにかあるのでは、と積極的に動こうとはしない。


「なにやってんすか? 相手は一五のヒヨッコですよ。まさか恐れるわけがないですよね」


 その慎重な姿勢を見たマイヤーの煽ること。自身の劣勢を知りながらのこの行為、胆力だけなら一人前である。


「気を使わせたな。…では、こちらから行くとしよう若いの」


 試験官が動こうとする、同時にマイヤーの身体に力が入る。一秒…二秒…と静寂が流れる。二人だけでなく周囲も押し黙った。

 やはり動くのは試験官。突如試験官が静寂を切り裂くかのような加速を見せ、マイヤーに向かう。ズカズカと自身の領域に入ってきた試験官に対し、マイヤーは狙って剣を振り下ろす。

 が、試験官の加速はマイヤーの想像を遥かに上回っていた。マイヤーが剣を振り切る前に試験官は蹴りをマイヤーの鳩尾に叩き込む。試験官の顔には会心の笑み。盾を蹴り飛ばされたことを根に持っていたのだろう。お返しに成功したと言わんばかりの笑みである。


 マイヤーは確かに強かった、実際今の新入生の中では頭が一つ二つ抜けている。だが、本職を超え得るものではなかったようだ。鳩尾に強烈な一撃をくらったマイヤーは耐えきれずその場に蹲る。それによって試験は終了となったものの流石にやりすぎたと思ったのか試験官はすぐに駆け寄って心配をする。しかし、数秒後には痛みに顔を歪めながらもマイヤーは立ち上がり舞台から降りる。その姿に自然と拍手が起こる。たった二分ほどの時間で黒髪の少年は著しい存在感を見せつけたのだ。


「次の者、舞台に上がってください」


 試験官の言葉によって皆がハッとする。次の新入生は急いで舞台に上がり試験を受ける。しかし、マイヤーたちは異常だったのだろう。次の新入生は試験開始の合図から三十秒もしないうちに試験が終わってしまう。

 その流れを三回ほど繰り返していると遂にフェイトンの番が回ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る