フェイトンの生き方

週刊M氏

前日譚

 人という種が誕生したのがニ万年ほど前。人類が幾度も興廃を繰り返し、なんとかセルニア大陸の西端の一部に確かな基盤を整えたのがおおよそ三千年前。人類が初めて我がものとした土地は決して広いわけではなかった。だが、魔物が蔓延るセルニアの地で日々を魔物に怯えて過ごし、定住できそうだった森や岩山にはエルフやドワーフなどの先客がいた。種族が違うだけに受け入れられるはずもなく西へ東へ、ときに灼熱の砂漠に、ときに極寒の雪の大地に心身を削られながらも安寧の地を求め続けた生活が数百年、下手したら数千年と続いた中で手に入れた安寧の地。人類にとってその一歩がどれだけ大きかったことだろう。

 人類は文明を築き、農耕を開始し、遂には国家を設立するに至った。その間わずか二百年。飢饉に陥り多くが命を散らし、自然の脅威に文明を無に還されたこともある。魔物という脅威に甚大な被害を被ったこと幾度か。それでも人類は最初にして最高の国家アルムエを生み出した。


 世界最古の国家アルムエは今では珍しい民主国家だった。前例のない国家運営には容赦なく課題が降りかかった。それでも、そこでは確かに一人一人が尊重されていて正しく人民が人民のために知恵を尽くし、対話をし尽くす理想の民主国家があった。その時の人類は未だ数万程度の個体数だったが、全員に情熱に満ち満ちており、未来への希望がありありと感じられた。


 アルムエから情熱が消え失せてからも人類は日々進歩を遂げ続け、貨幣制度を創り出し、またもや新たな国家を創り出す。後に世界最初の王国となる国家ゲニアである。やはりこれも情熱がなくなり、終焉を迎える。だが、人類から情熱が無くなることはありえないのだろう。幾百の国家が興廃を繰り返した。鉄器の出現に多くの命が失われた。おろかな戦争も多々起こった。それでも、人類は未だその勢力を保っている。


 そして人類の転換点、魔法の発現が起こる。その御蔭で人類の勢力地は飛躍的な拡大を遂げた。それからニ千の年を重ね、今日では人類の生存範囲は大陸一つを丸々覆い尽くすほどだ。


 そんな中、なんの因果か寂れたアルムエに一人の赤子が誕生する。大陸西部に覇する国家レンテンベイルの中途半端な立地にある廃墟寸前の一都市にまでアルムエはその身を落としていた。その赤子は物心つく前から老人ばかりに囲まれあまりに退屈な日々を過ごしていたが、ある日彼の人生は劇的な変化を遂げる。


 その日、偶然訪れた旅人が幼いのに無愛想でおおよそまともな子供とは思えなかった少年に詩を送った。一人の少年の一生を題材とした物語だった。ありきたりな英雄譚、周囲の大人、老人たちはそれを幼稚だと言ったが、少年の心を震わせるものがそれにはあり、少年は生涯それを忘れることはない。


 齢が十五となった年、その少年は冒険者を志し、冒険者育成学校に入学する。ある者は冒険者など雑用しかしないみみっちい職業だと言う。ある者は危険なだけの職業だと言う。誰一人として良い印象を語らない。それでも、少年は冒険者を諦めなかった。


 二ヶ月ほど前、六日間掛けて王都に向かい冒険者育成学校、通称『育学』の入学試験を受け、合格をもらっていたため彼はアルムエを離れ、一人王都へと歩みを進める。


「この街とも暫くの別れか…」


 老人ばかりの灰色の街だったが、やはり生まれ育った場所への情はある。少年は都市から三百メートル程の場所で暫くの黙祷をする。再び歩みを始めた少年はよい顔をしていた。


 少年はこれから様々なことを体験することになる。あの都市では体験できなかったことに、出会えなかった友人もできる。現在街道の傍らで横になる少年を取り巻く環境も新鮮なものだ。雲ひとつない澄み渡った夜空には星々が瞬く。満月がほんわか明るい。

 あの旅人もどこかでこの夜空を見ているのだろうか。いつか自分が物語の主人公になるんだという思いと共に少年は眠りに落ちた。

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