アレンの嘆き
翌日。
「招集だ! 急げ――ッ!」
早朝から怒号が宮殿に飛び交う。なんでも宮殿から近い街に敵軍が侵入したそうだ。宮殿に常駐する兵士たちも急遽駆り出されることになり、
(やれやれ。大変なことになった)
招集はアレンも例外ではなく、広場に集合し、馬車に乗って戦場へと向かっていく。
「こっちだ――ッ!」
たどり着く頃には、すでに街中は戦場と化していた。建物が砲撃で無残に崩れ落ち、酷く砂埃が舞っている。民間人の悲鳴が轟き、血の匂いが鼻を突いた。
(ずいぶんと荒れてるな)
宮殿から駆けつけた兵士たちは列になって敵軍を銃撃する。アレンは敵相手だが殺害はしないよう、足元や腕をピンポイントに狙った。
「うぁ!」
「ヴゥ!」
脳天を狙撃される味方の兵士たち。血飛沫を上げて倒れる。
「お母さん!」
近くで叫びが聞こえた。幼い女の子の悲鳴だ。アレンは思わず声の方に向くと、鮮血が滲んだ左肩を右手で押さえる成人女性と、五歳前後の幼女が懸命に走っている。
「――ッ!?」
さらには、敵兵士の銃口が親子に向いていた。
アレンは即座に親子の元へ駆け出し、一方で敵兵士を狙撃する。銃弾は敵の肩に見事にヒットし、
「こっちです、逃げてください」
アレンが引きつける間に親子を逃がした。
戦況はみるみるうちに激化する。
(この状況……不利だな)
見る限り、このエリアは明らかに敵の優勢。このまま戦場に立っていれば、いずれ死ぬのは目に見えた。
(……、逃げるか)
即決。
アレンは砂埃に乗じて、崩れ落ちた建物に隠れることでしばらくやり過ごした。
結果的に。
宮殿から駆けつけた兵士たちは全滅。その頃に帝国の精鋭部隊が到着し、敵軍を退けるに至った。
「おい、生き残りがいるぞ!」
精鋭部隊の一人が通りかかったところに、倒れていたアレンは瓦礫を退け、おもむろに手を挙げる。それに気づいた部隊の者に手を引っ張り出され、アレンはよろよろと立ち上がる。
「大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「吹っ飛ばされましたが、瓦礫が守ってくれたみたいです」
脇腹を押さえて痛がる素振りを見せるが、怪我はなかった。
アレンは周囲を見回して、
(この世の地獄だ。どれだけ死んだ?)
民間人や兵士に加え、精鋭部隊の者ですら何人か倒れていた。
「ありがとうございます。俺は宮殿に帰って報告します」
上官も死亡した今、アレンが報告する他なかった。
馬も狙撃されたので、数キロの道のりを徒歩で辿っていくアレン。
その道中では、生き残った者たちが怪我の手当てをしていた。しかし治療薬やガーゼ、医者が不足しており、満足に手当てができている様子ではなかった。
「うぅ……」
狭い路地からうめき声が聞こえる。気のせいか? とはいえ、アレンは立ち止まって気にかけると、
「……」
八歳ほどの少女が倒れていたのだが、生きてはいるようで、黒く濁った瞳をアレンに向けている。
「おなか……すいたよぉ……。おにいちゃん……おなか……すいたよぉ……」
ボロボロの衣服に身を包んだ少女は、外傷こそないものの、飢えで顔を歪めていた。そんな顔で見つめられたアレンは思わず目を逸らし、奥歯をグッと噛み締めた。
棒立ちでアレンは、悩み抜いた末に、
「これを食べるんだ」
少女の前で屈んだアレン。左手には、日本のコンビニから持ってきたあんパン。封を開け、こっそり差し出す。
「はわぁ……」
まるで宝石を前にしたようにパンを見つめた少女は、パンを手に取るとぱくぱく頬張る。よほど腹を空かせていたようで、パンはあっという間に減っていく。
「おいしいっ! 甘くておいしい!」
「これも飲むといい。すぐに栄養が吸収される。高カロリーのパンも置いておく。見つかる前にできるだけ腹に詰め込んでおけ」
500ミリリットルの野菜ジュースに、いくつかの総菜パンを少女の元においたアレン。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ。生き延びてくれ」
アレンは立ち去り、再び帰路についたが、
「……」
瓦礫に座り、頭を抱えた。
(正しい行いなのか? あの子のためになったのか?)
きっとコンビニのパンやジュースは、あの少女にとって極上の味に違いない。
その、二度と味わえないような味を覚えさせてしまった。
一瞬の天国を経験させて、また地獄に突き落とすようなものじゃないか?
「……ああっ」
してよい施しではなかったかもしれない。
けれど。
飢えで死にそうな少女を前に、通り過ぎることなどできるわけなかった。
「なんで……あんな子が苦しまないといけないんだ」
どれもこれも、戦争が悪い。
戦争が国民からすべてを奪っているのだ。
「なんとかしてくださいよ。キャロル女王様」
最大限の皮肉を込めてアレンは呟いた。
少年の嘆きは、誰も聞きやしない。
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