VS 帝国で最強と謳われる騎士

 無事宮殿に戻ったアレンは、戦場での結末を上官に報告した。本来は下っ端のアレンが対面できる相手ではないし、入ることも許されるエリアではないが、生き残りがアレンだけのため致し方なかった。


「そうか、ご苦労」


 一通り報告すると、感情の欠けた労いの言葉をかけられたアレンだが、


「こんな発言、許されるべきではないと自覚しています。ですが、言わせてください。戦争はもうやめませんか?」


 本音を上官にぶつけた。


「口を慎め」

「今日、どれだけ死んだと思ってるんですか。この帝国、すぐに滅びますよ」

「だから口を慎めと言っているだろう!」


 上官が怒号を上げた、その時。


「どうされたのですか」


 執務室の扉が開く。中から現れたのは、女王――キャロル・ウェズリーだ。

 美しいグレーの髪が腰に掛かり、純白のロングドレスで身を煌びやかに包んだ少女。女王に相応しい気品と存在感を放っている。

 若干十七歳だが、父である王がここ数年床に伏す状況のため、帝国の実権を握っている。


「……」


 アレンは、見た。

 空いた扉の隙間から。

 執務室の、豪華絢爛な装飾を。

 煌めく宝石に著名な絵画、黄金色に輝くシャンデリア。


 一室だけで、いったいどれほどの金額を投じたのだろうか。


「女王」


 登場した女王にアレンは物おじせず語りかけ、


「戦争をやめてください。国民が無駄死にしています。このままだと帝国が終わります」

「馬鹿……ッ、無礼だぞ……ッ」


 上官はカッと目を見開き、アレンに詰め寄ろうとするも、


「あはは」


 女王は嗤った。

 無礼を働いた下っ端の兵士ごとき、ただの虫けらとでも言うように。


「戦争は続行ですよ。勝って、勝って、我が帝国の勢力を拡大するのです」

「利益を独り占めするために、ですか?」

「帝国の威信をかけて、です」

「知っていますよ。あなたが国民の命を代償に、欲望の限り贅沢していること」

「それが、何か? 私はこの国の女王ですが?」

「王が今も病に苦しんでいるのは、あなたの手によるものですよね。毒、盛ってませんか?」


 アレンの無礼に、キャロルは鼻で笑うと、


「それを知るあなたに何ができるんですか? 戦場の腰抜けさん?」

「……」

「今日はもう休んでください。ご苦労様でした。では」


 キャロルは怒りの一つも表情に浮かべず、執務室に戻っていくのであった。

 下っ端兵士と女王の応酬に取り残されていた上官は、


「こ、今後は、ぶ、ぶぶ無礼のないように! 寛容な女王様に感謝しろ!」


 そう命じて、廊下の先へと去っていく。

 ただ一人取り残された、棒立ちのアレン。


「忠告しても聞かないなら、後悔するなよ」


 相も変わらず、口調は静かだ。

 けれども、確かな怒りの熱が声に籠っていた。


 そして。

 アレンは執務室の扉に歩み寄ると、ドンッ! ――強く蹴破る。大きな音を立てた扉は、弾けるように開かれた。

 装飾で彩られた執務室には女王がただ一人。

 彼女は目を見張ってアレンを見つめるも、


「あら、休んでくださいと言いましたのに。ずいぶんと怖い顔をして。どうされたのでしょう?」


 キャロルは特に恐れず、逆に口元を歪めてアレンに笑む。


「言っても聞かないのなら、暴力で説き伏せるまでです」

「そうですか。でも残念です。あなたのようなお人はこれまで何人もいましたから」


 女王がそう告げたその時。


「――ッ」


 アレンの背中に衝撃が加わる。バランスを崩したアレンは前転しつつも受け身を取り、衝撃の勢いを殺す。

 顔を上げると、マントを羽織った騎士が立っていた。腰に下げた鞘から剣を抜く。


「忘れていませんか? 私の専属の騎士ですよ。この帝国で最も強い男です。あなたのような暴君から幾度も守ってくれた勇敢な騎士です」


 騎士が剣を鋭く振ると、女王は凛とした佇まいで、手のひらを騎士に差し向けて、


「さあ、この男を殺して構いません! 私を守るのです!」


 女王の指図で騎士は剣を構え、アレンに迫ってきた。


「――――、一対一で俺に勝てると思わないでください」


 アレンはおもむろに立ち上がる。

 彼の左手には、――透明な容器が握られていた。そしてふたを開け、容器を強く握ると、粘度の高い液体が宙に飛び出し、床にぶちまけられた。

 騎士が気にせず液体を踏みつけた瞬間、


「――――ッ!?」


 つるんっと滑ってつま先を振り上げ、勢いよく尻もちを付いたのだ。帝国で最強と謳われる騎士に許される挙動ではなかった。

 滑り転んだ騎士は床に手をついて立ち上がろうとするも、


「クソッ! なんだこれは!?」


 手を床についてはその場で滑り、ジタバタ暴れる。まともに立ち上がることができていない。強い力で暴れるに暴れるので、周囲の高価な骨董品や宝石類を蹴り上げて破壊し尽くす。


「何をふざけているのですか!?」


 女王が血相を変えて声を荒げると、


「これ、ローションって言うそうです。日本の芸人が笑いを取るのによく使うみたいですね」


 乾いた笑い声をあげるアレンの左手には、一升瓶が握られている。瓶の中身を騎士に浴びせる。


「日本酒っていう、日本の酒です。俺は未成年で飲めないから、味は知らないですが」

「やめろっ」


 豪雨のように酒を浴びる騎士に対して、アレンの左手には点火棒が握られており、


「――着火チャッカ


 火種はあっという間に膨れ上がり、騎士を包み込むように広がり、灼熱の火だるまになった。


「うああああああああああああああああああああ!」


 またも床をジタバタ這って喚く騎士に、アレンは消火器で消火した。

 衣服が黒焦げになった騎士は、震えてアレンを見上げ、


「まだ相手しますか?」

「ヒィィ!」


 騎士は尻尾を撒いて逃げていく。

 アレンはキャロルを睨んだ。


「ひっ!」


 先ほどまでの悪魔のような笑みは欠片もなく、震えた子猫のように後ずさりするが、壁に背中が当たって逃げ場がない。

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