番外編8.一ノ瀬 凛

父さんにとって僕は、劣化コピーだ。

それは、生まれた時から。


『凛』


父さんが僕の名前を呼ぶ度、父さんに「俺より下だ」と言われてる気がする。


だって僕の名前は、父さんの名前、『凜空』から一文字取った、『凛』だから。

父さんには足りない、そんな劣化コピー。


……それが僕だった。


『……お前、不細工だな』


父さんとの初めての記憶は、その言葉だった。

そんな事、言われたこと無くて、今でもたまに頭の中で聞こえて、つい鏡を見てしまう自分が居た。


そんな僕を救ってくれたのは、れいだった。


『いちのせれいです』

『……?』


僕の目の前で転んだ子供は、それだけ言った。


『痛くないの?』

『痛いよ』

『うわ、血が出てるよ』

『ほんとだ……やだなぁ……』


その子供……『いちのせれい』は、しばらく平気そうにしていたのに、途端に泣き出した。


『えっ、えっ……』


僕は訳が分からなくて、……近くだったから、家に連れて行って手当をした。


『ほら、もう痛くないよ』

『うん……』


その子供はありがとうも言わなかったけれど、何となく気になって、その日からたまにその子の居る所を通りかかった。


『へぇ、お前もいちのせなの?』

『うん……』


時々酷い言葉遣いをするその子を見て、何となく『一緒』なんだと感じていた。


……そして、


『よしよし』


彼女だけは、僕に優しくしてくれた。

僕は段々彼女に依存していくようになった。


そんなある日。


『お前は……』

『……ねぇ、「お前」って、誰が言うの?』

『ん?……りくだよ』

『りく?……えっ、いちのせ……』


いちのせりく。


それは、あいつ……僕の父さんの名前だ。


まさかとは思った。


……でも、そのまさかだった。


『私、りくのモノなんだって』


そう話す彼女に、


『じゃあ、れいのモノは僕にしてよ』


と、反射的に僕は言った。


彼女は、『妹』だった。

腹違いだけれど、確かに。


……感じてたんだ、何か同じものを。


それがあの憎い父さんのものだったとしても、確かに僕らは血を分けた兄妹だった。


僕の方が『モノ』になったのは、れいを『モノ』にしても、父さんには僕は……到底敵わないから。


だったら、れいの『モノ』として彼女を支えたい。


『父さん、……僕、れいのモノになったから』


その日、僕はそう言った。

父さんは少しだけ驚いた顔をした。


……あぁ、嫌だな。

こんなに嫌いなのに、ちょっとだけ、気を引けて嬉しいなんて思っちゃってる。


でも、いい加減……もう終わりにしないと。


『しき!れいを連れて逃げて!』


そう思って突き出したナイフは、僕の持てる限界で、人を殺せるようなものじゃ無かった。


殺せるなら殺して僕もれいも解放したかったけれど、僕はそのナイフでできる最大の事…足を刺して動けなくした。


僕はこの際、この『オリジナル』とかいうのと一緒に地獄へ道連れにしたっていいよ。

……出来るものならそうしたいけど、まだあの呪いが、父さんを殺すだけの力まで出させてくれないんだ。


……だから、逃げて。

そう、君の大切な人も一緒に、幸せになって。

れい、君はたった一人の、妹なんだから。


逃げ延びて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る