番外編3.小野寺 士郎

僕は気づいていた。

多分、最初から。


あいつ……香澄がおかしくなったのは、幸がちょっと迷子になった時からだ。


きっとその時の劣等感からだろう。

香澄はいつしか自分が『二人の母』である事を忘れてしまった。


香澄はしきを空気にして、幸を人形にした。


どっちも僕にとっちゃ可哀想だったけれど、本人達はそういう素振りを見せなかった。


姉さんがたまに来て香澄にそんな様な事を言ってる場面もよく見たけれど、人に言われても香澄は愛想笑いをするばかりで、気づいてない様だった。


僕は堪らずに、いつ息子達が「家を出たい」と言ってもすぐに自由にしてやれるように、二人分の口座を作って、香澄に大学資金だと言って溜めてきた。


……僕自身が助けてあげられることは無いさ。

僕が構ったってしきは嬉しく無いし、僕が自由な時間を作ってやったって幸は喜ばないだろう?


『……』


そして僕は、ある日、ふと気づいた。

あんなに毎日聞こえていた挨拶が、いつの間にか聞こえなくなっている事に。


……しき。


その日からしきのことがなんとなく気がかりで、ある日偶然取った学校からの電話でしきが格闘技をしていると言っていたのを知り、僕は確信した。


……しきは、ストレスが溜まってて、……そのストレスを解消する為に、格闘技なんかにハマってるんだって。


しきはやっぱり、この環境でストレスを貯めていたんだ。


『っ……!触るな……』


そして、しきに拒絶されて、僕ではしきの力になれないと、これまた確信した。

……たとえ、いつも偉いなと言って抱きしめたとしても。


僕が言わなくても、それくらいは伝わってるハズだから。


『ねぇ、お兄ちゃんは?』


しきが出ていって、その夜、幸が言った。


香澄は、


『お友達の所じゃない?』


とだけしか言わなかった。


『えっ……でも、お兄ちゃんが夜ご飯居ない事なんて……』

『しきは、』


僕はこの日、だいぶ久しぶりに食卓で口を開いた。

これだけは言わなくてはいけないと、思ったから。


『しきは……出ていったよ。……今は叔父さんの所に居る』


一瞬、ほんの一瞬、沈黙が訪れた。

……のち、


『えっ?!何で?!お兄ちゃん何で?!』


と、幸が騒ぎ出す。


『さっちゃん、食事中に喋っちゃお行儀悪いでしょ!』


香澄はそう言った後、少しだけ僕の方を見て、


『お父さん、ちゃんと知ってるのよね?』


とだけ言った。


『あ、あぁ……』

『そう。……あっ、どこ行くのよさっちゃん!』

『やだ!お兄ちゃんと会えないのやだぁっ!』


僕の返事を聞くや否や、香澄は幸の世話に戻ってしまった。


……こんな環境じゃ、逃げ出したくもなるよな。


なぁ、しき。

でもな、父さん……お前が挫折して帰ってきても、迎え入れてやるから、頑張れよ。


……あの時、窓から見えた、しきと会ってた女の子が、少し不穏に思えたけれど。

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