39.「おわりに」
それから、僕達は酷く穏やかだった。
今まで先も見えない道をがむしゃらに走っていただけなんだから、すぐに辿り着けるゴールが目前で、もう余裕さえ出来たからだ。
「れいちゃん、ありがとう」
「うん」
「一緒に行ってくれて……ありがとう」
「……うん」
僕達は優しい会話を交わす。
怪我の所が潮風に当たって痛かったけど、そんなのは些細な事だった。
「あははっ」
死ぬんなら、その前に好きな物たくさん食べて、食い逃げしても良いかもなぁ。
なんなら、この山に火をつけたって怒られない。
何だって出来る。
だって死ぬから!
死んで良いから……!
「……はぁ」
「……」
最後に何をしよう。
どうせなら、ドラマチックに死にたいな。
れいちゃんと抱き合いながらとか、……良いかもしれない。
……そんな事を考えていると、
「しき」
と、れいちゃんが呼んだ。
「なに?」
「死ぬの、痛くないのがいいな」
「……!」
見ると、れいちゃんは困ったように笑いながらそう言っていた。
当たり前だけど、やっぱりれいちゃんは、痛いのは嫌なんだ……。
「……睡眠薬」
「ん?」
「睡眠薬を持ってる。……ほら」
僕はポケットから錠剤を出して言った。
れいちゃんはそれをしばらく眺めてから、「どうなる?」と聞いてきた。
「飲むと、痛くない……」
「……そっか……じゃあ、良かった」
「っ……ごめんなさい……」
「……うん」
僕は罪悪感からつい謝ってしまった。
……本当はれいちゃん、死にたくないんだろうな。
僕がこんな所まで連れて来なければ、れいちゃんはあのまま生きていけたのに……。
れいちゃんの幸せは、僕が決めても終わらせても良いものじゃないのに……。
……れいちゃんは、僕と心中する為に生まれてきた訳じゃ……
「しき」
「ごめっ……あっ、なに……?」
「ねぇ、しき」
れいちゃんはまっすぐ僕を見る。
「……もう、誰のモノにもなっちゃダメって言ったでしょ」
「……うん」
「それは、どうして?」
「えっ……れいちゃんが、そうやって誰かの言いなりになるの、見てられなかったから……」
「……へぇ」
いきなり聞かれてなんの事かと思っていると、
「じゃあ、しきもおしまい、ね」
と、れいちゃんは言った。
「えっ……?」
「しきも、私のモノじゃなくて良いよ」
あっ……おしまいって、れいちゃんの『モノ』であること……か。
「……でも、やだ」
「何で?」
……でも、僕は嫌だった。
僕はれいちゃんのモノで居られて幸せだったから。
そして……捨てられるのは怖い。
「……捨てないで」
「……」
僕が言うと、れいちゃんは分からないと言うように顔をしかめた。
当たり前だ、さっき僕がダメって言ったのに。
……でも、
「……つまり僕が言いたいのは、新しく誰かをモノにしたりされたりはダメって事」
「どうして?」
「捨てられないから」
僕はそう言ってれいちゃんと手を合わせる。
「れいちゃんとの、……どんな関係でも、僕は捨てたくない」
れいちゃんはゆっくりと表情を緩める。
僕達は、どちらともなく指を絡めた。
「分かった。……今捨てなかったら、一生そのままだね」
「うん。……嬉しい」
「……」
「ねぇ、最後に……」
僕が言いかけると、れいちゃんに唇を塞がれる。
野暮な事は言うなって事だろうか。
僕達はお互いを求め合って触れ合って、お互いの存在を感じ合った。
「……怖い?」
「ううん」
息の音が聞こえる度、肌が擦れる度、体温が上がる度、涙が出てくる。
それは悲しさじゃなくて、生きてるって感じるから。
「っ……」
この生々しい体温を、僕は冷たい海に道連れにするんだ。
この息を止めて、この命を意味の無い塊に還すんだ……。
「っ、やだ……っ」
この期に及んで、彼女に死んで欲しくない。
泣いてイヤイヤ言う僕を、れいちゃんはなだめるように優しく頬を触る。
そのまま、口元に引っ張って優しくキスする。
「っ……あはは……っ」
必死に動いてるから上手くキス出来なくて、それがどうしようもなくおかしくて笑ってしまった。
僕が死んだのは、れいちゃんが死んだのは、僕らも含めたこの世界のせいだ。
この世界に殺されるんだ。
(……ねぇ、れいちゃん)
今度産まれてくる時は、もっと優しい世界に2人で……。
「っ……!!」
……終わった。
もうやること、無くなっちゃった……。
(……でも、幸せだなぁ)
僕はまだその幸せの余韻に浸って、れいちゃんの横に寝転がった。
れいちゃんも僕もまだ息は荒くて、お互い何も喋れなかった。
怖い事には怖いし、謝りたい気持ちは消えないけど、確かに幸せなんだ。
いつの、どんな時よりも。
「……れいちゃん、聞いていい?」
ようやく喋れるようになって、一つどうしても気になる事があった。
「なに?」
「……初めて?」
野暮だけどさ、こんなこと聞くの。
そうじゃないって言われたら死にそうだけど、……まぁ死ぬんだけど。
「うん」
彼女の一言に心底ホッとする。
まぁ、変わっていてもまだ高校生だから……そうなんだろうけど、良かった。
嫉妬でおかしくなって死んでいくのだけは御免だから。
「しきは?」
そんな物騒な事を考えていると、れいちゃんもそう聞いてきた。
気になるの可愛いな……なんて思いながら、
「僕もだよ」
と答えて、僕達はまた抱き合った。
****
目を開けると、れいちゃんは居なかった。
この感じは……デジャブがあった。
僕が建物から出て崖の方を見ると、ちょっと危ない所でれいちゃんは眩しい夕日が沈んで行くのを見ていた。
「れいちゃん」
僕が声をかけると、れいちゃんは「ねぇ、」と話し始めた。
「……この夕日が沈みきっちゃう前にしよう」
そんなロマンチックな事を言われたら敵わない。
僕は断る言葉も意味も見つけられず、
「うん」
と、返事をした。
れいちゃんはそれを聞いて、優しく、穏やかに微笑んで手を差し出してきた。
僕はその手を繋ぎ、隣に並んで夕日を見た。
「……」
また静かな時間がやって来ると思った時、
「しき……、」
と、隣から少し弱々しい声が聞こえた。
「!」
「もう一回、ゆって欲しいな……」
見ると、れいちゃんは静かに泣いていた。
「……やっぱり、今からでも」
「いい。いい……怖いんじゃない、ちょっと不安なだけ……」
……それを、怖いって言うんだよ。
そう思ったけど、今度は僕が慰める番なんだ。
れいちゃんと繋いでる手をぎゅっと握りしめて、繋いでない方の手をれいちゃんの頬に近付けた。
「……れいちゃん、好きだよ。……ずっと前から、……きっと、出会った時から」
れいちゃんは僕の言葉に、下手な笑顔で笑った。
「……可愛い」
初めて言葉に出して言えた。れいちゃんはちょっとだけ赤くなって、僕とまたキスをした。
「……私も、好きかも」
れいちゃんは離れ際、耳元でそう囁いた。
「っ……!」
僕は思わず耳まで真っ赤になってしまう。
れいちゃんはそんな僕を見て、仕返しするように「可愛い」と言って僕をさらに赤くさせた。
……あぁ、こんな風に素直になれるのは、これから死ぬからなんだな。
それでも、……それでも嬉しいんだ、今の時間。
死んでもいいくらい。
「……しき」
れいちゃんはゆっくりと僕と目線を合わせて名前を呼ぶ。
僕はそれで察して、ポケットから錠剤を取りだした。
「れいちゃんは5個、僕は4個ね」
そしてそれを分けて、一度に飲み込んだ。
れいちゃんは水なしで飲み込むのに苦戦していたけど、僕も手伝って何とか飲めた。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
僕達は夕日に先を越されないよう、しっかりと手を繋いでへりまで歩いた。
「いつ痛くないの?」
「……もう痛くないよ」
僕がそう答えると、れいちゃんは「そっか」と言って、最後に僕と優しいキスをした。
「バイバイ、しき」
「……違うよれいちゃん」
「なに……?」
「『またね』って」
「……またね、しき」
「またね、……れいちゃん」
僕達はお互いに飛びつくようにして、その崖から飛び降りた。
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