40.「ふたりきり」

落ちていく。

ただ、下へ。


落ちていく……。


ふわっとした感覚の中、ずっと僕達は見つめ合っていた。


(……ごめんね)


僕は頭の中でまず謝った。


れいちゃんにあげたのは、睡眠薬でも痛み止めでも何でもない、ただのビタミン剤だ。

でも、どうせ落ちるしかないなら気休めにはなるだろうから、隠し通したんだ。


「……」


いや、そんな事はどうでも良い、僕達は今落ちてるんだから。


……。


……でも、やけにゆっくりだなぁ。


(こんな時……)


思い出してしまう。


走馬灯って言うんだろうか。

でも生まれてからじゃなくて、僕にとっての一生……れいちゃんと居た日々を思い出す。


『はじめまして』


最初……出会った時のれいちゃんは、まだ僕の名前さえ覚えてない様なそんな子で、僕にとっても……今じゃ信じられないけど、ただのクラスメイトだった。


『……ごめんね』


修学旅行でも色々あった。


思えばあの時に、色々自覚したんだっけ。


れいちゃんが分からなくなったのもあの時。

せっかく手をかじかませて作った雪だるまの僕を潰しちゃったり、僕をはたいたり。


そういえば、結局キーホルダー買ってあげられてないなぁ……。


約束守れなくてごめんね。


『こわいよ』


修学旅行と言えば、れいちゃんは結構可愛らしい所も多かった。


普通の女の子みたいに暗い宿舎の廊下を怖がってたのは……ちょっと申し訳ないけど、可愛かったな。

あの時はよく分からなかったけど、今だからこそ、れいちゃんはちょっと変わってるだけの普通の女の子なんだって言える。


『うるさい』


そういえば、あんなにモノを大切に思ったのも、友達と言い合いになったのも、あれが初めてだった。

考えてみると、あの修学旅行が大きな転機だったんだと思う。


『……いいよ』


れいちゃん家に行ったのも、そのすぐ後だった。

買い物の予定だったのに、あの人……れいちゃんの母親の話が長くて結局帰る時間になっちゃったんだっけ。


あの人も酷い人だった。


……よかったねれいちゃん、もう会わなくていいんだよ。


『やっぱり』


そういえば、れいちゃんからの暴力が始まったのもここら辺だった。

僕がドジして背中怪我して、そこから始まったんだ。


傷口抉られて、あんなにドキドキするなんて、結構おかしいって分かるのに。


僕って……変態だったんだ。


他の人にされたいとは思わないけど……。


『どきどきする』


あの後、初めて試すような真似しちゃったんだ。

今にしてみれば多分、焦ってたんだと思う。


れいちゃんに殴られる事で必要とされるんじゃないかって思ってたから、殴らなくなったら僕は要らなくなっちゃうんじゃないかって。


そんな事無かったのに。


ほんと、バカだったよ。


……興奮はしたけど。


『かわいそう』


で、その後あの友達に……濡れ衣を着せたんだ。

僕がちょっと言葉の隙をついたら、大人しく濡れ衣被ってさ。

それが美学だと思ってるのか知らないけど、あの時は都合が良いとしか考えてなかったな。


……ま、もう僕死ぬし、これ以上背負わなくていいよ。


『あつい』


カラオケで殴られてたりして、……あと、あの部屋を貰えるってなって。

その後、熱っぽいれいちゃんに会ったこともあった。

僕がちょっと看病したりして。


れいちゃんが具合悪そうなのを見るのは初めてじゃなかったけど、さすがにちょっとドキッとしちゃったなぁ。


『めんどくさい』


そうそう、あの男……れいちゃんの父親に会ったのもあれが初めてだった。

初対面であれだけ言われちゃかなわない。


でもあれで、ようやくすぐれいちゃんを救う決心が出来たんだ。


ざまあみろ、もう僕達は逃げ勝ちしてやる。


『私のモノ』


れいちゃんのモノになったのはその後。

最初はよく分かんなかったけど、れいちゃんはきっと僕が『捨てられる』立場になるのが怖かったんだ。

そして、代々続いてきたとか言う前の『モノ』を持つ人達も。


『すきなもの』


父さんに最後の最後尽くされた後は、ほんの少しだけ僕達二人だけの世界だった。


れいちゃんの好きなぬいぐるみ、持って来れなくてごめんね。


『いけない事』


……それからしばらくは、れいちゃんに飽きられないように、学校で殴られたりした。


あの頃は結構ハイになってたなぁ。

結局見つかっちゃったんだけど。


『また会ったね』


れいちゃんと初めて普通のキスをしたのは、あいつ……凛が訪ねて来た時だった。

最初はあの男と同じ様なヤバい奴だと思ったけど、ただのシスコンだったって知ったら、意外と悪い奴では無いなってちょっと思った。


……何よりあいつも、あの男の被害者らしかったから。


『ひさしぶりだね』


でも、あいつが来てかられいちゃんに殴られる機会を失って、不安になってたのは事実かもしれない。


そういえばあの橋下で久しぶりに殴られた時も、夕日を見たっけ。

もうだいぶ前の事のように感じるなぁ。

あの夜にはキスもしたし。


凛に見られも、したし……。


『よしよし』


……で、あいつとも和解して、その夜。


れいちゃんに撫でてもらったんだっけ。

結構カッコ悪かったと思うけど、あの時は初めて甘えられた気がする。


『いや』


そういえば、あの男はどうなったんだろう。

……凛も。


れいちゃんが「いや」と言えたから、僕と凛はれいちゃんを助けられたんだ。


もう二度と、あいつと合わなくていいね。

逃げきれたんだね。


こんな形だけど……いや、これが良いんだ、きっと、これが僕らの正解なんだ……。


『……いこう』


そして、この町に来た。

僕らが落ちたら……いや、死んだ後なんて無いんだから、考えるのはよそう。


優しい人達だったけれど、僕達には痛く突き刺さる優しさだったね。

きっと僕達と違って、産まれた時からみんなを愛して、みんなに愛されて暮らしてきたんだろうね。


『私には……できない』


……だから、知らなかったんだよ。

『当たり前』、『普通』、『ちょっと』が出来ない人の事。

それを頑張ってギリギリ達成できる人の事。


あの人達を責めてるわけじゃないけど、あそこは生きづらかったな。


『……さよならしよう』


結局、僕らはこの世のどこにも居場所が無かった。


でも、ちょっとだけでも違ったらなんて思わない。

今のままのれいちゃんと僕で、今度は生きやすい優しい世界に生まれればいい。


どんな関係でもいいから、ふたりで。


『おわりに……』


最後にれいちゃんとしたのは、きっと僕の中で一番記憶に残ってると思う。


やっとひとつになれたね。

気持ちも……全部。


これから落ちるって事も含めて、全部、僕の心にしっかりと刻まれるから。


だから……


『ふたりきりで、』


そう、ふたりきりで。

ふたりだけの世界へ行けるんだ。

やっと……。


「れいちゃん」


僕は泣きながら、彼女の方を向いて微笑んだ。

気づけば体中傷だらけでボロボロで、でもそんな事なんて気にならないくらい僕はこの世界に壊されてしまっていた。


……あぁ、やっとだ。


僕はまだ君が好きだけれど、このふとした時の虚しさに耐えられないんだ。


…きっと、生きるのに向いていないんだね。


……ごめんね。


壊れたモノは、もう治らないよ。

最後に一緒に、僕と行って欲しいんだ。


『しき』


「えっ?」


気づくと、そこは僕とれいちゃん以外誰も居ない、真っ白な空間だった。


『しき、ありがとう』


「何が……」


『私を見つけてくれて……ありがとう』


「!」


僕は咄嗟に、れいちゃんに死んで欲しくないと思った。


今更……何でだよ。

僕は自分を下にしてれいちゃんだけは助かるようにぎゅっと抱きしめた。


「ごめん……お願い、れいちゃん」


僕は良い。やっぱり、れいちゃんだけでも……


『……しき』


(……えっ?)


ふわり、と体が動く。


……何で。


何でれいちゃんが、僕を庇うの…?


『しき、』


れいちゃんは、僕の下になって僕の体をすっぽりと包み込む様に抱きしめた。

まるで、僕の事を……


『しきは、私がどんなワガママを言っても、どんなに傷つけても、私を受け入れて愛したよね』


「えっ……えっ…?」


『私、しきのその愛し方、やっぱり正しくなんてないと思うよ』


「……れいちゃ…」


『でもね、……好きだから、』







『生きて欲しい』














「っ!!!」


……僕が目を開けると、そこには真っ白い天井があった。





心中編【完】

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