37.「できない」
「そっち持ってー」
「は、はいっ」
市場での仕事は、意外と重労働だった。
れいちゃんは今日は体調不良ということで休ませれたけど、いつまでそれで持つか分からないし、なんだか僕達だけズルしてるみたいでちょっと申し訳無かった。
だから、僕はもっと頑張らなきゃ。
「しきくーん、こっちこっち」
「弟くーん」
「!……はーい!」
……でも、何かおかしい。
何だろう……嫌な予感がするというか。
でも、こんな短時間であの男がここを嗅ぎつけられる訳ないし……。
結局今日はその違和感にたどり着けないまま、仕事を終えてしまった。
「「「いただきまーす!」」」
「いただきます」
瀬戸さん家の元気な三兄弟の声に気押されしつつも、僕もそう声を上げて食べ始める。
「弟くん大丈夫?お姉ちゃん……」
「お……あ、お姉ちゃんは……まだちょっと具合悪いみたいで、ちょっと夕飯持ってってやっても良いですか?」
「もちろん。……じゃあ後でよそっとくね」
「すみません、ありがとうございます」
「いいのいいの、もう家族みたいなもんだから」
この町の人はみんな優しい。
だからこそ、その優しさが痛かった。
「ごちそうさまでした」
僕は汚い食べ方にならないように、……でも急いで食べて、瀬戸さん家のお母さんが用意してくれたれいちゃん用のご飯の乗ったおぼんを持って階段を上がる。
「れいちゃん、ご飯だよ」
「……」
僕が声を掛けても、れいちゃんは布団を被ったままだった。
「寝てるのかな」
「……」
僕がお盆を置いて、れいちゃんの居る布団の山に近寄ると、
「うっ……」
と声が聞こえた。
「れいちゃん?!具合悪いの?!……わっ!」
僕がその声に慌てて近寄ると、布団の中に頭をとられる。
僕が驚いていると、れいちゃんは小さい声で「誰も居ない?」と聞いてきた。
「えっ……居ない……よ」
「……」
僕の答えを聞いてゆっくり起き上がったれいちゃんは、顔色が悪くて、本当に病気してるみたいだった。
「っ……どうしたの、具合悪い…?」
「怖い……」
「何が……?」
「ここの人、やだ……」
「……何あったか、教えて」
「……」
ぽつぽつと話し始めたれいちゃんの話は、大体がお節介な優しい住人のエピソードだったけど、そのお節介はれいちゃんにとっては苦しいものなんだと僕にはわかった。
頻繁に部屋に来たり、言葉遣いを何度も直されたり……。
「やだ……しき、やだよ……」
「れいちゃん……」
僕には、れいちゃんの言葉が痛いほど胸に刺さった。
れいちゃんの幸せを……れいちゃんを守るために越してきたのに、こんなんじゃダメだ。
「……分かった。明日僕がはっきりみんなにお願いするから。……だから、今日はもう寝よう」
「うん……」
僕達は支え合うように、抱き合って目を瞑った。
都会もダメ、田舎もダメ……どこへ向かおう。
いっそ2人だけで暮らせる所があればいいのに。
あの家みたいに……。
……僕もなんだか疲れちゃった。
初日だからかな。
今日は早く寝よう。
****
「弟くーん」
「しきくん?」
「あれ……」
次の日の仕事場。
(僕、どうやって演じてたっけ…)
僕はふとした時、分からなくなってしまった。
僕の気を使える性格……あの、学校や家でしていた従順な性格は、どうやってするんだっけ。
「姉ちゃんの風邪がうつったか?」
「日射病にしては早いもんなぁ」
「ぁ……」
「とにかく、そこの日陰で楽にしてなぁ」
「……」
(ありがとうって言わなきゃ、ありがとうございますって……)
言葉が全て喉に詰まる。
何も喋れない。
どうして?
……こんな事、無かったのに。
優しい人に、どうやって関わればいいんだっけ。
友好的な人とは、どうやって仲良くなるんだっけ……。
どうしよう、僕が、僕が壊れてく。
助けて……助けてれいちゃん……。
「しき?」
「!」
限界だと思っていたその時、振り返るとそこにはれいちゃんが居た。
「れいちゃん!」
僕は思わずれいちゃんに抱きつく。
作業着だから汚いと思うのに、れいちゃんは真っ白なワンピースのまま僕の事を抱き返してくれた。
「どうしたの」
「ごめんなさい……ごめんなさいれいちゃん、僕もう働けない……いい子で居られない……」
「……そっか」
「ごめんなさい……」
謝り続けるしか出来ない僕の頭を撫でて、れいちゃんは、
「……じゃあ、おんなじだね」
と言った。
「同じ……?」
「うん。私と同じ」
見上げると、責める訳でもなく、哀れむ訳でも同情する訳でもなく、れいちゃんは穏やかに笑っていた。
……あぁ、れいちゃんの近くにいると、僕は僕を保って息ができる。
「私も、逃げてきたよ」
「あっ……お仕事させられてたの?」
「うん。元気だけど出来ないって言ったら、簡単なやつで良いからって」
「そっか……」
『簡単なやつ』
それは、れいちゃんにとっては簡単でも何でも無いんだ。
僕だって、今まで努力だけは出来てたからやっと人並みに出来るだけで、その努力をしなければ人並み以下、何も出来ない。
僕達は……この町では暮らしにくいかもしれない。
「れいちゃん……」
「……しき」
2人でしばらく抱き合いながら見つめ合う。
今だけは、れいちゃんも同じ気持ちだと思った。
お互いだけが理解者で、お互いだけがこの町で『出来損ない』で、期待に添えないダメな子。
でも、お互いだけは、そんなダメな子な自分を許してくれる。
「おーい!そこの姉弟!ご飯だよー!」
僕達はその声にハッと戻される。
でも、れいちゃんと手を繋いでいれれば息が出来た、優しい人の前でいい子であれた。
「はい!」
僕は大きな声で返事をして、れいちゃんとゆっくり駆け寄る。
「弟くん疲れちゃった?午後はおやすみで良いから、着替えてらっしゃいな」
「……!はいっ、」
僕は昨日やった通り、玄関で作業服を脱いでから言われた場所に置き、自室に上がって服に着替えた。
(……そうだ、れいちゃんの新しいワンピースも持ってってあげよう)
作業着で抱きついてしまったし、汚れも匂いもついてるハズだ。
更衣室らしい所もあったし、着替えさせて貰おうと思ってワンピースも持って皆で昼ごはんを食べている所へ戻る。
……と、
「ダメよー?ちゃんと食べなきゃ。それ、あーん」
「んぐ……もう要らない……」
「女の子なんだからもっとおしとやかに……」
「箸の持ち方、こうね!」
「あーん」
れいちゃんは僕の居ないあっという間にたくさんの人に囲まれて具合悪そうにしていた。
「す、……すみません!れいちゃん、食べれなくて!」
「食べれないって……こんなちょっとじゃ死んじゃうよ、それ、あーん」
「うっ……」
町の人達は本当に心配して、善意で食べさせようとしてくれているんだろう。
だからこそ、タチが悪かった。
「うぇっ……」
目の前にスプーンに山盛りにしたのを突き付けられて、とうとうれいちゃんは目に涙をためて吐き出してしまった。
「れいちゃん!」
「きゃあっ!」
「大変、誰かティッシュ……」
「何だ何だ?」
たちまち人だかりが出来てきて、ますますれいちゃんの顔色は悪くなる。
でも「大丈夫ですから気にしないで」なんて、大丈夫じゃないのに言える訳もなくて、どうする事も出来なかった。
「れい、どーしたの?」
そのうち、三兄弟も端の席かられいちゃんの騒ぎを聞きつけたのかやって来て、吐いてしまったれいちゃんを見て、一人が、
「ゲロ女だ!」
と楽しそうにはしゃいだ。
「っ……!」
「こらっ!」
僕が怒りたいのを必死に堪えていると、さすがに母親が非難してその一人をこずいた。
……でも、忘れていた。
そう言われた本人が、口じゃなくて行動で示す人だと言う事……。
バシンッ…
れいちゃんの強い平手打ちがその子供に命中し、辺りの空気は嫌という程凍り付いた。
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