第4話

「外は寒かったでしょう」

 家の中には、質素だけれどセンスの良い調度品が並んでいた。カナリアさんも、見た目は優しげな普通の女性だ。とてもじゃないけど、国を守る偉大な魔女には見えない。

「あの……ありがとうございます」

 キッチンの二人がけの椅子に座らせてもらい、いただいた紅茶に口をつけると、甘い香りと味が広がった。

「その紅茶、ナラリア公国産なんですのよ。知っているかしら、アマリア姫も好んで飲まれていた」

「そうなのですね。美味しいです。体が温まってきました」

「そうでしょう。貴方のお父上であるリキュア王子もお好きだと聞いておりましたわ。直接お会いしたことはありませんけれど」

 若干声がしんみりする。

「その父のことを、今日は伺いに来たんです。でもこんな情勢じゃ、お邪魔でしたよね……押しかけてごめんなさい」

「いいのですよ。私の魔力では城壁は破れない。そのうち収まりますわ。貴方のお父上のことは、回想魔法で今から見せてさしあげましょう」

「お願いします」

「じゃあ、こっちに」

 カナリアさんは、私を温室に導いた。たくさんの植物が生い茂っている中に、何もないステージのような空間があった。

「中央に立って。今から幻視を起こします。あなたは歩いたりする必要はありません。知りたいことを強く念じて」

 写真でしか見たことのない父の姿を思い浮かべる。快活そうな笑み。友達と肩を組んでいる。私のお父さん。

 目の前に、青年の姿が浮かび上がった。軽やかな足取りで村を歩いている。これがお父さん……!? 付き添いの召使いは見当たらない。こっそり村に出て、身分を隠して遊んでいたという情報が頭の中に流れ込んでくる。なるほど。私みたいじゃないか。

 父は村の祭りに忍び込む。賑やかに、楽しげに踊っている村の人たち。その中に、輝くような微笑みを浮かべて踊っている女性がいる。父は心惹かれて、彼女にダンスを申し込む。頬を赤く染めて父の手を取る女性。お母さんかもしれない。すると頭の中に、そのとおりだという直感が閃いた。やっぱりそうなのか。スマートに母をエスコートする父と、スカートをひらめかせて踊る母。なんて幸福な映像なのだろう。二人は意気投合し、父は母の手を取り、川辺に座る。川の流れが、外灯の光を受けてダイアモンドのようにちらちらと輝いている。お互いの人生のことや、音楽、生活のことを語り合う二人。まるで映画のようだ。うっとりして眺めていると、場面が変わった。何度かこっそりと城を抜け出して母に逢う父。夢中で愛を交わす二人。でも、ロマンスは突然終わりを告げる。父は闇の国の王に見初められ、さらわれてしまう。ナラリア公国に言うことをきかせるためという意図が最初にあったようだけど、途中から王の興味は父自身にも移っている。度々魔物を放ち、隣国を恐怖に陥れようとするならず者国家の国王は、どうやら初めて人を好きになったらしい。囚われた父は悪行を止めるように国王に度々言い募る。しかし、王は興味の対象を大事にするということができなかった。父を苛めさいなむ闇の国の王。愛された経験を持たないためにそういうことをすると察した父は、王を愛するようになる。それが、ひいては故郷の安全を守ることになると察知したのだろう。何をされてもひたむきに愛を与える父だったが、ついに王は改心しなかった。二人の最期は、父が下した制裁だった。ばぁやは地震で亡くなったと言っていたが、それは間違いだったのだ。父が全てを終わらせていた。

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