第6話

「江藤くーん、今日金糸雀んちで勉強会するんだけど、金糸雀が江藤君も誘っていいって言ってるんだよね。来る?」

 姫野からの久しぶりの勉強会のお誘いに、俺は頷く。

「行かせてもらうよ。利一も呼んでいいかな? 金糸雀ー? 利一も一緒でいい? 今日丁度ファミレスで課題終わらせるかって言ってて」

「いいわよー」

 少し離れた席から両手で輪を作ってみせる金糸雀。孝祐のほうに目を転じると、サムズアップをしていた。よし。あんまり蒲生のほうは見たくないが、たぶん睨まれている。はは。


「金糸雀さんの家に行くの、初めてだな」

 と、四人で下校しながら孝祐がひとりごちる。

「え、ほんと!? わ、そうかも何気に」

 金糸雀が驚いた声をあげる。二人とも幼馴染み同士だが、どちらかというと俺と仲が良いという感じだ。決して不仲というわけではないのだが。姫野が少し前に出る。

「じゃあ、記念すべき日だね」

「はは、そうだな」

 相槌を打つと、何故か金糸雀はこちらをじっと見てきた。なんだなんだ。見つめかえすと、ふいと視線を逸らされた。金糸雀はたまにこちらを注視してくるようなところがある。何を見ているのかは知らないが。

 家につくと、部屋に通された。

「ぱぱっとやって遊んじゃいましょ」

 金糸雀が手を叩く。

「利一君、英語はお得意?」

「苦手……ではないかな」

「充分ね。教えてくれる?」

「いいよ」

「え、英語得意な人いてくれて嬉しい、私にも教えて」

 姫野が身を乗り出す。

「ご期待に沿えるかどうか」

「大丈夫。ここにいる誰よりもできる」

 金糸雀が謎の太鼓判を押すが、実際その通りだった。英文作りに四苦八苦する3人をよそに手早く書き上げた孝祐は、順番に文法や語順なんかを教えてくれた。それでいて、内容には口を出さない。理想的な教師だ。金糸雀などは目を輝かせている。

「さっすが利一君! こんなに長文で、しかも文法が破綻せずに書けたのは初めてだわ」

 勉強会は終了し、雑談の時間となる。

「利一君て、蒲生君と仲良いわよね。普段何を話してるの?」

 金糸雀がそんなことを言う。孝祐は頬を掻いて笑った。

「くだらない話だよ。ゲームのこととか」

「女子の話とか? んー、でもあんまりそういうイメージないわね」

 金糸雀は時に鋭い。

「姫野なんか最近えと」

「おっと、そこまでよ金糸雀。私達も別に男子の話なんかしないわよね?」

 圧がすごい。

「……そうね、あんまりしないわね」

 金糸雀は澄ました表情でお茶をすする。よく分からないが、女子同士の結託みたいなものを見た気がした。

「姫野は休みの日とか何してんの?」

 孝祐の質問に、ぴきっと俺の姫野の間に緊張が奔る。

「そそそ、そうね、喫茶店によく行くわね」

 動揺が隠せてないぞ、姫野。そういう俺もポーカーフェイスを作るので精一杯だ。

「へぇ、喫茶店好きなんだ」

「えぇ、メニューとか、店によって違うし」

 いけしゃあしゃあと嘘をつく姫野。援護しとくか。

「喫茶店で何やってるの? 読書とか?」

 しまった、これじゃ嘘を重ねさせてしまう。案の定姫野にギロリと睨まれる。心の中で手を合わせて謝罪しておく。

「……そうね、小説読んだり、ツレの男の子と話したり」

「姫野さん、付き合ってる人いるの?」

 もっともな質問だ。まさか……。

「いいえ、でも親しい人と。江藤君とか」

 ぐわ、やられた! 死なばもろともというヤツか。

「修平、一緒に行ったりしてたんだ」

 ち、違うんだ孝祐。これは嘘だ。後で弁解、というわけにもいかない。俺が白状すれば、姫野の秘密も同時に暴くことになる。

「……一回二回の話だぞ」

 実際、姫野がうちのホストクラブに来たのは二回だ。一度目は俺と顔を合わすなり逃げられて、二度目は口封じに来た。孝祐は傷ついたような表情をして俺を見た。あああ、違う。


「僕と修平の間には秘密なんてないと思ってた」

 帰り道、孝祐は悲しげに呟いた。

「よく考えたら、そんなことないのにね。……でも、そういう話なら、いつもなら言ってくれるのに」

「ごめん、孝祐……」

「弁解してくれないんだ」

 孝祐は少し笑って俺を見た。

「いいよ、いつか修平は女の子を好きになると思ってた」

 こんなに寂しい表情をさせてしまっているのに、俺は何も言うことができない。こんな時にこんな体たらくな自分を恨んだ。

「……裏切るつもりはなかったんだ」

「だろうね。修平なら、新しく大事な人ができたとしても、最後まで僕に誠実であろうとすると思う。ぎりぎりまで言わないとか。それを誠実って呼ぶならね」

 孝祐は寂しげに微笑んで手を振った。

「ばいばい。今まで楽しかったよ。幸せにね」

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