第5話
「……いや、隠そうとした僕が馬鹿だったよ。僕は確かに蒲生に弱みを握られてる。それは大切な人の命なんだ。……つまり君だよ」
孝祐が俺を見た。
「どうか僕が言ったことは忘れてほしい。もう遅いかもしれないけど……蒲生は本気だよ。僕を手に入れるためならなんだってやる。今までもそうだった」
「江藤君? 大丈夫?」
ドアの向こうから蒲生の声が聞こえてくる。孝祐はぱっと表情を変えて振り返り、元気に返事をしてみせた。
「治まってきた! 蒲生は気にせず部屋にいといてー!」
しばらく沈黙があり、「分かった」と返答があった。隣の階段を登っていく音。孝祐は俺に素早く囁いた。
「何か感づいているかもしれない。理由をつけて、今日はもう帰って。送るから」
「……分かった」
事情の全ては飲み込めていないが、孝祐の言うとおりにしようと思う。二人で手洗いを出、孝祐の部屋に入る。
「俺、ちょっと調子悪いみたいだし帰るわ。蒲生、ありがとうな」
「こっちこそ……楽しかったよ」
炯々とした瞳の光も束の間、名残惜しそうな表情をする蒲生。
「じゃあな」
「じゃ蒲生、修平送ってくるから、ちょっと待ってて」
「うん」
二人で玄関先に立つ。
「雨降ってるね」
孝祐がブルーの傘をぱっと広げる。
「相合い傘で行こう。まだ小降りだ」
路面はしっとりと濡れていた。二人の足音だけが響く。
「……孝祐、いつからなんだ。蒲生との付き合いが始まったのは」
「高一の時。向こうから話しかけてきた。お互いにゲーム好きなことが分かって、たまに遊ぶようになって……」
「なるほどな。そこから脅されるようになったと」
「脅しっていうんだろうね……うん、たぶん」
「他に何かあるのか」
「う〜ん……なんか彼、目的はどうも僕を独占することっぽいんだよね。それさえできればいいらしいというか……でも僕自身は修平とも遊びたいし、いつもみたいなこと、したいし、な、みたいな……」
歯切れを悪くし、照れたように俯く孝祐。うん、言いたいことはなんとなく分かった。
「ま、じゃあ蒲生がなんか言ってきても話半分に聞くわ。俺達の関係を変える必要はない。だろ?」
そう言うと、孝祐は嬉しそうに頷いた。可愛い。普段は快活で頼れる男然とした孝祐が、俺だけに見せる表情を、密かに脳内にサンプリングしている。ここだけの話だが。
家の前まで来、孝祐は俺を軒下まで誘導すると、手を振った。
「じゃあね、修平」
「うん、じゃあな。送ってくれてありがとうな。帰り、気をつけて」
半歩前に出て孝祐の元へ行く。頬に触れて軽いキスをする。出会った時から、彼に対する気持ちは変わらない。運命の人だと思った。彼も同じ認識でいてくれていることを得難いことだと感じている。しばらくして、孝祐の手を離し、家に入った。
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