第14話 教皇の審判(後)
ハイエロファントの言葉に顔を上げて、すぐに彼の袖を強く掴んだ。先に上階に到着していたエンペラーたちも、ただ呆然とその光景を眺めている。
腰まである鉄柵の向こう側は、床が無い。更に向こうにある壁には、半球状の玻璃が二つ貼りついている。玻璃の中は、濃い緑色の液体に満たされていて、それぞれに見知った人物が入っていた。
「父さん。おばさん」
父とおばが、安置されている。衣服をまとい、安らかにも見える顔は、眠っているように見えた。
いや、実際に、ジャスティスは眠っているだけなのかもしれない。時々、泡が上に向かって流れていくのが見える。
「彼等はね、生きているんだよ。私も、初めて知った時は、驚いた」
「生きてる? 母さんもワンド教授も、知っていたの?」
「さあ、どうだろうね」
目を伏せた兄は、緩く首を横に振った。
「誰がどこまで知っているのかは、私にも分からないが。きっと、みんなが迷う心を持っていた。誰もが口を閉ざしていた。やがて塔が現れて、エステスが島に来て、後に引けなくなってしまった、といったところだろう」
少なくとも、仕掛けを作ったというストレングスは知っていたに違いない。彼女は、いや彼等は、塔が出現するまで、どんな思いで隠してきたのだろう。どういうつもりで、ここまで導いてきたのだろう。
「ただ、生きている、と言うには語弊があるのだと、徐々に気が付いた」
再び壁を見上げた兄の顔は、青ざめているように見えた。自分も、足から血の気が引いていく感じがしている。何度見ても、たとえ事実を知っていたとしても、慣れる光景ではないだろう。
「半生半死なんだ。永遠の命の技術が絶たれれば、彼等は生きていけない」
「はん、し?」
喉の奥が、引きつる。視界が、揺れる。こめかみの辺りで、自分の鼓動が大きく脈打つのが分かる。
「死に近づいている人間を液体の中に入れると、腐ることもなく永遠に眠り続ける。液体から出せば、途端に維持されてきた組織が壊れだす。これこそが、おばが最初に開発した、本来の技術なんだ。こんなものは、いらない。いらないが」
兄の手が、強く握られる。彼が何に迷ってきたのかを知った。ずっと抱え込んできたのだ。1人で。
「兄さん。姉さん」
ラバーズが、こちらに駆け寄ってくる。彼女は、大粒の涙を流していた。抱き寄せると、白く細い腕が、すがりつくように自分の背に回される。
「俺、反対だよっ。せっかく、お母さんに会えたのにっ」
デスが、鉄柵の前で両腕を広げた。彼の後ろには、最後の鍵と思わしき半球体と台座が見える。
そんな彼を、エンペラーが後ろから抱いて、退けた。暴れる小さな体をどうにか抑え込みながら、金色の目をハイエロファントに向ける。
「やれ、ファント。この状態は、生きている者たちの醜い執着の表れにすぎない。ここまで導いてきたジャッヂメントが、レンに託したジャスティスが、このままを望むわけがない」
そう言うエンペラーも、実は辛いに違いない。大切な人には、やはり生きていてほしいのだ。既に、父親の記憶が薄れかけてきてしまっている自分でさえ、そう願ってしまう。
父にも、おばにも、ストレングスにも。なぜ、残酷な選択を4兄妹に、兄に背負わせるのかと恨まずにはおれない。
それでも、視線の先にいるジャッヂメントが笑って頷くから、震える手で兄の背中を押した。
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