第14話 教皇の審判(前)
「エステス」
階段を上りきったハイエロファントは、踊り場の中央付近で立ち止まった。自分が待っているとは思わなかったのか、目を丸くしている。
「ハイエロファント兄さん。聞きたいことがあるの」
「うん。私で分かることなら、答えるよ」
「ここには本当に、永遠の命の技術があるのね?」
頷く彼には、まったくと言っていいほど覇気が感じられない。
永遠の命の技術のすべてが、自分の背後にある階段の先にある。彼の目的である、永遠の命の技術を絶つ術もまた、等しく眠っているはずなのに。
「ねえ、兄さん。何を、そんなに迷っているの? デビルやみんなのために、迷っているの? それとも、絶つこと自体に迷いがあるの?」
兄は、『絶つこと』に弾かれたように反応し、強く頭を横に振った。
「違う。そうじゃないんだ」
『じゃあ、何をそんなに迷っているんだい? ファント』
自分と兄の間に割って入るようにして現れたのは、ジャッヂメントだった。今度の映像は、幼い頃の自分たち兄妹が見知った、父親としての彼の姿だった。
映像である彼が、自由に現れたり消えたりできることは理解できているつもりだ。それでも、突然現れれば、つい驚いてしまう。ハイエロファントも同じようで、目を見開いたまま、父の姿を見ていた。
「とう、さん?」
『すまない、ファント。すべてを知るということは、辛いことだね』
父は、何を言っているのだろう。兄は、何を知っているというのだろう。
ジャッヂメントの背中を見上げ、次いでハイエロファントに視線を移した。彼は、今にも泣きだしてしまいそうな顔をしている。
「なに? どういうこと? この塔には、まだ何かあるの?」
振り向いたジャッヂメントは、子供の頃によくしてくれたように、自分の頭を撫でたようだった。残念ながら、感触は無かったが。
『エステスは、母さんに似ているね。いつも真っ直ぐで、どんなことにも目を逸らさない。ファントは、私似だな。もし同じ状況に立たされたら、私も迷っているよ』
その時、デスの悲鳴が聞こえた。
「デスッ?」
階段の上を仰ぎ見る。ここからでは見えないが、ただ事ではなさそうだ。父も兄も放っておいて、階段を駆け上がろうとする。
しかし、兄に手首を強く捉えられて、進むことができなかった。
「危険な目に遭っているわけじゃないんだ。ただ、相当な覚悟がエステスにもいる」
振り返ると、兄の真摯な眼差しとぶつかり、戸惑う。
「どういうこと?」
『ここにあるのはね、エステス。永遠の命を絶つ方法だけだ。永遠の命の技術のすべては』
ジャッヂメントは、ハイエロファントの頭を軽く叩いてみせた。さっきと同じように、兄は何も感じることができなかっただろう。
『永遠の命を絶つということは、その人の時の流れを呼び戻すということ。副作用が無くなるのと同時に、今まで止まっていた時間分を体が取り戻そうとする。成長期が過ぎたエンペラーやホイールならまだしも、デスは短期間だったとはいえ苦痛を味わうことになるだろうね』
それを聞いて、言葉を発することができなかった。想像することさえ難しい。
今、この塔の内部にいるすべての人間が、永遠の命の呪縛から解かれた後にどうなるかを知らないのだ。
『でも、ファントが迷っているのは、このことだけじゃない。いいや、このことじゃない。上に行けば、わかるよ』
「父さんっ」
ハイエロファントが、抗議するように父を呼ぶ。しかし、ジャッヂメントはただ、ほほ笑むだけだった。
『行こう、ファント。君の鍵が、必要だ』
ジャッヂメントは自分の頭上を飛び越えると、階段を上っていってしまう。
まだ不安気な表情を浮かべているハイエロファントと顔を見合わせて、父の後ろに続いて階段に足をかけた。1段1段が、非常に重いものに感じる。
「エステス。どうして、父さんがこれほど正確に会話を成立させているのか、不思議に思わないか?」
「それ、デビルも言っていたけど。プログラムじゃないの?」
あまり機械工学などに知識が無い自分は、簡単に片づけていたのだが。
「いや。それでは、違和感が出るだろう。ハングなら独自で、神経回路や記憶媒体なんかの研究もしていたようだが。父さんは」
兄の言い回しが、どこか曖昧なものに感じる。まるで見当がつかなくて、少しいらだってしまう。
「だとしたら、どういうこと?」
疑問の答えを兄の口から聞く機会は、永遠に失われた。
「最上階だよ。エステス」
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