第11話 白い鳥(後)

「レン。大丈夫か?」


 テンパランスが、声を掛ける。

 ストレングスの左足首は、鎖で壁に繋がれていた。しかし、ぱっと見た限り、外傷などは無さそうだ。

 テンパランスのレーザーナイフが、鎖を切る。


「ありがとう、ランス。みんなも。私は、大丈夫よ」


 ストレングスは、茶色い瞳を細めて笑う。疲れているように見えるものの、言葉に偽りは無さそうだ。

 ただ、いまだに左足には鎖の切れ端が付いたままだ。彼女の細い足では、引きずるのが精一杯だろう。


「しかし、それでは走れないだろう。手荒で、すまん」


 エンペラーは一言謝ると、軽々とストレングスを抱え上げた。

 小柄とはいえ大人の女性1人を軽々と横抱きにする彼に、テンパランスは顔を赤くして、口を開いたり閉じたりしている。

 しかし、結局は何を言うこともなく、口を引き結んだ。内面では、同じ男としての悔しさだとか、嫉妬だとか、色々な感情が波のように押し寄せているのだろう。


「とりあえず、中央棟に戻ろう」


 嫉妬などとは無縁なのだろうか。飄々としているデビルの言葉で、再び走りだす。

 警報が耳に痛いほど鳴り響く中を、駆け抜ける。疲れてはいるが、弱音を言ってはいられない。

 中央棟に入り、エンペラーたちが上へ向かおうとするなかで、デビルが頭部へと走りだした。


「どこへ行くのっ?」


「ちょっと細工をね」


 そう答えただけで、デビルは走っていってしまう。大声を出して制止したいが、息が上がってしまって、ままならない。


「ランス。レンたちを、よろしく」


 迷ったものの、デビルに付いていくことに決めた。覚悟してしまえば、踊っていた心臓が少しだけ落ち着きをみせるから不思議だ。

 驚いて目を丸くするテンパランスを横目に、尾翼棟へと走る。さっき見た機械と同じようなものを見つけて、銃を放つ。新たに警報が鳴るのを確認してから、テンパランスの元に戻った。


「これで、下の階は研究員を分散できると思うから、安心して上に行って。そっちの方が大変なんだから、気を付けてね」


 それだけを言うと、今度こそデビルを追いかけ始める。幼い頃は、白い鳥を追うことができなかった。今度は、どうしても白い天の使いを見失いたくない。

 重要な部屋が多いのだろうか。やたらと、四角い機械が目に付く。

 銃を放っては走り、また止まっては銃を放つ。

 繰り返すのは時間が掛かるが、デビルには意外と楽に追いつくことができた。鳴りだした警報のあまりの多さに不審を抱いて、立ち止まって様子を窺っていたらしい。


「エステスッ。なんで、こっちに来たんだよ? それに、この警報の多さは何?」


「何って。この方が、分散できるじゃない」


「やりすぎだよ。かえって、怪しいじゃないか」


「だから、まだ私たちは1階にいるって思わせられるでしょう?」


「まあ、そうかもしれないけど」


「それより、何をしようとしているの? 今度は、置いていかないでよ?」


 デビルは、まだ不満げな表情を浮かべてはいるものの、手を繋いでくれた。


「ここまで来られちゃ、置いていけないよ。来て。見れば、分かるさ」


 更に走って向かった先は、駆動室だった。

 様々な計器と歯車とピストンが、忙しなく動いている。鉄の壁で覆われている部分もあれば、太いパイプがむき出しになっている箇所もあった。廊下よりも、温度が高い。晩春に運動した後なんかに、感覚が似ている。


「ここは、鳥の心臓だよ。エステス。あそこ、狙って撃ってくれる?」


 言われるがままに撃ち抜いたのは、なんの変哲もない鉄の壁だった。いや、故意に薄く貼ってあったらしい。ひしゃげた鉄の中に、赤く丸いボタンがある。

 ボタンをデビルが押すと、計器の合間に隠れるようにしてあった液晶画面が立ち上がった。


「60?」


「あと60分後に、この部屋は爆発する」


「えっ?」


 驚きの声を上げるが、それに構うことなくデビルが手を引っ張る。

 確かに、このままここにいても、爆発に巻き込まれるだけだ。そう考えて、自分の足で、しっかりと走りだした。


「どうして、あんなものがあるの? まさか」


 名前を言う前に、「違う、違う」と否定される。


「僕が仕掛けたわけじゃないよ。これを仕掛けたのは」


 デビルが口を閉じて、立ち止まる。数十歩先に、通路を塞ぐようにして、研究員たちが並んでいた。

 彼等の1歩前に、黒髪の男が立っている。その緑色の瞳には輝きが見えず、心の闇を感じさせた。

 小刻みに震える手をごまかすように、デビルの手を強く握った。

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