第9話 永遠の命(後)

「うちになら、あるよ。だてに、空飛ぶ研究所の所長をしていたわけじゃない」


 フールは、言いながら片目を瞑った。


「まずは、ホバーカーでうちに行こう。でも、飛行機は小型だから、一般的な乗用のホバーカーに乗れる人数しか案内できないな」


「となると、フールを入れて、4人までってことね」


 無理をすれば、あと1人、2人は乗ることができる。しかし、帰りはストレングスを。もしかしたら、兄も乗ることになるかもしれない。


「僕は飛べるから、ホバーカーも飛行機も必要ないよ」


 椅子ごと宙に浮いたデビルを、テンパランスが呆れたような顔をして見上げる。


「便利だな、その副作用。ていうか、俺達に付いてくるつもりかよ?」


「エステスの傍にいる方が楽しいし。どのみち僕の家は、空の上だからね。副作用については、ありがたく使わせてもらってるよ」


「じゃあ、私とフールとランスとエンペラーとデビルの5人で、上に行くってことで良いかしら?」


 指を折り曲げながら、ホイールの顔を窺い見る。


「うん、頼むよ。僕は、少しやることがあるから。エンプレスを借りても良いかな?」


 逆にこちらに伺いを立てた彼は、エンプレスの前で屈みこんだ。


「悪いけど、少し手伝ってほしいことがあるんだ」


「うん。わかった」


 自分でも手伝えることがあるのが、嬉しくてしかたないらしい。エンプレスは、頬を染めている。


「エンプレスが行くなら、僕も行くよ」


「ああ、良いよ。マジシャンは、ラバーズを連れて、先に塔に向かってくれ。僕の勘が正しければ、4兄妹は必要になる」


「分かったわ」


「それじゃ、各自、成功を祈る。解散っと、言いたいところだけど」


「まだ何かあるのかよ?」


 テンパランスが、うんざりとしたようにホイールを見上げる。研究所に向かう手段があると分かったことで、気が急くのだろう。上半身を前後に揺らしている。


「みんな、おなかは空いてないかな?」


 指摘されて、胃の辺りを擦る。急に空腹を感じるのは、現金というものだろうか。


「そう言われてみれば」


「気付かない内に、昼もだいぶ過ぎていたようだな」


「俺、2日も昼飯、逃してるっ」


 今まで、よほど規則正しい生活を送ってきたのだろう。テンパランスは、ホイールを睨みつけていたことも忘れて、大きな衝撃を受けている。


「これから動いても、目的地に着く頃には暗くなっているだろうし。僕の用も、明日の方が都合が良いんだ。今日のところは、ここに泊まっていくということで、どうだろう?」


 空腹はともかく、ホイールに『明日の方が都合が良い』と言われてしまえば、賛成するより他にない。デビルも含めて、1晩、世話になることになったのだった。


 ◆◆◆


 若い頃は、運動神経が良い方だと自負していた。誰にも気付かれることなく、容易に部屋から抜け出せると、軽んじていた。

 しかし、どうだろう。今、目の前には、娘が毅然とした態度で立っている。


「何をされているんですか?」


 普段は1歩引いたところがある娘が、こちらを睨みつけている。明らかに、怒っている。


「それは、少し違いますよ。今から、しようと思っていたところです」


 穏やかに言ってみても、揶揄やゆしてみても、彼女の表情は変わらない。絶対に、引く気が無いのだと知れる。

 その一本気な面が、若かりし頃に心揺らした女性を連想させた。次いで、彼女の長女を。

 自分の娘は、こんなにも強い女性だっただろうか。友人の家族に現を抜かしすぎて、肝心な彼女の成長を見過ごしてきたとでも言うのだろうか。

 彼女が産まれてからというもの、最も大切な人は、かつての片恋の相手でも亡くした友人でもなく、目の前にいるその人だというのに。


「私は、大事な教え子を迎えに行かなければなりません。無理を押してでも、動かなければなりません。過去を清算しなければ」


「塔へ行けば、清算されるのですか?」


 鋭い声音に、思わず苦笑してしまう。


「されると言うか、自己満足、なんでしょうね。しかし、それで折り合いをつけることができる。思い出は大切です。でも、今この時は、もっと大切なんですよ」


 娘は廊下へ出ると、平らに折りたたまれた何かを持って戻ってきた。彼女の細い手によって組み立てられたものは、空気椅子だった。車椅子ではなく、空気椅子なのだ。その意図が分かり、目を見張る。


「ソード。それは」


「砂の上を行くのなら、こちらの方が良いでしょう?」


 硬い土の上ならともかく、砂漠の上で細い車輪を動かすのは容易ではない。砂に埋もれてしまうからだ。


「今からなら、明日の昼前には、島の中部に着くことができますよ。そこまで、私も一緒に行きます」


 なんということだろう。彼女は最初から、理由さえ分かれば、自分を島に送り届ける気でいたのだ。本当に、知らぬ間に素晴らしい娘へと成長してくれた。

 ああ、私も歳を取ったものだ。この時、改めて思ったのだった。

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