第9話 永遠の命(前)
「当時、君たちのお父さんは、ある研究会に所属していた。その研究会は、様々な光線を扱っていた。彼等は、あの小高い山」
ホイールが指し示した先には、ここよりも高い山があった。距離としては、ホバーカーを緩く走らせて半刻かかる程度といったところだろうか。
「あそこから研究所に向かって、とある光線を投射した。威力は弱めてあったし、目標物が要る実験だったようだ。ところが」
「失敗だったのね?」
「そう。拡散された光線は、思いのほか広がって強力なものとなった。幸いにも、その頃には空飛ぶ研究所への引っ越しが、だいぶ進んでいてね。所員は不在だったんだが、森が一瞬にして、あれだけの砂漠になったわけだ」
地図上で見ても、実際に船の上から観察しても、砂漠はかなりの広さがある。驚異的な武器、と言えるだろう。
「投射機を操作していた研究員は、翌日自殺してしまった。君たち家族が大陸に引っ越したように、研究会に所属していた人間の半分は、研究所から去っていった。その後の君たちのお父さんは、知っての通り、いっさい科学に触れようとしなかった」
「砂漠の中に墓を建てた理由は、お父さんの遺言があったからだというのは知っていたか?」
黙したままでいる自分たち姉妹に、エンペラーが声を掛ける。
「幸せに暮らす一方で、ずっと島のことを気に掛けていたようだ」
「そうだったの」
なぜ、墓参りに困難なところに、あえて墓を建てたのか。幼さが抜けない姉妹には、分からなかった。
父の過去に、そのようなことがあったと知っているのは、母とワンド。それから。
「兄さんは、そのことを知っていたのかしら?」
「知っていたよ」
兄と友人だったフールは、昔を思い出すように目を伏せた。
「彼自身も、あまり科学というものを好んではいなかった。しかし、研究所の連中は、主席の彼を引っ張ろうと
「そうなの?」
フールの隣りに座るラバーズが、彼を見上げる。
「君にも話していなかったが、卒業生の内、1人を研究所に寄こせ。そう、学校側に脅しをかけるほどの強行振りだったんだ。その時は、あいつの代わりに僕が所員となったが」
「随分と横暴なのね」
「そうだね。でも、一時は良かった。良かった、と言うには
「ジャスティスは、兄であるジャッヂメントから無理やり引き継いだ研究から、『永遠の命』という技法を編み出した。この時点では未完成だったが、ハミットにとっては、満足のいく結果に終わった。彼女と俺とホイール、マジシャンにレンの研究会は、ジュニアを作り出すことに成功したんだ」
その場に居合わせた人たちの視線を一斉に集めたジュニアは、小首を傾げる。
「私は、ハミットの娘が元になった人形よ。彼女の染色体の一部が使われているの。ハミットは、とても優しくしてくれたわ。みんなが、どう言おうと、私はハミットが大好きよ」
幸せそうに笑う少女は、今でも心から彼を慕っているのだろう。
「ハミットは、僕に所長の座を譲り、研究所を去った。彼はジュニアと共に、今の僕の屋敷で静かに余生を過ごした。これで、盲目的に『永遠の命』を望む者はいなくなった。研究員たちは、残って独自の研究を続ける者、ホイールたちのように研究所を降りる者など様々だった」
「ところが、だ」
エンペラーが、指で机を3度叩いた。
「再び、永遠の命を欲しがる奴が現れた。彼は各地の子供をさらい、俺やデスを瀕死に追いやってでも、永遠の命の研究を進めさせた。デビルなどは、実験台にされた被害者だ。ジャスティスは嫌がったが、俺とデスのために『永遠の命』をとうとう完成させた」
「フールが今、自治領主をしてるってことは、フールが所長だったわけじゃないのよね?」
不安そうに両手を組むラバーズに代わって、フールに問う。フールは、肩を竦めた。
「そんなの、あいつが来た時点で、お役御免さ。ハミットに自治領主の座を押し付けられて、今に至る。まあ、そのおかげで、さらわれたラバーズを助けることができたわけだけど」
「今の所長は、ハングマンという男だよ」
デビルが告げた名前もまた、どこかで聞いた名前だ。
「君のお兄さんは、研修で東の国に行った時に、交通事故に遭ったんだ。ハングマンを助けるために犠牲になって、瀕死の重傷を負ったんだよ。そこで、ハングマンは、彼を助けたいと思ったんだ」
そんなことを聞かされても、ありがたいのか怖いのか、訳の分からない気持ちにさせられるだけだ。
「君のお兄さんは隙を見て、ホイールたちを逃がしてくれたんだよ。今、ハングマンが暴走していないのも、彼のおかげなんだ」
「ちょっと待って。兄さんは、生きてるの?」
慌てて止めに入ると、デビルに笑われてしまった。
「さっき、『永遠の命』を完成させたって言ったじゃないか。もっとも、そんなもの無くても、彼は助かったんだけどね」
「確かに、そうは言われたけど」
長年、生き別れていた人の無事をあっさりと口に出されると、どこか腑に落ちないものがあるのだ。
「レンが無事なのも、彼のおかげだ。彼は、空飛ぶ研究所の『善』の部分として、支えているんだよ」
「そう。兄さんが」
『永遠の命』と呼ばれる技法を使うまでもなく治癒した兄が、今まで一度も会いに来なかったどころか連絡も寄こさなかったことに、少なからず腹が立つのは事実だ。
しかし、彼もまた、自分たち以上に大変な思いをしてきたのかもしれない。
「ただ、それも長くは続かないのかもしれないね。塔のことを、ハングマンが怪しがってる」
「彼はきっと、ジャスティス絡みだと思っているんだろうね。だから、レンをさらったのか」
「おばさんの?」
問うと、フールが頷いた。
「レンとジャスティスは、仲が良かったからね。とりあえず、こちらから動いてみないと、解決しないんじゃないかな」
「結局、あまり分かったことなんてないじゃないか」
口を尖らせるテンパランスの肩を、なだめるように軽く叩いた。
「私たちには、兄さんが生きていると分かっただけでも大収穫だわ。でも、空飛ぶ研究所に向かう手立てなんて」
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