第8話 隠者の子供達(後)
「久し振りだな、マジシャン。これだけの人数を集めた理由は、君の占いによるものじゃないのか?」
マジシャンと呼ばれた女性が、肩をすくめる。背が高く、魅惑的な人物だ。
「違うわよ。最近じゃ、私の占いよりも彼の未来視の方が強力なのよ。商売あがったりだわ」
派手な赤い口紅を引いた唇は笑っていて、怒っているわけではないようだ。
「マジシャンは、占い師。ホイールは、作家なんだよ」
2人のことを知らないだろうと気を回してくれたらしいデスの一言に、納得する。
「ああ。どこかで聞いた名前だと思った。何冊か、読んだことがあるわ」
話題の張本人から直接お茶を受け取って、更に続ける。
「特に、『空』のシリーズが好きよ。行動力にあふれる主人公がかっこいいし、展開もおもしろいのよね」
「ありがとう。今度は、童話にも挑戦することになっているんだ。そっちも読んでくれると嬉しいな。あと、『空』シリーズの番外へ」
マジシャンの咳払いに、ホイールは「おっと」と本の宣伝を止める。
「ごめん。今は、本題に入らないとね」
ホイールは、その場にいる全員の顔を一通り見回すと、片手を挙げた。
「僕は、『未来視』という力を持っている。塔が建つことも、エステスがこの島に来ることも、レンが連れ去られることも知っていた。今日、みんなに集まってもらったのは、必要があると感じたからだ。もしかしたら、この感覚も、未来視の延長上のことなのかもしれない」
未来を見る目を持つということは、複雑な感情をもたらすのかもしれない。本人でさえ、これが導かれたものなのか、自ら行動を起こしたものなのかを把握しきれず、混乱しているのかもしれない。
穏やかな表情の内側の渦を、ほんの少しだけ垣間見たような気がした。
「僕の未来は、ある日を境に見えなくなっている。これが、どういう意味を示すのかは分からないけど。もしも暗いものであるならば、その前に伝えておこうと思ったんだ。そのうえで、空にいる彼等に対峙してほしい」
「空にいる彼等?」
「科学者に対峙しろって? 僕も?」
テンパランスが首を傾げ、デビルは自身を指差す。デビルに対して、ホイールは頷いた。
「もちろん。君は、純粋な空飛ぶ研究所の使い魔ではないだろう? な、フール」
すべてを見透かしていると言外に告げる言葉に、フールは目を見開き、デビルは心底嫌そうな顔をした。
「だから、おもしろくないってば。で?」
「君たちは、ここに来るまでの間だけでも、知りたいことが増えたはずだ。レンが攫われた理由。自由に動く人形。空飛ぶ研究所。副作用とは? 塔とは?」
ホイールは真っ直ぐに、こちらの目を見た。同じ色の瞳のはずなのに、底知れない何かがある気がして、怯んでしまう。
「そもそも、君たちの父親は、なぜ家族を連れて、この島から出たんだろう?」
「それは」
理由なんて、知らない。慌てるようにして、ワンドの屋敷の近所に引っ越したことだけは記憶にある。自分はまだ幼くて、状況をよく理解していなかったのだ。急に引っ越しても、自分たち家族は幸せだと思っていた。しかし、裏では何か、良くないことがあったのだろうか。
混乱しかけている自分の手を、優しく握る人がいた。
顔を上げると、デビルの横顔があった。手の感触とは裏腹に、彼は厳しい顔をして、ホイールを見返している。
「エステスをいじめるなら、容赦しないよ?」
さっき、すぐに
彼の感情を目の当たりにして、思わず泣きたくなった。悲しいのか、嬉しいのか。それは分からないが、やはり彼を懐かしく思うことだけは事実だ。
机の上に置かれた食器が、小刻みに音を鳴らす。見ると、小さく揺れている。こんな時に地震かと思ったが、砂糖が浮き上がったところで、そうではないと気付いた。デビルが浮かすことができるのは、彼自身の体だけではないのだ。
「ダメよ、デビル。私なら、大丈夫だから」
袖を引いて制止の声をかけると、たちまち彼の瞳から怒りの感情が霧散した。砂糖がお茶の中に落ちて、水滴を飛ばす。
「ごめん、ごめん。ちょっと、脅しすぎたかな? でも、すべては1人の人間から派生していることなんだよ」
「ねえ、ランス。この島の名前、当然、知ってるわよね?」
「知ってるもなにも、ハミット島だろ?」
「よくできましたー」
ジュニアが、手を叩いて喜ぶ。子ども扱いをされ、テンパランスは顔をしかめる。
本人には悪気がなくても、人の神経を逆なでしてしまうところまで、ホイールとジュニアは似ているようだ。
「元々、ハミットというのは、人の名前だ。名前も建物も、何も無かったこの島に、科学者たちを集めた人物の名前が、ハミット」
ホイールとジュニアの2人では話が進まないと思ったのか、招待された側のはずのエンペラーが口を挟んだ。
「ハミットは、元はずっと東の国。今でも、工業が盛んな国だったと思うが。そこの出身だ。事業に成功した彼は、そこに座っている自治領主なんかより、遥かに金持ちだった」
「ああ、間違いない。けど、そこまで、はっきり言わなくても」
引き合いに出されたフールは、「まあ、いいけど」と言ってから、更に口を開く。
「ハミット卿は、この辺りでも有名ではあったかな。社交界からお呼び出しが掛かるほどのし上がっていたから、スプレッド朝の現王でも、ご存知かもしれない」
「そんな人が、どうして、こんな所に科学者を集める必要があったのかしら?」
まだ、デビルに手を添えられたままではあるが、さっきのことを引きずったりはしない。フールを見て、次いでホイールの目を真っ直ぐに見る。ホイールは、「強いな」と漏らして、ほほ笑んだ。
「彼は、事業には成功したが、家庭というものには失敗した。失った後で、彼はその存在の大きさに気付いた。よくある話だ。彼はとても後悔して、残った娘を、それはそれは大切にかわいがった。大きな屋敷に、娘と2人きり。それでも、彼は寂しくなかったんだ」
「でも、それも長くは続かなかったの」
今まで無邪気な様子を見せていたジュニアが、目を伏せ、神妙そうな面持ちで話しだす。
「ある日、その娘は友達とでかけると言って、家を出たの。それは楽しそうにしていて、ハミットも嬉しかったでしょうね。でも、快く送り出したはずの娘は、戻ってこなかった」
「なんで?」
首を傾げるデスを見たホイールは、低く唸りながら頭を掻いた。
「この辺りでは、あまり馴染みがないから分からないかもしれないけど。交通事故だったんだ。その国では、今でも多いんだよ」
「交通事故って、昨日の、あれ?」
純粋な金色の瞳を、こちらに向けられても困ってしまう。
「私は、ひいてないわよ?」
「あれは、交通事故とは言わないよ。車と、ぶつからないと」
「なんだよ。元はと言えば、デビルが悪いんじゃないかっ」
「そんなの忘れたね。僕は、楽しいことしか記憶しない主義なんだ」
「なんだとっ」
肩をすくめるデビルに、デスが食ってかかろうとする。それを、ホイールが「まあ、まあ」と言って、制した。
「とにかく、娘が帰ってこなくて、ハミットは落ち込んだわけだ。孤独になった彼は、闇の中で考えた。不老不死の人間は、できないものかと」
「無理よ」
つい、口が出てしまった。
太古の昔から繰り返されてきた、遺伝子が受け継がれていく流れを完全に留めるなど、不可能に近い。それに、倫理観からも大きくはずれている。
しかし、ホイールは首を横に振った。
「絶望を味わった彼は、否定的な考え方をしなかったんだ。優秀な科学者や、その卵たちを、この島に集めた。当時、本当に何もなかったこの島は、土地代も安かったし、人も住んでいなかったから、好都合だったんだ」
「土地代ってことは、元々研究所は地上にあったってことかしら?」
「その通り。当初、研究所は砂漠の中にあった。と言っても、昔は砂漠じゃなかったんだけどね」
「砂漠になった原因も、研究所にあるってこと?」
「そう。そこに、君たちお父さんが大陸へ越した理由がある」
そう言われて、姉妹は互いに顔を見合わせた。
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