第8話 隠者の子供達(前)
「おもしろくないな」
言葉の通り、心底つまらないといった顔をしたデビルが、地に降り立った。
「今の僕には未来視が付いているからね」
「本当に、おもしろくないな」
得意気に見えるホイールの顔に、ますます機嫌を損ねてしまったらしい。使い魔は、憮然とした表情を浮かべる。
そんな彼に、テンパランスが食って掛かった。
「おい、おまえっ。レンは、どうしたっ?」
テンパランスが、デビルの胸倉を掴もうとする。寸でのところでエンペラーが止めに入ったが、彼の興奮は収まりそうにない。
デビルは、海原より冷たい瞳を細めて、呆れたようにテンパランスを見た。
「ジュニアの言った意味が、ちょっとだけ分かるよ」
「なんだとっ?」
「まあ、僕にはうらやましい感情でもあるけど」
「へ?」
小さく漏れた一言で、テンパランスの毒気は失われたようだ。
「ストレングスは、無事だよ。あの人がいるから、大丈夫だと思う」
エンペラーと同じようなことを述べたデビルは、ほほ笑みをこちらに向けた。
自分に、何かあるのだろうか。
こちらの戸惑いなどお構いなしに、彼はテンパランスを押しのけて、屋敷の中に入った。
「いって。何すんだよ」
デビルは、テンパランスの抗議の声は無視して、ホイールの顔を見上げる。
「フール達が、坂の下まで来ているよ。マジシャンに遣いの役をやらせたのは、君?」
「うん。そうだよ」
「まあ、いいけどね」
「そーんーなーこーとーよーりっ」
突然、2人の会話をジュニアが遮った。ホイールの横で、ずっと落ち着かない様子だったのだ。
「お茶を出すから、みんな中に入ってよ」
両頬を膨らませたジュニアは、エンペラーの背中を両手で押しながら、さっさと廊下の奥へと行ってしまう。
彼女の言葉にいち早く反応したのは、デスだった。
「お茶だって。行こう!」
素直に喜んだかと思うと、エンプレスの手を取った。彼女は驚くこともなく、ただ嬉しそうに頷いて、2人仲良く並んで歩いていく。
その後ろ姿を見るのは、複雑なものがあった。
「本当に、いつの間に仲良くなったのかしら? 意外だわ」
よほど、気が合うのだろうか。
首を傾げていると、デビルが傍に寄ってくる。
「エステスだって、人のこと言えないじゃない」
「何が?」
端正な顔を見上げて、もう一度首を傾げた。
「覚えてないの?」
青年の表情は、少しだけ悲しそうにも見えた。なんだか悪いような気がして、焦ってしまう。
しかし、彼は何事も無かったかのように自分の手を取って、歩きだしてしまった。
「ランスも、早く中に入りなよ。ホイールが、気の毒だろう」
振り返ってテンパランスに声を掛けた時には、もう悲しい色は消えてしまっていた。
「はあ? うわ、ごめんっ」
テンパランスは、ホイールがずっと玄関の扉が閉まらないよう支えていたことに気付いたようだ。彼が慌てたように屋敷の中に入ると、ホイールは苦笑しながら扉を閉めた。
その一部始終を見届けてから、デビルに手を引かれるようにして奥へと入る。それから椅子に座るまでの間ずっと、繋がれた右手を見ていた。なんとなく、懐かしい気もする。しかし、はっきりと思い出すことはできなかった。
ジュニアとホイールは、湯を沸かしたり、食器を準備したりと、動き回っている。彼等は忙しくも楽しそうで、仲の良い兄と妹に見えて、ほほ笑ましい。
「やっぱり、人形には見えないよな」
「そうね。下手をしたら、人間よりも人間に見えるかもしれない」
呟いたテンパランスに、同意する。生き生きと動き、感情がある人形など、これまでに見たことがない。
「それが、製作者がやりたかったことなんだ」
こちらのやり取りが聞こえていたらしい。ホイールが、振り返る。
「だから、僕の父は、科学者たちをこの島に集めたんだ。続きは、後で話すよ」
彼はお茶の準備をジュニアに任せると、部屋を出ていってしまった。
しばらくすると、庭からホバーカーの空気が抜ける音。ややあって、石畳を細く硬いヒールが踏む音が、かすかに聞こえる。人が複数いるのか、賑やかい。
その中に、懐かしい声が混じっているような気がする。
玄関の扉が開く音。徐々に近づいてくる、足音。
部屋の入り口を、じっと見つめる。ホイールが出迎えた人々を、今か今かと待ち構える。
これだけ緊張するのも、久し振りかもしれない。胸が詰まり、鼓動が速くなり、目頭が熱くなる。
2番目に現れたのは、期待通りの人物だった。
「ラバーズッ」
「姉さんっ」
立ち上がった表紙に、椅子が倒れる。それに構うことなく、もう1人の妹に抱きついた。最初は、ただ驚くだけだった妹も、細い腕を自分の背中に回してくれた。
「久し振り、ね。本当に、久し振り」
お互いに体を少し話して、顔を見る。勝気そうな自分と違い、おっとりとした女性的な顔立ちの妹。長く顔を合せなかった間に、よくも羨むほどの美人に成長したものだ。
こんなにも、あっさりと再会できるとは、思ってもみなかった。しかし、何よりも元気そうに見えるのが嬉しかった。
「ごめんなさい、姉さん。連絡もしないで。心配かけて」
「ラバーズはね。
補足してくれるホイールの言葉に、聞き覚えのある名前があった。
「フールって。兄さんの友達じゃなかったかしら」
「今は、この島の自治領主よ」
頬を染めたラバーズが、誇らしげに笑う。恩人以上の想いを持っているようだ。
「それにしても、姉さんは綺麗になったわね。ただ、なんだか疲れているみたいよ? そういえば、母さんは?」
「試験があったから、寝不足が続いただけよ。母さんは、風邪をこじらせて入院しているの。でも、もう回復に向かっているから心配しないで」
「そう? なら、いいんだけど。エンプレスも、大きくなったわね」
ひざを付いたラバーズに、エンプレスがそろりと近づく。当時、あまりに幼過ぎた妹は、すぐ上の姉の顔を、よく覚えていないのかもしれない。自分に向ける笑顔とは違う、はにかむような表情を見せた。
「君たち姉妹は、仲が良いんだね。ちょっと妬けるかな」
いつの間にか、ラバーズの傍らに立っていた男性が、苦笑を浮かべている。大陸では珍しい赤い瞳をしたこの人が、フールなのだろう。
「本来なら、すぐにでも無事だと知らせるべきだった。しかし、
「いいえ。いろいろと、ありがとうございました。それと、ラバーズが、いつもお世話になっています」
「いや。こちらこそ、助けてもらってるよ」
頭を下げようとすると、片手で制されてしまった。様になる仕草は、彼の立場から来ているものだろうか。兄と同じ歳ということは、自分と少し離れている。それでも、年齢に対して落ち着いているように見えた。まとう空気が、周囲の人と違っている。
「3人共、お疲れ様。お茶は、いかが?」
改めて、屋敷に招かれた全員が腰を落ち着けたところで、ジュニアが嬉しそうにお茶を配り始める。ラバーズとフールを連れてきた女性が手伝おうとするが、その前にエンペラーが呼び止めた。
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