第6夜 竜と黄金 ~時代によって付加された性質~
「え?竜なのに黄金貯めてないの?」
先ほど勇者を名乗る強盗予備軍一行から言われたお言葉だ。
最初は疑っていた彼らだが、洞窟を好きに探索させ本当に金目のないことが分かると、あきれた顔で帰っていった。
何でも『本気で戦ってたら勝てないことも無いのだが、使用する薬や破損する装備代を考えたら収支が合わない』そうで、勇者といえども魔物退治はビジネスなのだなぁと思った。
世知辛いね。
本当に命拾いしたのかは分からないが、変に戦闘にならずに済んだのは素晴らしい事である。
平和万歳。
「ご主人様は本当に黄金に興味がありませんね」
と、勇者たちからさんざんモフられた犬型コボルトのモフモフくんが水を持ってきながら言う。
いつの間にかご主人様と呼ばれるようになっていたのだが、こうかわいい存在から言われると悪い気はしない。
他のコボルトからは……まあ、やめとこう。この話は。
「うーん。吾輩が昔いた所では竜が黄金を貯めるという風習はだいぶ廃れた所だったからなぁ……」
「ご主人様は余所から来られたのですか?」
うん。ものすっごく遠く遠い所からね。
「へー。旦那が浮世離れしているのはそれが原因なのか」
と、取引に来た元盗賊のリッキー君も言う。
試しに採掘した鉱石と酒を交換するためだ。これで金を使いつくしていたので勇者たちと戦わずに済んだ。ある意味恩人ともいえる。
そんなことを思っていると、モフモフ君が
「ご主人様のいた土地での竜様はどのような存在だったのですか?」
と、聞いてきた。
うーん。竜と言うものがどういう存在なのか、言われてみたらはっきりと定義づけができてないな。
「たしか、始祖ともいえる存在と今とではだいぶ変わった事は分かっているんだよ」
そういいながら、個人的なファンタジー入門の原点『クロちゃんのRPG千夜一夜』とか『モンスターコレクション』などの本や、アナログゲーム同好会の会長の御言葉を思い出していた。
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竜とは蛇のように長い体を持つ東洋の『龍』と、ギリシア語の大蛇が由来なのになぜか翼を持つ2足歩行の爬虫類になった西洋の『竜(ドラゴン)』に分かれる。
ちなみに翼を持たない竜は、地を這う大蛇(サーペント)と呼ばれ、翼だけあり足が退化しているのはワイバーンと呼称される…と思うが、ゲームによってはデータの関係からごっちゃになっていたりもする。
などという話が出来るわけもないんで
「吾輩の故郷では、竜と言うのは蛇より生まれたもので、三本の頭を持っていたり、火や毒を吐いたりし、中には世界を取り囲むような巨大な存在もいたと言われて負った」
ギリシャ神話とか、北欧神話のヨルムンガルドなどの神話級の相手を例に出す。
「そんな化け物みたいなのがいるのか?頭が三つあったら不便じゃないのか?」
「世界を取り巻くって…飯はどうなっているんだ?」
とリッキー君の仲間が感想を述べる。
俺もそう思うが、そこらへんは書いてなかったな。
「まあ、神話の存在だから、普通の生き物とは体のつくりが違ったり、飯を食べなくても生きていけるんじゃないのかな」
適当な憶測で答えておいた。
「ま、そこから世界に散らばった神である竜の子孫は様々に進化したという」
「進化?ゴブリンがホブゴブリンになったりするような感じか?」
あ、そうか。この世界だと一代で別の生物になれるのか。
改めてファンタジー世界と言うのはでたらめだなぁと思う。
まあ、竜自体、巨大な体で空を飛んだり火を吐けるというだけでも十分出鱈目ではあるのだが。
やがてキリスト教が広まると、知恵の実を与えた悪魔が化けた蛇から竜も悪のイメージが付き始める。
中世に百科全書として用いられたセビリアの『語源論』にはドラコーという蛇の一種が説明されているらしい。
そこにはドラコーは酷熱の地であるエチオピアやインドの大きな蛇で、鶏冠(とさか)と小さな口がある。毒はないが、巨象をも絞め殺す強力な尾がある。
洞窟から出て空を飛び、空気を乱す。
と、この本の記述で虎に翼ならぬ蛇に翼が生える要因となり、中世には有翼のドラゴンが描かれるようになったという。
ただ、その姿はてんでバラバラ。統一感など皆無だったらしい。蝙蝠型の翼もあれば鳥、なんの生物かわからないものまで、見たことがないのだから想像で書かれたドラゴンが多数存在していた。
「この頃はただの蛇だからな。黄金とかは持ってないし興味もなかったと言われている」
これが変わるのは北欧神話のファフニールという、変身出来る人間が黄金を手に入れるために神を人質する話だろう。
人質にされる神様と言うのも情けない話だが、その金を払うために『黄金を生み出す指輪』を神がドワーフから略奪するので、もっと情けない。
この奪われた指輪にドワーフは『永遠の不幸が訪れる』呪いをかけ、身代金を受け取ったファフニールは黄金を独り占めするために兄弟を皆殺しにし、黄金を守るため毒を吐く狂った竜と変貌していく。
これをシグルズという勇者が退治するのだが、ここから竜と黄金の関係が逆転し、竜は黄金を守っているという話が生まれたという。
「なんか人間の転落人生みたいな神話ですね。竜のお話なのに」
と、リッキー君がするどいツッコミをする。
そういえば、吾輩は今、竜だっけ。
久々にゲームとかファンタジーの話をしていて忘れていた。
軌道修正しないと。
「うむ。この神話は黄金に拘泥すると身を亡ぼすという教訓話じゃな」
この竜は黄金を持っているという話で有名なもので叙事詩、ベーオウルフというのがある。
第一部でグレンデルという巨人を倒し、第二部でデネ(現在のデンマーク辺り)の王になり、ベオウルフが老いたころ事件が起こる。
主君に罰を受けて逃亡中の男が、和解金としてドラゴンの護る財宝を盗んだのだ。
財宝を護っていたドラゴンは盗難に気付くと怒り狂い、ベオウルフの国にやってきて炎や毒を吐いて暴れ回った。
ベオウルフはドラゴンを討伐するために棲家に赴いたが部下達は1人の若者を残して全員逃亡し、ベオウルフは苦戦する。
剣も折れ、ドラゴンの一撃で致命傷を負うも、ベオウルフは炎に焼かれながら素手でドラゴンを締め上げ、部下が竜を切り、止めを刺して退治する。
この話を、トールキンと言う作家が好み『指輪物語』というファンタジーの古典を生み出したという。
そのため、竜=黄金。という図式はファンタジー好きの脳髄に三角関数より克明に刻まれたという。
そのあとTRPGでも、竜が財宝を持っているとなると、竜と言う巨大な存在を倒しにいく理由にもなるし報酬の出所になってお話づくりがスムーズになる。
TRPGは敵を倒してもあまり経験値が入らず、シナリオのクリアや報酬(この場合、金)を手に入れると多く経験値が入るシステムが採用されており、ドラゴンを倒して黄金を手に入れると言うのは一粒で二度おいしい話だったらしい。
ところが、テレビゲームが主流になると、金はそれ専用の敵から多く手に入り、竜と言うのは経験値が多いモンスターとなる。
おまけにラスボスよりも強かったり、某はぐれ系モンスターが登場したせいで効率の悪い『強いけど倒してもアイテムが手に入るだけの、うまみの少ない魔物』となった。
吾輩はこの世代なので竜=黄金というイメージはないし、小金を持っていたせいで強盗に入られたり遺産相続で一家分裂という事件を多く聞いたので、度の過ぎた財産と言うのは身を亡ぼすというイメージしかない。
「まあ、黄金というのは呪いのアイテムに近いから生きるのに必要な分以上はあまり持たない方が安心だと言われているのでな。だから執着が薄いのだろう」
と、話をまとめた。
「たしかに、大量の財宝を持っていると王様とか税務署に目を付けられるしなぁ」
「キラキラしてきれいだから集めていたら竜様に取り上げられて殺された同胞もいましたねぇ…」
と、種族は違えど似たような感想をもらす二人。
やっぱり、黄金って呪われているんじゃないだろうか?
「ま、必要分だけあれば、こうして酒や干し肉が手に入るし、悪いことだけじゃないだろうけど、他人から奪うのは泥棒だからな。堅実が一番じゃよ」
そんな話をしていると
『神よ!』
D&Dっぽいコボルトが興奮したような顔でやってくる。
『大きな金の鉱石を見つけました!これを火で溶かしてください!』
みると、重さ50kgはありそうな岩を担いできた。
金の含有量は1tあたり2~10gというが、この岩にはもっと多くの黄金が含まれてそうだ。
試しに火炎ブレスで溶かすと2kgぐらいは残ったように見える。
『神よ!これをあなた様に献上します!……………あ、あれ?』
全員の微妙な顔にコボルト君がうろたえる。
頑張ってくれたのはわかるのだけど、どう見ても呪いのアイテムにしか見えないブツを出されても、あんまりうれしくない。
冒険者諸君も「ほんの少しけずってくれたら、また酒でももってくるよ」
と、微妙な顔で提案する。
この日から、コボルトは神である吾輩の感心をえるために酒造りに着手するのだが、それはまた別の話。
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一日一話書くって大変なのだなぁと思い知りました。
こんな話を命がかかっていた状態で考えていたシェーラザードはマジで偉大だと思います。
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