第3夜 コボルト ~多様な顔を持つ、竜のしもべ~



 竜の朝は遅い。

 同じ爬虫類としてのトカゲは、小学生の自由研究によると朝10時から15時、種類によっては早起きで8時から活動をするものもいるそうだが、この場合13時までしか活動しないそうだ。

 太陽が昇るまで寝ているし、昇っても用事がなければ一日中寝ていることもある。

 変温動物ゆえに体が温まらないと活動するのが大変だからである。


 だが、間違っても寝込みを襲おうなどと考えない方がよいだろう。

 最高の楽しみである睡眠を邪魔されたら温厚な我輩ですら殺しにかかる可能性がある。


 なので、今のように竜の住む鉱山でカーンカーンという堅い岩盤を砕く音で竜を叩き起こすなどなどもっての外。

 それも早朝に行うなどとなれば自分の死刑執行所にサインをしたに等しい。



 ………さて、これから子供には見せられないシーンが始まる。



 そう思って騒音を立てる愚か者たちの元へ向かうと

「…わんちゃん?」

 犬というか狼というか、動物の頭をした生き物。それにゴブリンみたいな小鬼、フードをかぶった小人などが30体。

 それぞれ、つるはしを壁に叩きつけている。


 なんだこれは?



 第2夜 コボルト ~多様な顔を持つ、竜のしもべ~



「あ、はじめまして。我々はコボルトの採掘屋でございます」

 と、子犬のような可愛い生物から丁寧に挨拶された。

 あ、これはどうも。

 いったいここで何をしているのかワン?

「ここにあなた様が住まれたと聞いて、移住してきました。我々は採掘のプロなので……………あ、あの…何で私の頭をモフモフするのですか?」

 …………………あ、すまない。


 眠くて自制心に歯止めが利きにくくなっていたのだろう。

 つい本能のままにモフってしまった。

 小鬼のような存在やドワーフみたいな小人は、自分たちも餌食になると思ったのか警戒してこちらを見ている。

 安心したまえ。吾輩に小鬼の禿げ頭や老人のひげを愛でる趣味はない。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「へー。見た目は違うけど、君たちは全員コボルトになるんだ」

 話を聞くと彼らは姿かたちは違うものの、全員がコボルト族なのだという。


 そういえば、大学でアナログゲーム同好会の先輩が

「コボルトはドイツの民間伝承では醜い妖精・精霊だったが、周辺国のデンマーク、オーストリア、スイス辺りでは普通の精霊、グリム兄弟の『小人の靴屋』に登場するような小人だったりするんだね。彼らはミルクや穀物などと引き替えに家事をしてくれたりもするが、贈り物をしないままだと住人の人間にいたずらをして遊んだりもするよ」

 とTRPG(テーブルトークRPG)の時に紹介してくれたっけ。


「はい。我々は主に夜間に活動する妖精でして、あなた様のような竜がお住まいになるこの山には何か貴重な鉱物が眠っていると思いました。つきましては、発見した鉱物の一部をお納めしますので、ここに住まわせていただけないでしょうか?」


「悪いけど、お断りだ」


 そういうと『ガーン』という擬音が聞こえそうな程驚いた顔をされた。

 

 罪悪感は感じるが、深夜に作業などと言う『ぼくはこれから毎日、安眠妨害をします』と宣告された以上、どれだけモフモフでかわいくても断る以外に選択肢はない。


 なにしろコボルトの由来自体が、鉱山で時々発見される『熱すると有毒ガスを吐く鉱石が人に被害を与える現象』に人格を与えたものだからと先輩から聞いていたからだ。

 後にこの伝承がイギリスに渡った時、その石はヒ素や銀、銅を含んだものであると解釈され、さらに後の18世紀、そこから精製された物質が原子番号27の金属元素 コバルトの命名の元になったらしい。


 余談だがコバルト爆弾という水爆にコバルトをまとわせた爆弾は大量の放射線で生物に半永続的に害を為す『汚い爆弾』と呼ばれる兵器にもなるそうだ。

 科学者殺しのフッ素と並んで危険な物質らしい。


 そんな危険な兵器の語源にもなるような生き物近くに置いておけるわけがない。

「そ!そんな!我々がそんな恐ろしい生物に見えますか!?」

 小人型の人間っぽいコボルトが叫ぶ。これはノッカーと呼ばれる政令に近いタイプだろう。

 鉱山を叩く(ノックする)事からついた別名らしい。

 良い鉱脈のありかを知っていて、気に入った人間には教えてくれる政令らしいが、お宝を欲深い人間の膝に置いて破壊したり、岩盤に発破をかけたり、ピッケルで岩を砕いてシャベルで掘り出したりする。

 安眠妨害をしている時点で、人間と同等。いや、それ以上に迷惑で恐ろしいんだよ。おめーら。

 まあ坑道内で落石などの危険を察知すると、あちこちで「コツコツ」と壁を叩いて知らせてくれる能力は魅力的だが、真面目にずっと工事されてはこちらの睡眠時間が足りなくなるのである。


「そんな…ドラゴン様に嫌われたら私たちはどうすればよいのか…」

 と、トカゲとドーベルマンを合わせたような凶悪なツラをしたコボルトが落胆する。

 あ、これはファンタジーの金字塔。D●Dのコボルドだな。

 たしか、このTRPGの名作に登場するコボルトは

『ドラゴンを崇め、ドラゴンが巣を作っていると判っている場所やその周辺に住み着く傾向がある。

 彼らは闇の中をこそこそ歩き、強い敵からは隠れ、弱い敵はよってたかって叩きのめそうとする。コボルドは臆病者で、強力なリーダーがいない限り、重傷になればたいていは逃走する。(略)

 彼らの“神”に生贄の捧げ物を持っていく。ワニが自分の歯を掃除してくれる鳥を無視するように、たいていのドラゴンはコボルドを無視する。とは言え、まれに、若いドラゴンは自分を崇めるコボルドの教団に興味を持つことがあり、それがドラゴンの敵に対して真の脅威へと成長することもある。』


『引用; ダンジョンズ&ドラゴンズ 日本語版』で解説されていたか。 

 https://hobbyjapan.co.jp/dd_old/news/mm_4th/0403_08.htm 


 最悪だ。


「これ、安眠してたら、寝床に獲物を持ってくる猫と同じな上に、勝手に人間のヘイトを集めて気が付いたら討伐対象になる可能性すらあるじゃないか!」

「ええ、ご希望でしたら人間の一匹や二匹捕まえてきますが」

 ぜ っ た い に、 や る ん じ ゃ ね え ぞ 。(懇願)

「じゃあ、いったい我々は何をすればよいのですか!」

 何もせずに静かに暮らさせてくれ。

「それではドラゴン様の好きな黄金が掘り出せないではないですか」

 別に吾輩は黄金に興味ねえよ!

「なんですと!」

 信じられない者を見たという顔で驚くコボルトさん。

 だって金とか持ってたら強盗が襲いに来るじゃないか。

「竜なのに金に興味がない…?嘘だ…ありえない…」

 そこまで驚かれるレベルなのか?


 そう思っていると、

「何をおっしゃられますか!我らが神よ!」

 唐突にトカゲみたいな顔をしたコボルトが叫ぶ。


 か、神?


「そうです!我が神!竜と言えば黄金。黄金と言えば竜。この両者は切っても切り離せない関係にあるのは常識です!」

 えーと、本人が興味がないと言っているのだが?


「それは錯覚です!」


 断言されてしまった。


 なんだろう。この思いこみの激しいアドバイザーたちは?


 面倒だし、炎のブレスで『なかった事にしようか(一モフ除く)』と思っていると。

「旦那。いったいどうしたんだい」

「おお、元盗賊のリッキーくん」

 先日、会った元盗賊とその仲間たちがいた。同じ社畜として苦労した戦友である。

「あれからどうだい?商売の方は」(モフリモフリ)

「ああ、『偶然』クソ上司のいた職場が(物理的に)つぶれたんで、ぼちぼちやっていけてますよ」

 おお、それは何よりだ。

 立場の弱い部下をいじめるような屑に災難が訪れるとは、因果応報というか、偶然というものはおそろしいなぁ。(モッフモッフ)

「まあ、ドラゴンらしきものが落ちてきたとか言ってたんで、こことは反対方向に住んでいた人間に敵対していた竜の仕業かもしれない。っていったら先日討伐されたみたいだけど」

 おお、ナイs……じゃない。コワイコワイ。人間の家屋を壊すと、そんな報復がくるのか…。そう思っていると


「貴様等の仕業かー!!!!」


 と、先ほどのドーベルマン顔のコボルトが、すごい剣幕でリッキーくんを問いつめる。


 ん?何か関係があるのか?(モフモフモフモフモフモフモフモフ)


 そう思ってリッキーくんたちを見ると

「そういえば、討伐時に竜に従っていた大量のコボルとが逃げ出したって言ってたけど、旦那。こいつらもしかして…」

「ああ、なるほど」

 今まで仕えていた『神』がいなくなったから新しい神を祭り上げようとしていたわけか。

(モフモフモフモフ)


 「人間ごときに負けた、アレは偽物の神、いいえ『クズ』でした。真なる我らが神よ。どうか我々をお導きください」

 

 すがすがしいまでの現世利益にまみれた信者たち。

 容貌も凶悪だが、心まですさんでいる。

 私の懐にいるモフモフ君(勝手に命名)のかわいらしさを見習ってほしいものだ。


「えーと、どうする?旦那。」

「討伐隊に来られるのも嫌だし、きれいに焼いてしまおうか?」

 今日は焼肉デーになりそうだ。


 その言葉に凍り付くコボルトたち。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『1つ!作業時間はドラゴン様が起きてから!』

『1つ!作業時間はドラゴン様が起きてから!』


『2つ!人間が来たらドラゴン様にまず相談!』

『2つ!人間が来たらドラゴン様にまず相談!』


 目が覚めるのを確認したコボルトたちが、作業開始の挨拶を始める。

 モフモフ君が「仲間を燃やさないでください」と頼むので、人間と敵対しない事を条件に、とりあえず焼肉はお預けにした。

 無職の苦しさはリッキー君たちも味わったのか

『まあ、人間の害にならないんなら、非常食として置いといてやっても良いんじゃないですか?旦那』

 と加勢に加わる。

 こうして、少し、いやかなり問題がある同居人が誕生したわけである。




『3つ!食べられる草はドラゴン様に献上する事』

『3つ!食べられる草はドラゴン様に献上する事』


 最後の訓告に気合が籠る。

 なので、ここのコボルトは金を取ったり人間を襲うより食料確保を集中して行う変わり種となった。


 ■■■■■■■■■


 余談だが、昼間、試しに山の一部を爪で掘って見た。

「ありましたー!!!」

「金鉱脈です!」


 まじか。


 コボルトたちの叫びに落胆し、ストレスをおさえるためにモフモフする。

 妙にこの山が寝心地が良いのはこのせいか?

 だとすれば、凶悪で欲深い人間から襲われないように、鉱脈から少し別の場所に住まないと安眠できない。

 こうして吾輩はもっと山奥の洞窟を掘り出し、元ねぐらの洞窟にはかなり迷惑な同居人が住むこととなった。

 コボルトに言わせると

「やはり竜様がお住みになろうと考えた土地には金が眠っているんですよ。我々が感じ取れない微弱な何かを感じてたりするのではないですか?」


 とのことだったが、そんな能力はいらない。

 



 もしくは、人間の時に欲しかった。

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